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無口な上司とバナナ 5



「夕子さん。この前はありがとうございました」

「え、急にどうしたの? 詩織ちゃん」


 お昼休み。食堂で一緒に食べていた後輩の詩織ちゃんから急にお礼を言われて、一瞬何の事か思い出せなかった。ちなみに、今日のメニューは、私は食堂のうどんで彼女はいつも持参してきているお弁当だ。

 確か、詩織ちゃんも私と同じ一人暮らしのはずなのに、どうやったら毎日作ってこられるのだろう。品数が多くて野菜メインのお弁当に、女子力の差をひしひしと感じたりはする。が、悲しいかな、今更そういうのにも特別焦ったりもせず、ただ単純に感心しているばかりで、私の女子力は絶賛、行方不明中だ。


「あの、約束があって、残りをお願いした時の……」

「あ、あ〜! そんな、お礼なんて。あれは、もうほとんど完成してたから、私はちょっと、手直ししただけで済んだよ」

「でも、夕子さんのアドバイスのおかげで、真藤課長に褒められました。たぶんですけど……」

「たぶん?」

「いえ、やっぱりまだ、課長の前だと怖くて……あ、その、緊張してしまって、褒められたと思うんですけど、なかなか実感が湧かなくて」

「ふふっ、そうかもしれないね」


 その光景が容易に想像出来てしまい、思わず笑ってしまった。あの眉間の皺がダメなのかな、本当は優しい人なのに、もったいないな。


「でもね、ああ見えて真藤課長は……」


 ……。

 あれ、え、今何を言おうとした?

 何気なく思った事を口にしそうになって、慌てて噤む。バナナを貰ってから真藤課長に対する印象が、自分の中で少し変わっていってる事に気が付いてしまった。


「え? 真藤課長がどうかしたんですか?」

「ううん。それより、彼氏とは仲直り出来た?」

「はい。なんとか……ですけど」


 彼女の曖昧な言葉に、昔の私の様にはなってほしくないと心配しつつ、こればっかりはなるようにしかならないとも思っていた。


「ごめんね。うちの課、忙しくて」

「そんな、夕子さんが謝ることじゃないですよ」

「そうだけどさ、やっぱり人手不足だよね。募集はしているみたいだけど……」


 そう言いかけて、彼女がデザートに取り出した果物を見て、ギクリとした。


「どうしたんですか? 夕子さん」

「いや、バナナ……」

「夕子さん、バナナ好きなんですか?」


 初めてバナナを貰ってから1週間。

 課長の差し入れはなぜか私と二人だけの時だけだった。半分こした翌日、その日は数人で残業していたのだけれど、休憩から帰ってきても誰の、私のデスクにもバナナはなかった。あのバナナが手に入らなかったのか……いや、そりゃ真藤課長だって、毎日バナナを用意しているわけではないだろう。

 けれどその翌日、また二人で残業をした時は、休憩から戻ってくると、バナナが置かれていた。


 そして、何故かまた半分こ。

 その時は、真藤課長がバナナを割ってくれた。たぶん、私が見せた方法を試したかったんだと思う。私だって、テレビで見た翌日バナナ買いに行ったから、その気持ちはよく分かる。

 そして、私はこの不思議な交流を誰にも言っていない。言っても信じてくれない可能性もあるけれど、バナナをくれただけで誰かに聞いてみるのも、何だか少し意識しているようで嫌だった。

 それに、まだ「偶然」という可能性も捨てきれない。


「どうしたんですか、夕子さん」

「え、ううん。何でもない。バナナ好きよ」


 後輩の声に、ハッとしながら答えた。半分こしましょうか? と言ってくれたけれど、今はお腹いっぱいだからと断った。


「そういえば、夕子さん知っていますか? バナナのシュガースポットって甘い目印って意味なんですけど、ただ甘いってだけじゃなくて、免疫力もアップするらしいんですよ」


「へぇ〜そうなんだ。良い事聞いちゃった」


◆◇◆


 全く想像はしていなかったと言ったら嘘かもしれない。

 もしかしたらとも思っていた。でも、今まで貰ったバナナは綺麗な黄色だったから、今日、甘い目印が刻まれているのには驚いた。

 ランチのときの話を聞いていたのだろうか、いや、あの時、真藤課長は食堂にいなかったと思う……。それに、今日のお昼に聞いたからって、すぐに用意できるものでもないし。


「し、し、し、真藤課長、このバナナの茶色いのシュガースポットって言うんですって、し、知ってましたか?」

 クイッ。

 思わずどもってしまった。動揺し過ぎだ。そうだ、もともと知ってたということもある。


 たまたまだよね。

 でも、ここまで来るとさすがに、偶然というのは……。


「私も今日、青山さんからちょうどその話を聞いたんですよ。甘い目印って、言うらしいですね」

「甘い目印……」クイッ。


 そう真藤課長が呟くと、おもむろに私をじーっと、睨んで……いや、見つめてきた。何だろう? え、もしかして顔に何かついてるの、そう思いそっと手を顔に当てると、課長がハッとしたように目を逸らした。

 理由は分からないし、聞く勇気もない私はとりあえずバナナを手に取る。


「今日も、半分こしますか?」

「……」クイッ。


 そう言うと、頷きながらチラチラとバナナを見ている。たぶん、今日も半分に割りたいのだろう。よっぽど、あの方法が気に入った様子。


 そして、今夜もお互いにバナナを頬張りながら、頷き合った。




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