入学式と『主人公』(前)
閲覧ありがとうございます!
第一話です。とりあえず『主人公』の出番はうっすらと!
描写力が欲しい……!
では今回も少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
どこまでも広がる淡い水色の空の下。
学園の敷地内に植わっている桜の木々がその枝に満開に薄紅色の花を咲かせ、暖かく心地好いい風が吹く度にはらり、はらりと花弁を散らしているこの日。
凉川学園高等部の大講堂では高等部の入学式が行われた。
とは言っても基本エスカレーター式だから周囲の顔触れはほとんど代り映えもなく、その中にぽつぽつと混じる見知らぬ顔が外部生と分かるくらいだった。
……だったんだけど。
「……あ~~、もーー……最悪っ」
「あはは、かなり盛大だったね。」
「なーー。一気に注目されてたもんな、日谷。」
「……うーー。うるさい、風本。」
入学式が終わった後。大講堂前に張り出されていたクラス表を元に一年A組の自分に割り振られた席に座ると同時に机に顔をつっぷしたおれの頭を撫でながら無事なのか何なのか、同じクラスになった涼哉が可笑しそうに笑う。
それに乗っかるように笑いを多分に含んだ声で話しかけてきた内部生でこちらも同じクラスになった風本颯を少しだけ顔をあげじろりと睨み付ければ、わりぃわりぃと全く悪びれた様子もなく涼哉同様に頭をぽんぽんと撫でられた。
……う~~……。
あの後。
『恋ゲ』通りなら入学式で起こるイベントと、攻略対象キャラの生徒達の名前を涼哉から教えられ、彼が家に帰って一人きりになったおれは不安やら緊張やらに苛まれた上に前世の事まで色々思い出しちゃった結果、ほぼ一睡もしてない完全な寝不足という最悪なコンディションで朝を迎えていた。
そんなんだから朝ごはんを食べる気力もなくて、コーヒー一杯だけで済ませて入学式の集合時間ギリギリで登校したら、先に登校していた涼哉からは顔を合わせた瞬間にお説教を食らった挙げ句。
入学式の生徒会執行部会長である高等部二年の金宮蒼司先輩の祝辞の真っ最中、盛大にお腹が鳴った。
「……うう~~。せめて校歌斉唱とかの時だったら……!」
「確かに、絶妙のタイミングだったよな。」
「ね。祝辞の後、金宮先輩こっち見て笑ってたから壇上にいた先輩にも聞こえてたみたいだしねぇ。」
「……うううう~~~……!」
次から次へと容赦なく言われる言葉にどんどん気持ちがへこんでいく。
恥ずかしさやら気まずさやらでじわりと視界に水の膜が張ったのを感じていると、さすがにまずいと思ったのか風本が「あ、そうそう」と話題を変えるためかどこかわざとらしい明るい声をあげた。
「話は変わるんだけどさ、新入生の列に一人すげえレベル高い子いたよな。あれ、見たことない女子だったけど外部生なんかね?」
風本の無邪気なその言葉におれと涼哉がぴくりと反応したのは同時だった。
「……それって結構前の方に座ってた女子? 背中の半分くらいのロングヘアの。」
「ああそう言えばいたね。入学式の並び順は登校した順で、正式なクラス発表は式が終わった後だったからクラスは分からないけど。凄く綺麗な女子生徒。周りの皆がちらちら見てたよね。」
「そうそう! やっぱお前らも見てだんだなぁ~~。」
美人だったよな~~と改めていう風本に曖昧に頷く。
確かに、絹のように滑らかな紺色の髪を、前髪は真直ぐに切りそろえサイドの髪を顎の位置でそろえている所謂姫カットにしたストレートヘア、雪のように白く年相応にメリハリの利いた体と華奢ですらりとした手足を高等部の制服に包み、ぱさぱさの長いまつ毛に縁どられた二重で大きな髪と同じ紺色の瞳に小さな鼻、形の良い唇は瑞々しく触ればぷるんとはじけるようで綺麗なピンク色。
お金持ちのお嬢様という言葉がぴったりな、ハッと目が覚めるような美人であるその女子生徒は入学式中もかなり目立っていた。
……でも、彼女は『月岡悠美』じゃなかったけど。
「あ、違う違う。彼女の名前は『氷堂愛凛』。俗に言う主人公のライバルキャラで、『月岡悠美』にとったら憧れみたいな存在かな? 彼女ともルートによってはかなり親しくなるよ。それに、彼女は確かに凄い美人だけど、『月岡悠美』のデフォルトの容姿ってどちらかと言えば愛玩動物的な可愛い系だしね。」
「……そ、そうなんだ。」
入学式が終わり教室に戻る途中で尋ねるとあっさりと否定した涼哉に少しだけ脱力して、おれ自身も朧げな記憶を引っ張り出せば、パッケージに描かれていた『月岡悠美』はあの女子生徒……えと氷堂?とは違っていた。
でも彼女が『月岡悠美』じゃないなら、外部生で他に目立っている女子生徒はいなかった気がしたけどおれ達も外部生全員見たわけじゃないから氷堂の存在に気を取られて気付かなかったんじゃないかって結論にとりあえずは至っている。
「『月岡悠美』も勿論目立つんだけどさ、やっぱ氷堂と比べちゃうと霞んじゃうからね。」というのは涼哉の談だ。
……うん、でも。ライバルキャラまでいるって事はやっぱここは、『恋ゲ』に関係する世界なんだ……。
「――おい。」
改めて実感したその事にきゅっと僅かに拳に力が入るのを感じた刹那、低いけどよく通る力強い第三者の声が耳朶を打った。
「え?」
その声に机に突っ伏したままだった体を起こせば、目の前に立っていたのは、百九十センチ近くはありそうな長身で、肩幅が広く均整の取れた所謂逆三角形型の高校生とは思えない程男らしく逞しの体に長い手足を制服に包んだ、スッと通った鼻梁にきりりと上がった男らしい眉とつり上がった二重の切れ長の瞳が特徴的な掘りの深い顔立ちの端正な男前の男子生徒だった。
瞬時にその今までに学園内で見た事のないどこか野生の虎のような雰囲気を持つ彼が、その容姿から入学式で注目されていた一人だという事を思い出す。
「……えっと。な、何か用?」
「さっき盛大に腹鳴らしてたの、お前か?」
彼のどこか赤みがかった双眸で何故かじっと見下ろされ、その気まずさに思わずへらりと笑って言えば、ああ、と短い返事の後返された言葉にびしりと固まった。
瞬間、涼哉と風本に至っては噴き出したのが聞こえたし!
