表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

HAPPY WORLD PLANNING(上)

作者: 七水 樹

(上)(中)(下)に分かれた短編小説の(上)です。



 目覚めたときから、二人でした。


 互い以外には何もない空間で、二人は同時に目を覚まし、初めて互いを認識しました。胸の辺りに、それぞれ〝α(アルファ)〟と〝β(ベータ)〟と刻まれており、それが二人の違いであったために、二人はお互いをそう呼ぶことにしました。


 アルファは白くて滑らかなボディパーツを持ったロボットでした。


 ベータは黒くて角ばったボディパーツを持ったロボットでした。


 何のために作り出されて、何のためにここにいるのか。一体何をすればいいのか。


 二人には見当がつかず、ただお互いがそこにいることを確かめ合って稼動していました。本当に二人以外には何もない空間で、することもないので、二人はお互いを観察しあって、自分以上に相手について理解していました。



 ある日、突然二人の腕が変化しました。アルファは右手が銃口に、ベータは右手が剣の形に変わって、二人は酷く驚きました。ただ、それが何なのかはよくわからなくて、持て余しているうちにお互いを傷つけてしまって、二人は飛び上がりました。そんなつもり、これっぽっちもなかったのに、痛い思いをさせてしまったのですから。


「ごめん」


 どちらともなく、そう謝りました。


「俺たちは、戦闘用のロボットだったんだ」


 ベータはぽつりと呟いて、苦戦した後に、腕を元に戻しました。アルファも同様です。


「戦闘用って、戦うのか」


 アルファの質問に、ベータは首を傾げて、たぶん、と答えました。戦うと言っても、一体何と戦うのか、二人には皆目見当がつきませんでした。もしかしたら、作り始めた時は何か目標があって、時間が経つにつれて忘れてしまったのかもしれません。


「僕たち、どうすればいいんだろう」


 アルファは掠れた小さな声で言いました。そうして、ぽろぽろと泣き出してしまいました。


「アルファ」


 ベータはどうしたらいいのかわからず、泣き出してしまったアルファを見て、ただ名前を呼びました。透明な雫を転がす滑らかな頬に指を滑らせます。雫を掬ってみると、指先が濡れました。


「アルファ、なんだろう、これは。目から水がこぼれている」


 ベータの目にも水はありました。アイカメラの洗浄に用いられる水が、大気中から取り込まれるのです。それは至極単純なメカニズムでありましたが、溢れかえるほど出たことはありません。ベータは理解できなくて、何度もアルファに尋ねました。そうするとやがて、アルファはしゃくりあげながらベータの問いに答えました。


「これは、涙というんだよ」


 なみだ、とベータは復唱しました。聞きなれない言葉でした。


「感情、というものが高ぶると自然と涙が出るらしい。嬉しくても、悲しくても」


 感情、というのも、ベータには聞きなれないものでした。


「アルファには涙があるのか。感情があるのか」


 ベータが問いかけると、アルファはわからない、と言って首を横に振りました。涙がきらきら光って飛んでいきます。


「ねぇ、ベータ。僕らは何かを模して作られているんだ。でもわからない。僕らのオリジナルは一体何なのか、わからない」


 わからなくて、怖いよ、とアルファは小さく言いました。ベータは“怖い”がよくわかりませんでしたが、きっとそれが涙とつながっているんだろうと思いました。アルファは、わからないことが多いロボットでした。ベータには、不思議の塊であって、確かにアルファの知らない部分を見ると、胸がつっかえたようになるので、これが“怖い”なのかもしれないと目を伏せました。


「怖いな」

「うん、怖い。……僕たち、どうすればいいんだろう」


 まるで口癖のように呟いて、決まってアルファはベータの手を握るのでした。



 アルファもベータも、目覚めた時から持っていたデータファイルは、古くなっていて半分以上は開くことができませんでした。ベータはあまり気にしていないようでしたが、アルファはどうしても生まれた理由や、どうして自分たちがここにいるのかを知りたくて堪りませんでした。そうしてアルファは散歩に出かけるようになりました。いつもベータと一緒だったアルファでしたが、新たな知識を得るため、一人で行動することも増えていきました。


