無口な上司とたい焼き 2
「立花さん……、これは?」
「すごくいいアイデアが生れました。そのイラスト可愛いですよね」
「うん……確かにそうね。でも、肝心の商品の写真が載ってないんだけど……」
「何か普通でつまらないかなって思ったので、インパクトのあるの考えてみました」
立花さんの言い分もわからないではない。けれど、必要な情報をクライアントから求められている通りに形にするのも仕事だ。
「……なるほど。でもね、うちの会社で制作するほとんどは、デザイン性が高くて、インパクトのあるものだけを求められているのではなくて、例えば、スーパーのチラシとか、特売の商品は違っても、いつも見慣れた感じでしょ? いつもの安心する感じ、そんな良い意味での「普通」を制作しているの」
「……?」
上手く伝えられなかったかもしれない。私の話を聞いた立花さんはピンと着ていない様子だった。確かに、普通って思っているよりも難しい。制作側はもっとこうしたい、ああしたい気持ちがあるけれど、比べた時にどうしてもやり過ぎてしまっているので、ゴチャゴチャして情報がダイレクトに伝わってこない場合もあるのだ。
「要望を取り入れながら、こちらもより良くするための提案をして、シンプルで受け取った人に伝わりやすいものを目指しているの。だから、立花さんの制作したこれはこれで提案してみるけれど、最初に言った要望を取り入れたものも制作してください」
「……わかりました」
私がそう言うと、せっかく制作したものを、手放しで褒めなかったのが悪かったのかちょっと不満気味に返事をした。
そうだよね、立花さんは今日が初日なんだし、最初から色々説明しすぎてしまったかもしれない。まだお昼まで10分もあるけど、今日は早めにランチに誘ってみようかなと思って立花さんのデスクを見ると、彼女の姿はすでになかった。
◆◇◆
「はぁ……」
何とか今日の分の仕事を終え、大きな溜息をつく。残業しているのは、私だけだった。月初めなので本来なら定時退社出来るくらいの時間的余裕はあるのだが。この1ヶ月、立花さんの指導にかかりっきりになって、なかなか自分の仕事の方が進まず、てんてこ舞いだった。彼女も徐々に仕事の基本や流れを覚えつつあるものの、色々と問題も多く……。
例えば、頼んだ仕事の締め切り前日にも関わらず、進捗が遅れていても定時きっかりに退社する。立花さん曰く「だらだら残業しても結局全体の効率が下がるので、明日の朝早く来てやります」との事、仕事のやり方は人それぞれなので、それ自体は何の問題もないけれど、その次の日、寝坊したとかで大幅に遅刻してきたので、結局私がかわりに制作し、なんとか締め切りに間に合わせた。
電話受け取り方も、一通り対応を教えてみたが。「田村さんから電話です」「どこの? 田村さん」「さあ、聞き取れなかったのでわかりません」「……」聞き返すのは、確かに勇気がいるけれど、めげずに確認してね。と言ってもなおらず、結局「仕事の妨げになるから」の一言で、当番の日ですら電話をとらなくなり……。私が代わる。
三十路手前とは言え、私だって世代的に、上手く叱る事が出来ない。性格的なものもあるけれど。せっかく、課長から新人指導という大役を任されたのに、うまく指導できなくて落ち込んでしまっていた。
それに、最近は真藤課長の出張も多くなかなか相談する機会がなく、織田君や他の先輩に聞いてみたが、「鈴木が叱ってどうこうなるとは思えない」「鈴木さんは良くやっていると思う」と、言い方は様々だが励ましてくれて、立花さんの扱いに悩んでいるのはみんな同じ様子だった。
「お疲れ様です」
ふと声を掛けられ、振り返ると真藤課長がいた。
「真藤課長! あの、出張から帰るのは明日ではなかったのですか?」
「予定が早く終わったので、切り上げてきました」
「出張、お疲れ様でした。おかえりなさい」
「……」クイっ。
おかしな事を言ったのだろうか、無言のまま課長は少し顔を逸らしながら、やがてぽつりと呟いた。
「ただいま。……帰りました」
「っ!」
別に自然に言っただけなのにそんな風に「ただいま」を言われると、変に意識してしまう。今は、そんな場合じゃないのに。
「あの、お土産と言ってはなんですが……」
そう言って紙袋を渡されると、ホカホカと温かい。不思議に思って中身を見ると、たい焼きだった。
たった今焼き上がったという感じの、たい焼き。
どこのお土産? てか、温かいから会社の近くだと思うけれど、オフィス街にたい焼き屋さんなんてあったかな。疑問はつきないが、何だか疲れていたのかすぐに「いただきます」と言って、カプッとかじりつく。
「熱っ!」
「だ、大丈夫ですか」
こくりと頷く。本当に、焼き立てだった。それからふぅふぅしながら、しばらく無言でたい焼きを食べていると、ぽつりと真藤課長が聞いてきた。
「……大変ですか?」
真藤課長は、上手くいってない事をお見通なのかもしれない。私はまた素直にこくりと頷いた。カリカリの薄皮が香ばしくて、ぎっしり詰まったあんこの甘さと、真藤課長の優しさが一緒になって、じんわりと体に染み込むような気がした。
「立花さんのような人は、今まで制作2課にはいなかったタイプなので、大変な部分もあるでしょう。もしあれでしたら別の人……」
「確かに、少し問題はある子かもしれません。言動に行動が伴っていないことも多々ありますが、でも立花さんが言っている事も、そう間違いではないと思うのです」
「……」クイ。
「今まで人手不足だから、忙しいからとただ一生懸命残業していましたが、業務体系や仕事の仕方を見直してもっと効率化すれば、多少は解消されるかもしれないし、余裕を持って仕事出来るようになるのかもしれません」
そうなのだ。協調性のない立花さんに対して反感も抱きやすい。けれど、あの自己中心的でブレない姿勢は、それはそれで「強さ」なのかもしれない。反対に私はそういう事を、口に出せなかった人間だから。
「鈴木さんは、人の良い所を探すのが上手ですね」
「そんなこと……ありません」
真藤課長にそう言われて、嬉しかったが、でも立花さんを、良く思っていない感情も確かにあって、でもそれを言わないのは、自分が嫌な人間に見られたくないからだった。
「とにかく、頑張ってみます」
「……」クイっ。
「たい焼き、美味しいです」
「良かったです。……また、差し入れします」
そう言うと、真藤課長がふわりと笑った。
その笑顔で、なんだか頑張れそうな気がした。
けれど、それから半月後。
予想外の問題が起きた。