「………………はい。そうです。あの、見苦しい音をお聞かせしてスミマセンデシタ」
まさかそれを今日会ったばかりの彼に蒸し返されるとは思ってなくて、僅かに浮上した気持ちが沈んでいく。
少し顔を俯かせて応えればどこか戸惑い気味に「おい?」と再度彼から呼ばれる。
そんなおれをさすがに見かねたのか風本がフォローしてくれた。
「あーー……。君、外部生だよな?」
「え、あ、ああ。」
「あーー、見た事ねぇと思ったらやっぱそうなんだ。あ、俺風本颯、よろしくな? んで、こいつ日谷って言うんだけどさ。日谷、普段はそんな事滅多にない奴なんだど今日珍しく寝坊しちまったらしくてさ、それで朝飯食べ損ねたんだと。散々弄ったオレが言うのもなんだけど、本人かなりへこんでるからあまり揶揄わないでやって。えっと……。」
「――月岡だ。」
「了解、月岡君な。」
「……月岡君ね。初めまして、僕は天海涼哉。日谷とは幼馴染なんだ。うん、まあ日谷そんな感じだからさ。今もお腹空いてるし、下手すると嚙付くから放っておいてやって? ね?」
「涼哉っ!!」
中等部の頃、コミュ力お化けの異名を欲しいままにしていた風本のコミュ力に、昨夜涼哉から教えられた攻略対象キャラの中に彼の名前もあった事を思い出す。
……うん、風本って基本良い奴だもんね。
ちょっと口悪い時あるけど男前で何だかんだで面倒見も良くて、中等部で所属していたサッカー部では一番のエースで主将だったし。
ってかそれに比べて……!
涼哉のフォローなのか揶揄いなのか分からない言葉にギッと彼を睨み付けた次の瞬間、きゅるると鳴ったお腹にびしっと動きを止める。
嘘、このタイミングで普通鳴るっ!!?
「……葵。」
「……日谷。」
「っ、ご、ごめん……。」
多分に呆れを含んだ二人の声にさらに顔を俯かせるとすると、はぁと小さく息を付いた月岡君がおれにスッと彼の握った右手を差し出した。
「……え?」
「手ぇ出せ。」
少し半泣きになりながらも言われるがままに両手を差し出せば、彼の握った手が開かれ、いくつかの飴玉と一口サイズのチョコレートがおれの手の中に落とされた。
「っえ!? こっ、これっ!!?」
「……てか別に揶揄うつもりなんてねえよ。腹減ってんだろ? これ食えよ。少しは足しになんだろ。」
思わずバッと顔をあげ彼を見上げると、おれから視線を外し自らの首筋を擦った月岡君に、胸の奥が温かくなってじわじわと頬が緩むのを止められない。
「あっ、ありがとう! でも嬉しいけど、いいの? だって、これ月岡君が食べるためのやつじゃ……。」
「良いって言ってんだろ。今も腹の虫鳴かせてる奴が気なんか遣うなよ。あと、全員その『君』付けやめろ。月岡でいい。」
「っ……あ、ありがとう、月岡! あ、おれ、日谷葵! 初っ端からみっともないところ見せちゃってごめん。これからよろしくねっ!」
「……ああ。よろしく、日谷。風本と天海もよろしくな。」
「ああ!」
「うん、よろしくね。」
もう何ていうかどうしようもなく嬉しくて、テンション高く思い切り笑いかけ言えば、瞳を瞬かせた月岡が瞳を細め微笑んだ。
それが本当に格好良くて、やっぱ顔が良い奴は違うななんて思ってるとじゃあな、とぽんっと頭をその男らしい大きな手に撫でられ月岡が元いた席に戻っていく。
その後ろ姿を見送っていると風本に声をかけられた。
「良かったな、日谷!」
「うんっ!」
「まあもう少しで先生来るかもしんねぇし、飴はまずいけど、チョコくらいなら食べててもいいんじゃねぇか? あ、あとのは没収されねえように鞄の中に入れとけよ?」
「うん、そうだね。」
その言葉に頷き、チョコを一粒だけ除けて残りの飴とチョコをスクールバッグにしまっていると、僅かに眉間に眉を寄せ何かを考えるように唇に人差し指を押し当てている涼哉に気が付いた。
「涼哉? どうかした?」
「…………ううん。ごめん、何でもない。彼は男だもんね、それはないよね。」
最後の呟きがどこか不穏で首を傾げ聞き返そうとした刹那、ガラリと教室の前の引き戸が開き担任の教師が入ってくる。
それを見た風本と涼哉が慌てて自分の席に戻っていき、結局聞けずじまいどころか、月岡から貰ったチョコも食べそこなって小さく息を付いた。
……うん、その時のおれは気が付いてなかった。
彼の名前がおれ達があれだけ探していた主人公と同じ、「月岡」だっていう事に。