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無口な上司とバナナ 6



「あ〜、終った」


 そう声に出したのは、制作課では数少ない同期の織田(おだ)君だった。月末締め切りの最後の仕事を終え、制作2課には、安堵の溜息があちこちでもれていた。

 これであと半月は、比較的余裕を持って仕事が出来るし、定時退社も夢ではない。やれやれと、思い帰り支度をしていると織田君から声をかけられた。


「なあ、鈴木。今から飲みに行くけど、一緒に行かね? 青山もどうだ?」


 隣にいた詩織ちゃんにもそう声を掛けると、彼女は元気よくOKの返事をした。若いっていいな。でも、今日は何だか熱っぽいし体もだるい、私は正直、早く帰って寝たい気持ちの方が大きかった……。


「どれ位の人が参加するの?」

「そうだな。疲れてる奴も多いし、三分の一くらいかな」


 それなら、私も今日は早く帰らせて貰う方にしてもらおうと、織田君に事情を説明した。そして、ふと見ると珍しく真藤課長も帰り支度をしていた。


「あ、ねえ? 真藤課長は誘わないの?」

「う〜ん……。そりゃ、来て欲しいけどさ、誘ってもなかなか来てくれないし、あんま言うのもしつこいと思われないか、とかで……」


 確かに、会社全体で行う歓送迎会や恒例の新年会や忘年会には参加しているが、こういう仲間内の飲み会では見かけたことはなかったような気がした。

 あれからも、バナナを通じて奇妙な交流が続いていたが、ここ最近は忙しくてみんなも一緒に残業していたので、遠ざかっていた。それでも、何となく真藤課長に対して、ほんの少し近寄りがたさがなくなったような感じがした。そして、何というか私達が思っているより真藤課長は怖くないという事を、みんなにも少し伝わるといいなと、自分勝手にも思っていた。


「じゃあ、私がちょっとお誘いに行ってくるね」

「鈴木……。お前意外とチャレンジャーだな」

「大げさだよ」


 と、言ったもののいざ目の前に行くと、緊張してしまった。さっきの、ほんの少し近寄りがたさがなくなったというのは、やっぱり気のせいだったかもしれない。


「真藤課長!」


 勢いがつきすぎて、物申す! みたいな感じで、自分で思ったよりも大きい声が出てしまった。


「今から飲みに行きませんか?」

「……」

「あの、織田君が今、課のみんなに声掛けているみたいなんですが。真藤課長もどうかなと思いまして」

「……」

「た、たまには課の皆と交流してチームワークを深めるというか……えーと、あ、もしかしてこのあと何かご予定とか、ありましたか?」

「……」

「いえ、そんな、プライベートな事を聞くつもりは全然なくて、いえ、その、そりゃ課長だって金曜日の夜って言ったら、デートの1つや2つ……」


 最初の勢いはどこへやら、真藤課長の無言の眼差しに、次第に声のトーンが下がり、最後方はしどろもどろになって、思いっきりプライベートにつっこんだ事を口走ってしまった。


「参加します」

「やっぱり、だめですよね……。え?」

「他に予定はありません。参加します」


 一瞬聞き間違いかと思ったけれど、真藤課長がもう一度はっきり参加表明をしてくれた。


「お、お、お……織田君ー!」

「!」


 思わず大声で、同僚を呼んでしまった。目の前の課長もその声に少しびっくりしている。でも、仕方ない。だって私の方が、びっくりしているのだから。


「何だよ。鈴木〜、大きな声出して」

「真藤課長が参加します。って!」

「うおー、マジか! あ……、本当ですか? おい、みんな今日は真藤課長が参加するってよ」

「なら、俺もやっぱり行こうかな」

「じゃ、私も」


 織田君のその言葉に、帰ろうとしていた人も、参加に切り替えて、何やら異常な盛り上がりを見せていた。ダメ元で誘ってみたけれど良かった。


「鈴木、良くやった!」


 そう言いながら、織田君が肩をバシバシ叩いてくる。

 地味に痛いよ。


「では、課長行きましょう! 僕が案内します」


 織田君が真藤課長を促し、皆も興味津々で、どこか浮足立ったような感じで付いて行く。


「ありがとうな。じゃあ、鈴木は残念だけど、またの機会に」

「うん、今日は本当に残念だけど……」

「っ!」


 織田君とのそのやりとりに、真藤課長が何度か眼鏡を押し上げる。


「あ、真藤課長。私ちょっと風邪気味で……すみませんが、今日は先に帰らせてもらいます。でも、次は必ず参加しますから、課長もまた参加してくださいね」

「鈴木。月曜までには治しとけよ」

「うん、織田君あとはお願いね」

「真藤課長、それではお先に失礼します。お疲れ様です」


「……お疲れ様です」


 その時の私は、ああ、本当に残念だなと思いつつも、背中のぞくぞくにこれは本格的に引く前に早く帰って寝ないと、と帰宅を急いだ。私の不参加を聞いて、愕然としていた真藤課長の様子に気付くこともなく。




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