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Twins of Dark Matter  作者: 梅衣ノルン
PERIOD 1
7/23

第7話 安息を仰ぎ見し怪異

 アクアリウムの中かと誤解してしまうほど美しい廊下の真ん中を、フィルさんと一緒に踏みしめながら歩く。


「ここが彼の魔境……教室(ティーチングルーム)と呼ばれる魔軍本拠地か……」


「てぃーちんぐ……? それより、もうLHRが始まってるじゃないですか」


 今日の一時間目に見事に大遅刻をかました僕たちふたりは、教室の後ろ扉近くに屈んで部屋の中を窺っているところだ。


「見ろ。中央正面に教師(ティーチングパーソン)が鎮座して作戦会議中の様相だ。彼女の洗脳にかかった三十数名の下級兵どもが判を押したように彼女の語りを静聴している……」


「よくわかりませんけど、失礼です」


「みんな洗脳状態なら、今から私たちが入ってもバレないかなあ」


「入るしかないですね。まあ確実にバレるでしょうけど」


 LHRなので、最悪欠席しても授業についていけなくなる心配はない。しかし、LHRというからには新入生に対する連絡事項の伝達や自己紹介、委員会決め等を行うだろうので、できれば遅れてでも出席しておきたいところだ。


「……うん。決めた。一時間目は一緒にサボろう」


「はい。そうですね。一緒にサボりましょう……って、いやいや! サボっちゃダメですよ!」


 いきなり意見が割れたよ。それも本来割れるはずのないところで。


「だって、今から根暗オタク眼鏡陰キャのように頭へこへこしながら『あ、どうも……遅れてすんません……』みたいにつぶやきながら教室に入らなきゃいけないんでしょ? そんなの絶対イヤだもん……。そんなことするくらいならあと30分間食堂でうどんでもすすってる方が有意義だと思わない?」


「思いません……」


「いいからマターちゃんは私と一緒に授業をサボるのー!」


 セリフを言い終わる前に僕の手を掴んで、そのまま教室とは反対方向に走り出すフィルさん。


「強引ですね!? 僕の意見は無視ですか!?」


「決めたことは最後までやり通す。これが私たち姉妹に受け継がれし家訓なのである」


「僕は赤の他人ですってば!」


 フィルさんはその外見とは裏腹に、腕力と速力ともに女子高生の中では比類なきレベルに達している実力者だったらしく、僕はかかとを床に引きずりながら為すすべなく連れられる他なかった。




「うん、ハッキリ言おう。この学園のうどんは最高です」


 以上、朝九時頃に食堂でふたりしてうどんをすすっている僕たちの経緯でした。


 ちなみに僕の分はフィルさんに勝手に買わされました。


「あの……もしかして、単純にお腹空いてたんですか?」


「単純とは失礼な。私の胃袋は私の心のように繊細なのだ。そこんとこしっかり理解しておいてよね」


「あ、はい……すみません……」


 そんなに胃袋が繊細なら、朝ご飯と昼ご飯の間にもう一回食事を挟むのは身体に毒だと思うんですけどね。


 大食いキャラなんだろう。黙っておくことにした。


「あの……なんでここの学食はこんな中途半端な時間に開いてるんでしょうか?」


「さあ? まあこの学園っていろいろな意味で有名らしいし、外部の人たち向けに開放してあるんじゃない?」


「……ということは、この食堂は一般の人も来れるってことですか?」


「それはないと思うけど、この学園に繋がりがあるお偉いさんたちが事務的なお仕事で来てそのままここで食べる的な? そういうことがあるらしいって誰かから聞いたことあるよ……、あ、ほら、後ろ見てみ」


「え、後ろですか?」


 なんだろう。言われるままに振り向いてみる。


「……って、ええええええええ!?」


 閑散とした食堂に、次々と入りこんでくるスーツ姿の壮年や老人の群れが、僕に圧倒的な衝撃を直接叩きつけてきた。


 10人……いや20人……いやそれ以上。


 目深にシルクハットを被った男。鋭い眼光であたりを素早く見渡す痩身の女。


「……って、マターちゃん何してるの」


「す、すみません、ここにしばらく隠れさせてください……」


 全員やくざか何かにしか見えない、少なくとも今の僕には。この学園の女子生徒ふたり分の身体の大きさを持った図体のでかい男女ばかりだ。それがざっと数えて20人以上……。


