第十話
「馬鹿にしないでよ!」
すごい足音を立てるように女子はその場から立ち去った。
「いてて……」
その場に残された神は、腰を降ろして、なんの感情もない声で呟く。
「つまんねーの」
つまんなくねーわ!
声なく、俺は突っ込む。
「白、このこと知ったらなんて言うだろ」
ちょい楽しげな響きに神の呟きは変わった。
この凍りついた身体がどうにかなれば、言葉もなく殴ってるわい。
と、神の言葉に答えた。
「そろそろ、来る気がするんだけど」
神は、雲一つない青空を見上げて、ため息の様に吐いた。
何が来るんだよ? 分かんねえ事言ってると思った時、自分の身体が動く事に気付いて、俺は逃げるようにその場を去った。
しかし、あのキスシーンはヤバい。最近見たAVなんかより、全然ヌける。腰がヤバい程熱を持って、俺は情けなくゴミ箱を抱きしめた。
例えば、本当に神が、彼女の事が好きだったら、相手の事、どう扱っていいか分からなくて、戸惑いが有ったり、恥ずかしさからの躊躇いが有ったりするんだろう。
あいつは、全くそういうの無かったんだな。
ほんとに、興味本位でやったんだ。子供みたいに、やってみたかったから、やった。
最低だな。
そう思いながら、俺は、神らしいとも思って笑ってしまった。彼女の傷を考えたら、本当に申し訳ないんだけど、ほんとアイツらしい。
あれから、アイツのこういう場面を見る事は無かったし、彼女を作ってる様子も無かった。けど、俺の見えないところで遊んでいるのは、周りの男子からも、女子からも噂程度に聞いていた。
俺は、相変わらず奥手で、まあ、モテないだけって話もあるけど、エロい事とは縁遠かった。
一人で大人に成っていく神に対して、焦りがなかった訳ではないけど、それより自分の欲求のままに行動して、馬鹿な結果になる神の話はいつも面白かったし、恋愛に本気になってない神はいつも飄々としていて、周りの噂にどうこうされないカッコよさがあった。
色ボケしてないだけで、アイツにも好きな人がいたのかもしれないけど、俺たちは一緒に居る時、常にガキのままで、同じ歩幅で歩いていると思えた。
それが、心地良かった。
だから、初めてなんだ。
神が女の子だったら良かったのに、なんて思ったのは。
目が覚めて、確かめてはいなかったけど、傍に居るのは分かってる。
「なあ」
唐突に出した声は、少し掠れた。
「んー?」
多分、そこらに転がっているんだろう、神が返事をする。
「お前が女の子になったのって、やっぱり俺が原因なの?」
「おー。珍しく聡いじゃん。明日、熱出るぞ」
「うるせー、今、そーいうの要らねーから」
「ん……。まあ、お前の傍に居なきゃいけないからさ、当然、お前の望む姿形になるんだわ」
「お前の意思に関係なく?」
「まあ、そーだな。化け物とかじゃなければ……日常的にお前の傍にいられる生き物になら、成れると思うよ。お前の傍にいるのに必要ならな」
「お前は、嫌じゃなかったの? 上の人間……じゃねえか、神様の尻拭いの為に、ずっと俺のお守りさせられるの」
「嫌じゃなかったよ。全然」
俺の視界が、神の顔でいっぱいになった。神の眼はなんの揺らぎも無くて、その言葉が真実だと告げていた。
「プライドの高いお前らしくない。人の世話とか、誰かのミスのカバーとか」
神は、俺に背を向けるように、ベッドの縁に寄りかかる。
「お前のさ、魂見て、俺すげえ感動したの。あんまりにも綺麗でさ。魂の中でも、ずば抜けて綺麗だった。こっちの世界に来て、同じ色のモノ見つけた。なんだと思う?」
神は、子供の時の、キラキラした瞳でこっちに振り向いた。俺は、黙って顔を横に振る。
「真珠だよ。俺、綺麗過ぎて、お前の魂触る時、すごい緊張した。初めて見る色に浮足立ってたんだと思う。だから、手、滑らせた」
「うん……え?」
え? なんて?




