第五話
僕は、帽子を被って、誰にも会わないように自分の家のあるマンションの階から非常階段で一階まで降りると、昨日、神くんに教えて貰った、神くんの家の裏口から中へ入った。
「じんくーん、じんくーん」
少しだけ家のドアを開けて、呼んでみた。神くんのお父さんとお母さんは居ないみたいで、家はとっても静かだ。
「じんく」
三回目、呼んでいる最中に、
「白くん?」
と、タタタと階段を駆け下りる音がした。
嬉しいような、とっても淋しいような気持ちになる。神くんは、僕を見たらなんて言うだろう。
笑うかな? 逃げちゃうかな。
「白くん、来てくれて良かったー! 僕ね、白くんのお家、遊びに行こうと思ったんだけど、マンションのお部屋の番号聞くの忘れちゃって、行けなかったんだ」
神くんは、ニコニコ笑顔で、僕の目の前に駆け寄ってきた。僕の手を取って、家の中に引っ張り込む。
僕は、帽子を取った。
でも、神くんは驚かない。嫌な顔もしない。
僕は、嬉しくて、涙が出てきた。友達の前で泣くなんて格好悪い。そう思うのに、涙は止まらなくて、うー、うー、と口を閉じているのに泣き声が出てしまう。涙でぐちゃぐちゃな世界の向こうで、神くんも泣きそうな神くんも泣きそうな顔になっているのが見える。
「うっうっ……なんで、神くんまでかなしい顔するのー?」
「だって、白くん悲しいんでしょー? なんで悲しいか分からなくてごめんねー」
神くんの目からも涙が流れ始める。
「だって、僕、変でしょ? 頭、真っ白でしょー?」
神くんの泣き声がピタリとやんだ。
「え? 白くんの頭?」
「うん。髪の毛、真っ白になってるでしょ?」
「なってないよ。黒いよ」
「え、嘘だ。姉さんたちが真っ白になってるって言ってたもん」
「白くん、鏡見た?」
「うん。姉さんたちに見せてくれた」
「白く映ってた?」
「ううん。僕には黒く見えるかもしれないけど、本当は白くなってるんだって言われた」
神くんは、悲しそうにキュッと口を噤んで、その後、タンポポみたいに優しく笑った。
「白くんに良いもの見せてあげるよ。ママの鏡。本当の姿を見せてくれる鏡なんだよ」
神くんは、僕の手を強く握り、家の中へ引きずり上げる。広いお家の中を小走りに急ぎ、辿り着いたのは、白いドアに金色のドアノブと、ドアの縁にも金色の模様が入っている、なにか特別な感じのする部屋な気がした。
神くんは、ためらうことなく、その扉を開くと、中には大きなベッドと白い大きな鏡の付いたドレッサーが飾られる様に置いてあった。神くんはズカズカと入り、ドレッサーに向かう。そしてそのドレッサーの引き出しから、宝物のようにキラキラ輝いた手鏡を取り出し、持ってきた。
「これ、僕のママの大切な鏡。ママが『レキシある鏡だから大切なの』って言ってたから、この鏡に映ってることが本当だよ。お姉さんたちより、僕の事信じてくれるなら、見てみて?」
神くんが手鏡を裏にして渡してくれた。
姉さんたちが嘘を付いているとは思えなかったけど、神くんが嘘を付いている事の方が信じられなかった。
僕は、思い切って手鏡を表に返した。
そこには、いつもと変わらない僕が居る。色んな角度、上から見てみたり、横を確認したり、ドレッサーの鏡を使わせてもらって、後ろも見てみたけど、白髪になっているところなんてどこにもなかった。
嘘だったんだ。姉さんたちの言ってたこと……。
安心と、怒りと、嫌われているという悲しみと、色々な気持ちがぐちゃぐちゃと混ざる。
姉さんたちは、僕が悲しむとか考えてくれない。遊び道具としか思ってない……。
溢れるどうしようもない黒い感情に手が震えていた。
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