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第十三話

 じんの笑う姿に、俺は頭を抱えた。


 親友は、いつからこんな事を考えてくれていたのだろう。余計なお世話も良い処だ。奥手なのは重々承知で、放っておいてほしい。


「てか、なんでHしなきゃいけないような話になってるんだよ。シたいはシたい……けど、別に誰でも良い訳じゃないし。好きな相手が出来たら考えるよ。大学生になるんだって、あと一年あるしさ」


 じんは、寝転がっていた身体を、むくりと起こすとおもむろに胸のポケットから小さな手帳を取り出した。


「お前、そんな考えでこのままいくと、40才まで童貞だな」


「なんだよ、その呪いみたいな未来は!」


 なんだよ、それ? とその手帳を取り上げようと手を伸ばしたが、易々と振り払って手帳を元に仕舞いこんでしまう。


「本来のお前の人生のレコードでは、とうに済ませてるはずの事なのに」


 はぁっと、勢いのある溜息をじんは吐き出す。


「嘘……え、どうして、こうなった?」


 運が悪いと、奥手にも拍車がかかるという事か?


「ま、詳しい事はあんまり言えないけど、それがお前の持ってない加護の力ってコトなんだよ」


「なんだよー」


 納得がいかない。ヤバイ。Hなんて、とか言いつつ、かなり損している気がする。くっそ損してる気がする!


「気持ちはわかる。酷い話だ。だから、ほら! 俺の身体を好きに使っていいよって」


 じんは、両手を広げる。


 いやいや、そのかいなに抱かれるって、ノリでも怖いわ。


「そう言われてもね」


「なんだよ。今、ちょっとその気になったくせに」


「人の心を読むような真似はやめろって。確かに損してる気にはなったけど、中身がお前の身体って抵抗有り過ぎだ」


「なんだよ。俺が女だったら良いなとか、考えたんだろ? なら良いじゃねーか! お前、言ってることがぐずぐずなんだよ」


 じんの口調は、俺の優柔不断を攻め立てるようだが、これは別に優柔不断でグズグズしてるワケじゃない。

 なんて言えば、この腹落ちしない気持ちを伝える事が出来るのか、そこまで行かなくても、とりあえず、コイツの「さあ、やろう!」みたいな雰囲気を打ち砕けるのか、とりあえず、それが知りたい。


 俺は、考えあぐねて、知らぬ間に深い溜息をついていた。


 その肩を、じんの両手が安心を与える為か、がっしりと掴む。


 怖い怖い。


 俺の恐怖をまるで知らずに、じんは両の口角をしっかりあげて、ニッコリと笑む。


「まあ、さ。モノはタメシだよ。俺が女だったらとかでも良いし、キスしたいタレントとかでも良い。想像してみろって」


 俺は、こんがらがって絡まった思考のまま、複雑、迷走する感情のまま、とりあえず言われるままに想いを馳せた。


『キスしたい相手』


 そう思って、目を閉じ、ぐっと力を入れて念じる。


 一拍置いて、そっと瞼を開くと、目の前にじんの顔がある。


「わ!」


「わ?」


 俺は仰け反り、じんは疑問符を打ち、やはり驚く。


「「なんで、変わってねーんだよ!」」


 俺たち二人の声が、同じ言葉を吐き出した。


 うええ。とショックで湧き上がる吐き気の上に、「なんだよ、お前、俺とキスしたいの?」という悪魔のようなじんの言葉がのしかかってくる。


「早く言えよー」


 呆れた様な、ちょっと喜んでるようなじんの声が続く。


「違うって! 思いつかなかったんだよ!」


「照れんなよ。俺は別に偏見ねーから」


 待て待て。俺にはある。大いにある。


「なんで、お前はそんなあっけらかんと出来るワケ? 男同士とか気持ち悪いだろ?」


 じんは、ふっと目を逸らし、一瞬考えた風を装った。そして、目を細める。


「想像したけど、全然、問題ないわ。そもそも、俺、天使だから、基本性別無いんだよ」


 無問題モウマンタイと、せせら笑う。


 やばいやばい。コイツ、ほんとにビッチでしかない。しかも、性別も関係ない無差別とか。天使じゃなくて、インキュバスって奴じゃないの?


「それにさ」


 じんは、しなやかな指を口元へ運ぶ。


「お前の魂の味とか、気になる。なんか、すげえ、旨そう」


 淫魔いんま決定です!


 神様、チェンジを願います!!


 俺の悲鳴は、天には届かなかったようだった。




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