無口な上司とバナナ 4
翌日、相変わらずの残業。
相変わらず、気が付けば真藤課長と2人。
ただ、それは普段となんら変わりない状況だ。しかしそんな忙しさのお陰で昨日の出来事を深く考える余裕もなかった。それに、あれは衝撃的すぎて最早、夢だったのかもしれないと思い始めてもいた。そして、今日もいつものように休憩室で10分程度、息抜きをして戻ってくると……。
なんてこったい! 再びのバナナ!
「ひっ!」
思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
まさかの二日連続のバナナに、驚きを隠しきれなかった。
こ、これは、間違いなく真藤課長からだと思うんだけど、今回は全く心当たりがない。コーヒーのお返しなら、昨日貰ったはずなのに。
うん、夢かと思い始めていたけれど、あの感動的な美味しさは今も胸に残っている……。何だか衝撃で、思考が何かおかしな方向へ進んでいる。
「あの〜このバナナは……、もしかしなくても真藤課長ですよね?」
とりあえず、勇気を出して確認してみる。
クイッ。
やっぱり間違いないらしい。
(でも、何で?)
その言葉がぐるぐる心の中で駆け巡っても、実際口には出せなかった。
だって、あの、冷静沈着で無口で、真面目で、気難しそうで、怖くて、えーと、とにかく社内で近寄りがたいオーラ、ナンバー・ワンの真藤課長なんだよ。信頼も尊敬もしてはいるけれど、それとこれとはまた別問題。
昨日、ちょっと会話したくらいで……。いや実際には真藤課長は一言しか喋ってないんだけど。そんなすぐには、話し掛けやすくならない。
戸惑っている私の様子に、気づいたのだろう。
「……昨日、あまりにも、美味しそうに食べていたので」
「!」
確かに、あのバナナは美味しかった。
てか、真藤課長が喋った。いや、そりゃ喋るだろうけど。今日だって仕事で喋っていたのを見たけど、そういうんじゃなくて〜。
よ、よし、ここは少し落ち着いて、考えてみよう。
真藤課長としては、私に昨日バナナをあげたら、美味しそうに食べたので、今日もあげてみようと思った。という事なんだよね?
うん、大丈夫。そう思えば全然不思議なことでもなんでもないじゃない。というか、普通に優しい……。
そんな事を思いながら、そっと、真藤課長を見ると、眉間のシワが一際深くなっている。マズイ! 私は目の前のバナナを慌てて手に取る。
「ありがとうございます。今日もいただきます」
にっこり笑いながらお礼を言う。しかし、今日もこんな時間にバナナ。またもや都合のいいときだけ乙女ぶってしまう悩みに、ふと思い付いたのは名案か、悪魔の囁きか。何を思ったのか、私は真藤課長に向かってこんな事を言った。
「真藤課長、半分こしませんか?」
「!」
言ったすぐあとに、激しく後悔する。衝撃を受けてどうかしたとしかいえない提案に、背筋がひやり。
ところが、意外にも真藤課長はすぐに頷いた。もちろん、無言で。もちろん、眼鏡をクイッと押し上げるのも忘れずに。こ、こうなったら仕方がない。自分の発言には責任をとらないと……。あ、そうだ。
「あの、バナナを綺麗に2つに分ける方法、知っていますか?」
そう聞くと、真藤課長は素直に首を横に振ったので、私は以前テレビで見たバナナを2つに分ける方法を披露することにした。たぶん、気が動転して、どうかしたままだったんだろう、この時、先ほどの戸惑いから打って変わって、自分から普通に話し掛けている事にも気づいていなかった。
「こうやって、両端を持って横に引っ張るだけで……ほら、簡単で綺麗に分かれるでしょう?」
「……」クイッ、クイ。
スパっと切れたかのような、バナナを驚きながらも熱心に見つめている真藤課長。あれ、ちょっと可愛いかも……。いや、たぶん気のせい。そう、気のせい。とにかく。
「はい、半分どうぞ。どっちか好きな方を取ってください」
そう言って2つに割ったバナナを差し出すと、何かこだわりとかあったのか、交互に見ながらずいぶん悩んだあとバナナの上半分の方を、小さく会釈して受け取った。
そして二人でバナナを頬張る。
感動再び。やっぱり、このバナナ美味しい。
ほっぺを押さえて、真藤課長を見ながら何故か大きく頷くと、向こうも大きく頷き返してくれた。
あれ、一体なんなんだこの状況は!?