「こ、こ、この学園を乗っ取りに来たんでしょうか……!? そ、そうですよ絶対そうですよ」


「単にうどんでも食べに来ただけじゃないの?」


「そ、それはあなただけです……。見るからにただ事じゃないですよ、絶対! きっと、ひとりひとりが各国から極秘裏に集められた選りすぐりのエージェント……! 手始めに教育現場を裏で操り、若者をマインド・コントロールで制御したのち反逆因子を育成して日本を乗っ取る計画とか……あるいは……」


「マターちゃん、よくわからないけど、失礼でしょ……」


 物々しい雰囲気を中和するように、フィルさんがうどんをすする音が食堂じゅうに響く。


 スーツの連中は料理を注文することなく、食堂の端の方に身を寄せ合い、疑似的な円陣を組んだ。僕とフィルさんから離れた位置に移動したので、とりあえず一息つく。


「ほら、うどんなんか頼んでないじゃないですか。やっぱり斥候ですよ」


「そりゃあ、今は九時くらいだもん。お腹空いてなくても不思議じゃないよ」


 僕は目の前の少女に僕のうどんの器を叩きつけることでこの場に現存している決定的矛盾の実在をそれとなく半ば衝動的に示そうとしたのだが、なんとか理性を無意識の領域からすくい上げることに成功した。


「そんなに居心地が悪いんだったら、早く食べて別のところに行く?」


「そうさせていただきたいのは山々なんですが……。僕もあまりお腹が空いてないので素早く完食するのは困難です。……って、フィルさんはもう食べ終わったんですか? は、早すぎる……。でしたら、僕の分も食べますか?」


 僕がそう質問すると、フィルさんは突然両の瞳を真珠のようにきらめかせながら答えた。


「いいの……? ほんとにいいの……?」


 今まで姉以外の女の子とあまり積極的に関わろうとしなかった僕にとって、その潤んだ瞳と上目遣いは相当のインパクトだった。


「も、もちろん。どうぞ」


 しかし騙されるな、僕。これは告白とか手を繋ぐとかそういうドキドキ感溢れる交渉ではなく、あくまでうどん一杯の取引に過ぎない。


 ましてや今の僕は、女の子だ。


「うおおおおセンキュー、マタちゃん!」


 予想通りというか、男を惑わすフェイスを早々に引っ込ませて、フィルさんはうどんの器を受け取ってつるつると食べ始めた。


 まあ、今の僕は女の子だから……。仕方ないよね……。


 何もすることがなくなった僕は、改めてスーツの団体の話し声を聞き取ろうとするが……。


 残念ながら僕は(女装していること以外は)ごく平均的な人間なので、日本語以外の言語を理解する能力に圧倒的な欠落があるのだった。


「フィルさん……。あいつら日本語喋ってませんよ……。この学園の関係者にしては怪しすぎません……?」


「まあ今の時代はグローバル社会だから。そりゃもう英語もペラペラでしょ」


「いやまあそうですけど……」


 理解できない思考の共有を視界にとらえることは、言いようもないストレスというか恐怖感を与えてくれる。


「ごちそうさま」


「お早いですね……。と、とにかく、ここから早く逃げましょうよ」


「はいはい。まあうどんを奢ってくれた借りもあるしなー」


 ふたりで食器を返却口に返した後、食堂を後にする……。


(え……?)


 よく目を凝らしてみると、スーツ姿の成人だけだと思っていた団体の中に、小柄な少女が立っていた。


 僕たちと同じ格好、すなわち制服姿だ。


 向こうはこちらの姿に気づかぬまま、来たときと同じようにフィルさんに引きずられながら僕たちは食堂を後にした。


 あのスーツたちと知り合い? だとしたら悪い人たちではないのか?


 浮かんだ疑問をなんとか置き去りにしないで、記憶の片隅に保存しておいた。

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