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全力少女と大魔導大全  作者: 森林樹木
第一部 ブラムフォレスト編
1/2

第1話 その少女、全力。

「やる時は全力で」


 私が一番好きな言葉。

 この世で一番尊敬している父の言葉。

 いつもこの言葉を思い出して心を落ち着かせている。

 ……でも、今はそんなことを思い出している余裕もない。


「……チッ、失敗か……! クソッ! どうする、他に手は……」


 本が喋っている。

 というか、ここはどこだろう。

 見たことない部屋だし、なんかジメジメする。


「あの……」


「もう一度召喚を……いや、そんな時間はねぇ。魔法でどうにかするしかないか……? 考えろ……」


 本に無視された。


「あの!」


 声を張り上げる。


「うるせェ! 俺様は今忙しいんだよ! 小娘は黙ってろ! ……あの魔法は……そういや禁忌か。最終手段だな……」


 今度は本に怒られた。

 本のくせに……ちょっと頭にきてしまった。


「ちょっと! 一体どういうことなのか説明くらいはしてよ!」


「うおっ! なにすんだテメェ! ……っと、結構力は強いな。これなら……」


 しまった。ついクセでチョップしてしまった。

 咄嗟に身構えるが、襲ってくるような気配はない。

 ていうか、また一人でブツブツ言ってるし……。


「おい小娘」


 唐突に話しかけられる。


「え?」


「お前、武器持ったこと、あるか?」


 武器。武器って剣とか銃とか?

 それなら……。


「触ったこともないけど……」


「フン、やはりか……だがこれしかねぇな……おい、俺様を持て」


「持て、って本を? こ、こう……?」


 両手で掴んで持ち上げると、本は続けた。


「とりあえず、ハンマーだな。離すんじゃねぇぞ……!」


 そう言った瞬間、本が激しく光りだす。


「え、え!? 何……!?」


 余りにも眩しくて目を瞑る。

 しばらくすると光が収まったのを感じた。

 おそるおそる目を開けるとそこには。


「お、おっきいハンマーだぁ……」


 わけがわからなかった。

 本が喋って光りだしたと思ったら今度は巨大なハンマーになっていた。


「おい、しっかり持っておけよ。これから一暴れするんだからな」


 しかも喋るハンマーだ。もしかして本が変身した……?

 ちょっと待って、一暴れ……?


「ちょっ、どういうこと? 一体何を……」


 言いかけると同時に荒々しく扉が開いた。


「ギャギャギャ! ミツケタゾ、『アンコクノマドウショ』!」


「ト、トカゲ……?」


 頭が痛くなってきた。

 喋る本の次は喋るトカゲだ。


「ハッ! テメェら下等生物如きに俺様が扱えるわけねぇだろうが。身の程をわきまえな」


 にらみ合うトカゲとハンマー。

 訂正、睨むトカゲと偉そうなハンマー。

 交互に見ていると、ハンマーが話しかけてくる。


「小娘、とりあえずあいつらをぶっ殺さんとここから出ることも叶わん。戦え」


「いきなりそんなこと言われたって、戦ったことなんかないし……!」


「チッ……まぁいい、俺様の言うとおりに動け、いいな。じゃねぇとお前、死ぬぞ」


 死。意識の消失。人生の終焉。

 現実味が無さ過ぎて、思考がついていかない。

 でも、死にたくはない。


「わ、わかった……」


「いくぞ小娘、しっかり動けよ」


 ゴクリと唾を飲む。


「オンナ、シニタクナケレバ『アンコクノマドウショ』ヲ、ワタセ」


 地を這うような声にゾッとすると同時に緊張が走る。

 これから始まることが命のやり取りなのだと嫌でも実感させられた。

 渡して助かるなら渡したいけど、あいにく身体が竦んで動かない。


「ギャギャ! ナラバ、シネェ!」


 トカゲが剣を振りかぶって走ってくる。


「ボーッとするな! まずは避けろ!」


 その声にハッとする。

 そうだ、避けなければ死んでしまう。

 私は咄嗟に右に飛んだ。


 ガキィッ!


 トカゲの振り下ろした剣は石床に当たる。


「ギャッ、ハズシタカ……」


 ギョロリ。とこちらを見直すトカゲ。


「今ので大体わかったろ、次は攻撃だ」


「攻撃、って一体どうやって!」


「チッ、とりあえず俺様を振ってみろ、当たればなんとかしてやる」


「そんな無茶苦茶な……!」


「ギャギャーッ!」


 反論する間もなくトカゲが襲い掛かる。


「くっ……!」


 もうどうにでもなれ。

 私は闇雲にハンマーを振った


 カキィン!


