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無口な上司と手紙、そして…… 3


 淡い期待が鼓動を急かす。


 けれど、ほんの少し怖い気持ちもあって、封筒を開けるのを躊躇ってしまう。

 何度も深呼吸をして、やっと決心がつくと封を開け、三つ折の便せんを広げる。お見舞いの時にもらったカードと同じ手書きだった。



「鈴木 夕子様


 急な手紙で申し訳ありません。


 自分の口から、ちゃんと話したほうが良いことは分かっていますが、誤解を招かず、ちゃんと伝えられるかどうか自信がなく、不甲斐なさを痛感しつつも筆を執りました。


 まず最初に、今回の立花さんの退職を含めた一連の件ですが、鈴木さんの指導に落ち度はありません。たぶん、そう言ってもあなたのことだから、こういう結果になってしまった事に、責任を感じているのだと思います。


 立花さんから鈴木さんとの事を聞いた時、その内容にとても驚きました。もちろん、いつものあなたを見ていたので、非がないことは最初から分かっていました。

 一度は、その場で誤解を解こうと彼女の説得も考えましたが、しかし、立花さんの性格上、ここで一方的に鈴木さんを擁護してしまっては、余計に彼女の不満を煽ることに繋がってしまうのではないかと、危惧しました。


 そこで、今回の件を上の方とも充分話し合った結果、あなたの指導に間違いや落ち度がなかった事はすぐに理解していただけました。そして、立花さんに対しては日頃の勤務態度からみても問題が多いことも含め、この会社には向いていないという判断に至り、正社員の契約は見送ることにしました。

 しかし、事実無根とは言えパワハラの相談後、訴えた側の社員をすぐ退職させるのもどうかという意見もあり、そこで、研修期間が残り少ないという事もあり、それが終ってから立花さんに契約見送りの話をする事になりました。


 その間、事が荒立たないようにひとまず二人の距離を置くため、鈴木さんには短期間の出版部への異動をしてもらう事になりました。あなたのためと思って事情をふせ、このような措置をとりましたが、結果的にとても傷つけてしまいました。


 本当に申し訳なく思っています。


 しかし、こちらから話をする前に、立花さんの方から退職を申し出てきました。色々と思うところもあると思いますが、決して鈴木さんだけの責任ではありません。会議や出張が重なったとはいえ、任せっきりにしてしまった私の責任でもあります。だから、どうか必要以上に自分を責めないでください。



 最後に、鈴木さんはとても真面目で、いつも一生懸命で、そのひたむきさに、自分もあなたの上司として、恥ずかしくないように頑張りたい、頼れる上司でありたいと思い、仕事に邁進してきました。


 しかし、仕事ばかりで、なかなか課の皆さんと交流が持てなくて、そんな時思わぬ形で、あなたとちょっとした交流が始まり、やがてそれが皆さんとの交流にも繋がったこと、感謝しています。


 そして何より、あなたとのささやかな会話が、とても楽しかったです。残業とは言え、二人だけの秘密の時間のようで、僕にはかけがえのない時間でした。


 もうすぐ、出版部への短期異動も終わりますね。鈴木さんが希望するなら、このまま、出版部へ残れるように尽力します。

 なので、これから書くことは、あなたを悩ませるためではありません。

 ただの僕のわがままです。どうか、聞き流していただけるとありがたいです。


 僕はこれからもずっとあなたと、一緒に制作2課で働きたいと思っています。


                              真藤 光博」



 真藤課長からの手紙を読み終わる。


 全ての真相を知った。


 立花さんの事で、自分だけが悲しくて、辛いんだと落ち込んでいる間も、課長は私をずっと信じてくれて、私のために解決策を探してくれていた。真藤課長を少しでも疑ったあの時の自分が恥ずかしい。


 手紙を読んだ心はなかなか落ち着かなかったが、もう一つ残っていたものに手を伸ばし、一緒に置かれていた小さな箱をおそるおそる開けた。

 それを見た瞬間、私の目から我慢していた涙が零れた。手紙の文字のインクが滲む。


 そして、駆け出した。

 手紙には、一緒に働きたいと書いてあるだけで、明確な言葉や、箱の中身に繋がる言葉は、どこにも書かれてなかった。


 けれど、箱の中の指輪に、私の心は高鳴った。


 もう恋愛は面倒だと思っていた。

 職場恋愛は大変かもしれない。

 このまま、片思いでも良いと一瞬でも思ったりした。


 だけど、今は知りたい。この指輪の意味を……。

 真藤課長の私への気持ちを。


 これから気まずくなる事も、仕事に影響する時もあるかもしれない。


 でも、もう、なんだっていいの。


 今は「かもしれない」未来を心配するよりも、伝えたい事がある。




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