 そんな、ある日のことです。


 アルファは、目覚めた場所からずいぶん遠く離れた廃墟で、〝BR-アルファ〟と刻まれた古いデータを見つけました。本当はベータと二人で見ようかと思いましたが、そのデータを解析することが可能な機械が、なんとかその廃墟の中だけで生きていて、それを持って帰ることができず、仕方なく、アルファはそこでデータを展開することにしました。


 一体何が残されているのだろうか、と胸を高鳴らせながら、モニターを覗き込むと、ノイズ混じりの古い映像が流れ始めました。


『アルファ、聞こえるかい。私のことが、わかるかい』


 映像には笑顔を浮かべた生き物が映っていました。アルファに笑いかけると、気分はどうだ、不調はないか、と矢継ぎ早に問いかけ、メモを取ったり、キーボードを叩いたり、忙しなく動き回ります。アルファはまったく覚えがないのに、映像からその生き物たちに返答する自分の声が聞こえて驚きました。


『前回のバージョンアップよりも、格段に性能が伸びているはずだ。どうだい』


 はい、と答える自分の声にはなんとも色がなく、アルファはだんだん気味が悪くなってきました。


 生き物たちは、何度も自分たちのことを〝ニンゲン〟と呼称しました。これは、ニンゲンと呼ばれるロボットの一種なのだろうか、とアルファは首を傾げます。同じロボットでもさまざまな種類がいるようです。そのニンゲンは随分とアルファやベータと容姿が異なっていました。


 ニンゲンはその後も延々としゃべり続け、さまざまな知識をアルファに与えました。データには、資料もいくつか添付されており、試しに開いてみると、隙間なく埋められた文書データが現れました。


 アルファはさっそくデータのダウンロードに取り掛かりましたが、途中でやめしまいました。びい、と警告音がするのも無視して、機械に繋げていた自分のコードを引きちぎるように抜きます。アルファは、走り出しました。一目散に、ベータのもとへと走りました。



 全速力で走ってきたアルファを見て、ベータはどうした、と声をかけようとしましたが、アルファが勢いよく飛び込んできたので、それは叶いませんでした。抱きとめて、そのままもつれるようにして後ろに転がり、砂埃が舞い上がりました。それが落ち着いた頃に、ようやくベータはどうした、とアルファに声をかけました。


 アルファは何も答えませんでした。ただただ、強くベータに抱きついていました。


 しばらくして、ぽたりぽたりと自身を濡らす水が落ちてくることに気づいて、ベータは「……泣いているのか」とアルファに尋ねました。ぽたり、ぽたりと、肯定の意を表すように、涙はベータに降ってきます。


「ベータ、どうしよう。どうしたら、いい」


 やっと顔を上げたアルファは酷く顔を歪めて泣いていました。よく泣いているアルファでしたが、ここまで泣いていることはありませんでした。


「何があった」


 ベータも動揺していて、そう聞くので精一杯でした。


「わかったんだ。わかってしまったんだ」


 アルファは泣きながらそう告げました。知らなければ、良かった、と吐息のような声で続けます。


「知ろうとしなければ、良かったのに」


 そうして、またわっと泣き出してしまうアルファに、ベータは成す術がありませんでした。いつものように、涙を拭ってやります。しかし涙はいつもよりたくさんこぼれてきて、瞬く間にベータの指先はぐっしょりと濡れてしまいました。


「アルファ」


 涙の理由を話せるようにと、ベータは優しくアルファの背中をさすってやります。それから何度か、ぽんぽんと、背中を叩いてやりました。アルファはしばらく震えていましたが、気持ちを整理するように深呼吸をした後、「僕は」と言葉をこぼしました。短い息をついて、アルファはもう一度、僕は、と発しました。それから思い切ったように顔を上げました。


「僕は君が好きだ、ベータ」


 アルファの瞳は、まだ酷く潤んでいました。洗浄用の水は、少しとろみを持ちます。それが瞳を覆ってきらきらと光を乱反射し、ベータはそれがとてもきれいだと思いました。


「俺も好きだ。アルファが、好きだ」


 言葉に出してみると、大切にしていた想いは案外薄っぺらなもののような気がして、ベータは何度も好きだ、と繰り返しました。生まれた時から傍にいた大切なアルファ。アルファはベータにとって、もう一人の自分であったのです。