 何かに当たった音がした。


「ギャッ!?」


 次に状況を把握した時、倒れているのはトカゲの方だった。


「な、何したの……?」


「チッ……当たったのは剣か、ダメージはないな……」


 また無視された。


「おい小娘、本体に当てろ」


「当てるって言ってもどうやって……」


「それくらい自分で考えろ。じゃねぇと、本当に死んじまうぞ。」


 衝撃で痺れる手が、これは現実だと言い聞かせてくるようで。


「ギャギャッ……オンナ、コロシテヤルッ!」


 剣を捨てたトカゲが突進してくる。

 このままじゃ本当に……。


 覚悟を決めよう。

 こういう時こそ心を落ち着かせないと。


(やる時は、全力で……)


 よし。落ち着いた。

 とりあえず、ここをどうにか切り抜けよう。

 テニスの要領で、相手をボールだと思って……。


「まずは避けて……思いっきり振るっ!」


 トカゲの突進を避けながらテニスボールを打ち返す時のように両手で思いっきり横なぎにハンマーを振る。


「ギャギッ!?」


 トカゲは咄嗟に防御体制に入る。が、次の瞬間。


「ブギェッ!!」


 思いっきり吹き飛び壁に叩きつけられた。


「クカカッ!クリティカルヒット、ってとこだなァ!」


 いかにも悪そうな笑い方だ。こっちが悪者なんじゃないの……?


「グッ……グギェッ……オンナァ……!」


 腕があらぬ方向に曲がり、血を吐き出しながらトカゲが睨む。


「おい、トドメだ、頭を潰せ」


「頭……」


 いくらトカゲでも人の形をしている以上、躊躇はしてしまう。


「ハッ、まさかお前『可哀相』なんて思っちゃいないだろうな?」


 見透かされていた。


「だって……!」


「良いことを教えてやる。戦いはな、『殺るか殺られるか』だ。

 敵意を持った相手は完全に消しておかないと、いつか痛い目を見るぞ」


 冷酷な、どこか憎しみの篭った静かな声。

 それは私の意志を固めるには十分なほどの説得力だった。


「やるか、やられるか……」


「そうだ。だから殺せ」


 殺さなきゃ、殺される……。


「グギッ……!」


 血走った目で睨みつけてくる、死にかけのトカゲ。

 私の首元を食いちぎろうとしているのか、牙を光らせている。


「……ごめんね」


 もう一度覚悟を決め、思いっきりハンマーを振り下ろした。


 ……


 外に出ると、青い空に一面の緑。綺麗な草原だ。


「自分を殺す気で襲ってきた相手に『ごめんね』とはなァ……ククッ……! お前もしかして、天性のサディストか何かか……クヒッ……!」


 ハンマーから本に戻った『アンコクノマドウショ』とやらが悶絶している。


「だって……」


 なんともいえない気分だった。

 罪悪感? 安心感?

 感じたことのない感情で心の整理がつかない。

 とはいえ、危機は去った。


「これからどうしようかなぁ……」


 ここがどこかもわからない。元の世界に帰る方法も。

 途方にくれていると、本が話しかけてきた。


「おい小娘、まずは街を目指すぞ。情報収集だ」


「街……」


「そうだ。見ての通り俺様は自分で動けん。だからお前が持っていけ」


 まずは、ここがどこなのか調べる必要がある。

 もしかしたら元の世界に帰る方法も見つかるかもしれない。

 淡い期待を持って、本を持って私は歩き出した。


「そういえば、その『小娘』って言うのやめてよ。

 私には『サキ』って名前がちゃんとあるんだから」


「フン、知ったことか。小娘で十分だろう」


 なんて傲慢な。


「はぁ……まぁいいや。あなた、名前は?

 『アンコクノマドウショ』ってあれ、名前じゃないよね?」


「俺様の名前……? 特に無い」


「えぇ……呼びにくいなぁ……。じゃあさ、私が付けて良い?」


 冗談半分で聞いてみる。


「あ? ……好きにしろ」


 意外にもその返答は素直だった。


「じゃあ、えっと……魔導書……マドウショ……マドー……ドー、マ……ドーマ! どう?」


「好きにしろって言ったろ」


「じゃあ、ドーマ。これからよろしくね」


「ハッ……あぁ」


少女と本の、不思議な旅が始まった。

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