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無口な上司とたい焼き 4


「「異動?」」


 乾杯のあと織田君と詩織ちゃんに、今朝の事を話すと2人も驚いたように同時に声を上げた。


「うん、まだちゃんと決った訳じゃないけど」

 真藤課長は1週間後に改めて返事をと言っていたが、たぶんきっと強制的に異動させられるよりは、自分から異動を引き受けて欲しいという事なんだと思う。

「こんな時期に……」

「そ、そうですよ。夕子さんがいなくなったら……制作2課大変な事になっちゃいますよ」

「そんな大袈裟だよ、詩織ちゃん。私がいなくても……大丈夫だよ」

 すっかり自信をなくしてしまった私は、ついいじけた事を言ってしまった。


「そんな事ありません! 夕子さんがいないと……」

「あのな、鈴木。自分じゃあんま気づいてないだろうけど、結構すごいんだぞ。お前……」

「や、やだな〜。二人とも。異動て言っても、短期間だけなんだし」

 思いの外、2人が私の事を認めてくれていたのがわかって、強張っていた心がほぐれるような気がした。


「実はさ、噂があるんだ……」

「噂?」

 普段の織田君らしくない感じで歯切れが悪そうに話出した。

「お前には聞かせたくなかったから、周りの人達にも口止めしてたんだけど、新人の立花が鈴木にパワハラを受けているから、上層部にお前の異動を訴えたって」

「え……」

「実は、私も立花さんが、経理の子とかに、夕子さんに仕事を取られた……とか喋っていたのを見たことが……」

「私、そんなこと……」

 思っても見なかった状況に、声が震えてしまった。噂といっても、織田君が言うのなら本当の事なんだろう。


「待て。鈴木がそんな事をしていないのは俺達がちゃんと分かっているし、どっちに問題があるかは一目瞭然だ。だから、誰もお前にこの事を耳に入れないように黙ってたんだ」

「そうですよ。立花さんあんな態度なのに、それでも精一杯教えてあげて、フォローもしている夕子さんに対して、あんまりです」

 沈み込みそうだった私の気持ちが、2人の言葉で何とか踏みとどまる。今の話を聞いて、疑問に思っていたすべてを理解した。


「でも俺さ、立花が何か言ったとしても、真藤課長なら普段の鈴木も今の状況もちゃんと見てくれてると思ったから、まあ、大丈夫だろうって、でもまさか異動なんて……」

「私も、真藤課長なら絶対鈴木さんを庇ってくれるって思ってたんですけど、立花さんの抗議を受け入れるなんて……」

「ま、待って二人とも。今回の異動は、別に真藤課長が1人で決めたわけじゃないと思うし、もっと上の人が決めた事で、真藤課長にもどうにも出来なかったかもしれないし……」


 そうだ、2人も言っているように、立花さんがどう言ったか分からないけれど、真藤課長が一方的に聞いた話をそのまま受け取る人だとは思っていない。ちゃんと、部下を……私を見てくれている人だと思う。

 きっと、いろいろ考えた末での判断なのだと信じたい。本当の事情を言わなかったのは、真藤課長の優しさだ。そんな事、頭では分かってるのに……。どうして、こんなに心は悲しいんだろう。


 異動の話を聞いたとき、考えられない時期でのその話に、真藤課長から「いらない」と言われたような気がした。そんなわけないのに、元はといえば新人指導が上手く出来なかった私が原因なのに、暗い感情に押し潰されそうだった。

 

「真藤課長は、これは私にとってチャンスだって、言って、……くれ、たから、立花さんの事、とは、関係ない……異動もほんの少しの間だけ、だもん……」


 そう二人に言いながら、自分にも言い聞かせる。弱い心を必至で繋ぎ止めるために。


「おわっ、鈴木?」

「ゆ、夕子さん!」


 どうしたんだろう、急に織田君が慌てている。

 詩織ちゃんも、なんかすごく驚いてるけど。


 何だかやけに目が熱い。……ああ、そうか。


「大丈夫だよ……。心の汗だよ」

「どんな、言い訳だよ! あー! とにかく、飲め」

「そうですね。今日は飲み倒しましょ! 夕子さん」


「うん……二人ともありがとう」


◆◇◆


 あれから、どれくらい飲んだのだろう。

 途中からの記憶がないけれど、気がついたら見慣れた天井だったので、自分の部屋だとわかってホッとした。時計を見ると朝の6時を少し廻ったところだった。少しの二日酔いと目が腫れぼったい。


 仕事、行きたくないな……。

 その思いを慌てて振り払う。今日休んだら、昨日付き合ってくれた二人に余計な心配を掛けてしまう。きっと、真藤課長にも……。


「シャワー浴びて、気をとり直すか」


 ひとりそう呟いて、重い足取りで浴室に向かったものの、シャワーを浴び終えると幾分すっきりした気分になった。冷蔵庫を開け、詩織ちゃんに教えて貰った作り置きおかずをお弁当箱に詰める。レシピノートを貰ってから、こっそり、続けてきたダイエット。


「ダイエットも、必要なくなったのかな……」


 なんで、そんな事言うの?

 だって、これは、真藤課長のために始めたわけじゃないのに。自分自身を磨くためだって言ってたじゃない。自分の矛盾した言葉に、自分でツッコミを入れる。

「うん、なかなか上手に出来たかも」

 自画自賛の後、お弁当の蓋をして、出勤の準備に取り掛かった。



「おはよう。詩織ちゃん」

「おはよう……ございます」

「どうしたの? 二日酔い?」

「はい……。夕子さんは、元気みたいですね……良かった」

「ありがとう」

「はよ〜。鈴木、青山」

「おはよう。織田君も二日酔いみたいね?」

「鈴木、あれだけ飲んだのに、元気だな〜……。ま、いいけど」

「ふふっ、ありがとう」


 二人とも二日酔いでだるそうにしつつ、私を気遣うようなそんな気持ちが嬉しかった。おかげで上昇しかけた気分は、けれど真藤課長の一言で、一気にどん底まで落ちた。


「今日から、しばらく立花さんには、自分の仕事を手伝って貰います」

「はい。わかりました。真藤課長、よろしくお願いします」


 立花さんの弾んだ声に、胸がちくりと傷んだ。

 やっぱりというか、新人指導は外されてしまった。でも、大丈夫、制作2課の皆は事情を分かってくれている。


 真藤課長もきっとそうだ。




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