「僕らは好きあっているんだね。僕は君が好きで、君は僕が好きだ」


 確かめるように繰り返すアルファの言葉とともに、また涙がぽろりと逃げ出しました。それをベータではなく、アルファ自身の指が追いかけて拭いました。


 涙を拭った手が顔から離れて、アルファは目を細めました。泣きそうな顔で、笑いました。


「だからこそ、きっとこうするしかないんだ」


 アルファはひらりとベータの上から身を退かすと、そのまま三歩、後ろへ下がりました。両腕を隠すように、後ろに回して組んでいます。不思議そうな顔をして起き上がるベータを、少し状態を屈めて、見つめていました。


「ごめんね」


 ベータがアルファに呼びかけようとしたのとほとんど同時に、アルファはそう小さく呟き、隠していた右腕を変化させて躊躇いもなく左胸を打ち抜きました。ベータは目を見開きます。そこには、ロボットにとって一番大切な、動力炉があるのです。そんなところを打ち抜いたら。


「アルファ」


 ベータは飛び起きて、アルファに駆け寄りました。左胸に大穴を空けたアルファはすぐにその場に崩れ落ちてしまいました。どうして、とベータは嘆きます。


「何故だ、アルファ。どうして、こんな」


 抱き寄せて、問いかけてもアルファは何も答えません。閉じかかった瞳から、また涙が頬を滑り落ちて、アイカメラの出力は徐々に下がっていきます。残ったわずかな光も、ベータの見つめる腕の中で、輝きを失っていきました。傷口から、煙が上がります。まるでアルファを遠くへ連れ去るように、ひらひらと空へ向かって飛んでいきます。


 もう一度アルファをぎゅっと強く抱きしめた時、ベータにとある考えが浮かびました。ベータはアルファを抱えると、自分が目覚めたポッドへと向かいました。そこには全身洗浄用のシャワーがあり、アルファのアイカメラ洗浄と同じく、とろみのある水が出てくるのです。ベータはアルファを抱えたまま、ポッドへ身を乗り入れます。ひったくるようにシャワーを掴み、目いっぱいホースを伸ばしてそれを顔へ近づけました。顔は洗浄用水で濡れ、顎からぼたぼたと水滴が落ちます。


「アルファ、見てくれ。俺は泣いているぞ」


 水滴は、動かないアルファの上に落ちて、その白い装甲を輝かせました。


「悲しい。俺は悲しくて、泣いている」


 お前がそんなことをするから、と続けてもアルファは何も答えません。ベータは、自らの額をアルファの額に押し付けました。水が、アルファへと移っていきます。目を閉じて、もう一度開けると、洗浄用水で頬を濡らしたアルファは、いつも通り泣いているように見えました。同じ水でも、アルファとベータのでは意味が違ってくるような気がしました。


 うそだ、とベータは吐息まじりに呟きました。


「わからない。俺は泣いてるのか。これは涙か。わからない、教えてくれ」


 わからないことは、いつもアルファが教えてくれました。でも、もうアルファは動きません。迫ってくるような、胸のつかえが〝悲しい〟なのか〝怖い〟なのか、それともまた違う何かなのか、ベータにはわかりませんでした。


 ポッドから出ると、ベータはアルファを抱えたまま、力なくその場に座り込みました。電子頭脳が全く働かないようで、ただぼんやりと空を見上げました。


 ベータはアルファを抱きしめます。上げていた顔を下ろし、二人は寄り添うようにして倒れました。その時、どこかでかちりと音がしました。どこかはわかりませんが、どこかで、体内のどこかで小さく音がしました。


 大きな世界で小さな爆発が起こると、それきり二人は、動かなくなってしまったのでした。







「ほら、ごらんよ。また僕の勝ちだ」


 モニターの光を反射させて、頬を明るくした一人は、嬉々とした面持ちでそう言いながら後ろを振り向いた。


「どうしてお前ばかりなんだ。すぐに自壊するし」


 声をかけられた相手は、不満そうに返した。組んだ腕を解いて、モニター前まで歩み寄る。画面を覗き込んで、「三週間と二日、十八時間で自壊。前回と二時間の誤差しかないじゃないか」

と、なおも不満そうな声を上げた。


 最初に声を上げた一人はふふ、と笑う。


「僕らしいと思わないかい? 時間には、正確だったろう」


 正確すぎるくらいだ、と皮肉を返した。しかし相手はまたふふ、と笑うだけだった。挑戦的に細められた目と、くいと上がった口角。それに反して、声だけはどこか優しかった。


「僕はね、知りたがりなんだよ」


 口角を上げたまま、笑い顔で話す言葉は、やわらかいくせに冷たい。それは機械ゆえの特徴なのだろうか。


 モニターの前に座っているのは、まるで人間が着るようなデザインの、裾の広がったワンピースを纏った人型ロボットだった。名を、ティナという。青いくせっ毛と、同色の大きな瞳を持つ。裾から覗く足は、形状は同じでも、人とは違う白い人工皮膚で覆われていた。


「貪欲に知りたがりだから、秘密を暴いてしまう。知らなくてもいい真実にまで、辿り着いてしまう」


 ここに、映っている子のようにね、とティナはモニターを指差す。そこには白い機体と、黒い機体が、折り重なるようにして倒れているのを、上空から撮影したような映像が映っていた。


「これで何体目だ。よく飽きないな」


 もう一人もロボットであり、名をバッカラと言った。黒いぴったりとしたインナーに、鼠色の丈の短いジャケットを着た長身の人型ロボット。バッカラはティナの傍まで椅子を引き、腰掛ける。一緒になってモニターを見上げた。


「うん。だって、かわいらしくて」


 黒い方の機体を、ゆっくりと指で追いながらティナは呟いた。


「何も知らない無垢な子は、どうしてこんなに愛おしいんだろう」


 ティナのまなざしには、優しさの中にわずかな熱量が含まれていた。モニターの光を受け、その大きな瞳がきらきらと揺れる。バッカラはモニターよりも、そんなティナに見惚れていた。それに気づいたティナが、意地の悪い顔をして、バッカラに視線を送る。


「なぁに」


 薄く開かれた、作り物であるがゆえに美しく、形の良い唇にバッカラは手の伸ばし、指を添える。


「何でもない」


 無感情に響く言葉だったが、バッカラの瞳には色が滲んだ。そこに映りこむティナは、挑発的な笑みを絶やさない。添えられた指に、自らの手を絡ませながら「……あの子たちを迎えに行かないと」と小さく言う。


「また回収するのか」


 ティナは、うん、と頷いた。


「回収して、新しいのをポッドに入れる」


 呟くティナの表情は、とてもうっとりとしていて、まるで夢でも見ているようだった。バッカラは、その悪趣味な友人の行為に特に感想も持たずに、「また観察するのか」と質問を続けた。ティナは先ほどと同じように、だってかわいらしいから、とだけ答えた。


「……アルファとベータは、あと何体だ」


 バッカラの連続した三つ目の質問には、ティナは黙った。絡めていた腕を、ぼとりと落として、ついで表情もなくす。そうしてみると、ティナはひどく古びた、ただの機械に見えた。


「知らない」


 返された言葉も、ただの音声と化す。


 バッカラは何も言わないまま、ティナが動き出すのを待っていた。しばらくするとティナの表情はまた戻ってきて、目を細めて、上機嫌に笑う。機械が再起動したような、人間にはないぞくりとした感覚。


「そんなこと、もうどうだっていいだろう?」


 覚えてられないさ、と言いながらティナは立ち上がった。モニターを見て、また、笑う。


 そのままくるりと方向を変え、ティナは出口に向かってこつこつと歩きだした。バッカラも立ち上がり、後を追う。扉が開き、その片側に手をかけたティナは、肩越しにバッカラを振り返った。


 バッカラ、と名を零す。


「僕の前で、二度とその名を口にしないでくれ」


 ティナの瞳は唐突に、切なささえ感じさせるほどに冷え切って、狂気の色を孕んでいた。ごとり、と濁った瞳が滑っていき、前を向く。扉から手を離し、体の支えを失ってゆっくりと傾き、そこに寄りかかる。


「昔を思い出して、嫌になる」


 呟かれた言葉は酷く小さくて、枯れていた。


 バッカラは何も言わなかった。何も言わずに、ただ、ぶらりとだらしなく下げられているティナの手に、自分の手を伸ばした。指と指を絡めあう。手を繋いで、バッカラは外へティナを連れ出した。



HAPPY WORLD PLANNING(中)に続く

(中)は11月30日 19時ごろ掲載予定です。

よろしければ、引き続きお楽しみください!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