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無口な上司とたい焼き 1


「鈴木、今度新人が来るらしいぜ」

「本当なの? 織田君」

「ちょっと小耳に挟んだんだけど、営業に1人。制作課に1人」


 こんな時期に新人なんて珍しいと思いつつも、情報通の織田君ことだからたぶん本当なんだろう。


「制作課って、ウチに? それとも1課かな」

「それがさ、女性らしいからウチに来ることになりそうなんだ。ほら、1課に比べて2課の方が女性多いし、仕事しやすいだろうからって」


 営業の方は男性で中途採用として転職でうちの会社に来るらしいが、制作課の方はこういう仕事は未経験の新人らしい。人手不足解消に向けて上が動き出したのだろうか、指導に時間はかかるかもしれないが、詩織ちゃんみたいに頼もしい後輩が増えるのは大歓迎だ。


◆◇◆


「今日から、制作2課で働く事になった立花(たちばな)香子(きょうこ)さんです」

「立花香子です。よろしくお願いします」


 織田君の言った通り数日後、真藤課長が皆の前で新入社員を紹介する。そのあと、新人の立花さん自身が挨拶をしてお辞儀をした。

 派手ではないが、華やかでお洒落に隙のないといった、どことなく堂々とした感じの女性なので、年齢は詩織ちゃんと同じ24歳との事だが、大人びて見えた。


 挨拶が終ると各自の仕事を始めたが、私は真藤課長に呼ばれたのでデスクに向かう。

「立花さん、今日から3ヶ月間は新人研修となります。その後、問題がなければ正式に採用という事になります。そして、この3ヶ月間の指導は、鈴木さんにお願いします」

 真藤課長からの新人指導の指名に、少し驚いてしまった。その役目はてっきり先輩達の誰かが務めると思っていたから。

 それに、私にとって新人指導というのはこれが初めてで少し不安に思った。すると、それに気がついたのか真藤課長はこう言った。


「同性で年齢も近いですし、立花さんにとっても、そのほうが早く業務に慣れると思ったので、鈴木さんにお願いします。それでは、仕事の基本的な流れについては鈴木さんから教わってください」

「はい、わかりました。立花香子です。これからよろしくお願いします」

「鈴木夕子です。こちらこそよろしくお願いします」


 なるほど、真藤課長なりの采配なのかと思い、任された以上その期待に応えようと気を引き締めた。


「ですが、少し忙しい部署でもありますので、鈴木さんが対応出来ない場合もあると思います。分らない事があれば彼女だけに限らず、周りの人に質問してください」

 真藤課長は立花さんにそう言うと、会議のためにフロアを後にする。

 ひとまず、自分の新人研修で真藤課長に教わったことを思い出して同じように、簡単な仕事から始めて徐々に慣れて貰おうと、立花さんに声を掛ける。


「では、立花さん。たぶん一度に全部を口で説明しても、覚えられないと思うので、一つ一つの仕事を実際に制作してもらいながら、徐々に慣れて行きましょう」

「いきなり、ですか……」

「大丈夫ですよ。その都度ちゃんと教えます」

「まず、この会社のDMのハガキを作って見ましょう。これがクライアントからの原稿です。最初は、この挨拶文を入力してください。終わったら報告してね。次の段階を説明するので、あ、分らない時はすぐに聞いてください」

「はい。やってみます」


 そう言った立花さんに、パソコンを立ち上げ、まずは入力アプリの使用やデータの保存の仕方等を教えた。ところが、いつまでたっても入力する気配がない。何か分らない事があったのだろうか、聞いてとは言ったけれど、中々最初からは声を掛けづらいのかもしれない。取り敢えずこちらから聞いてみた。


「どうしたの? 立花さん」

「えっと、漢字が難しくて、読めません」

「挨拶文などは普段馴染みのない言葉だから、最初は難しく感じるかもしれないわね。どれが読めないの?」

「これが……」

「……それは、『拝啓(はいけい) 』です。」

「あ、何となく聞いた事があります」

「そう……。じゃあ、また分らない感じがあったら聞いてね」

「あ、待ってください。鈴木さん、これは?」

「ご隆昌(りゅうしょう)


「これも、お願いします」

「ご愛顧(あいこ)


「これとこれも」

(たまわ)り」

何卒(なにとぞ)


 立花さんに聞かれるまま、読むと彼女は無邪気に微笑んでこう言った。


「わぁ、鈴木さんすごい。こんな難しい漢字よく読めますね。おばあちゃんみたい!」

「……」


 彼女なりに褒めているのだと思いたい。


「辞書貸してあげるからこれで調べて、分からなかったまた聞いてね」

「あ、それだと時間と手間をかけてしまうので、最初に全部ふりがな振ってください」

 これには、どうしたもんかと思ったけれど、ここはひとまず、仕事の流れを早く覚えて貰うべく、今回だけと思いつつ立花さんの要求に応えた。


 そして、何とか入力が終ると、次の作業の説明を始める。

 今回、クライアントからこういう風にしたいという要望があるので(場合によってはこちらから構想を提案する時もあるが)、その詳細を伝え、ハガキのサイズから、制作にあたり、マージンの取り方や、文章の流し込み方に字揃え、また断ち落としのいる場合など、今必要だと思われるDTPについてざっくりとだが一通り教え、見本と参考のために私が過去に制作したものをファイルにまとめていたので、それも渡して、制作するように言った。


「最初から全部覚えるのは難しいから、分らない所があればいつでも聞いてね。じゃあ、とりあえず、お昼前に一回進捗状況を報告してください」

「はい。こういうの考えたりするの好きなので、頑張ります」


 うん。なかなか良い返事だと思い、立花さんにかかりっきりで、手をつけていなかった自分の仕事にとりかかった。ところが、やっぱり立花さんが気になって様子をうかがってみると、いっこうに進んでいないようなので声を掛けてみる。


「どこか、分らない所ある?」

「あ、大丈夫です。でも、なかなか思い付かなくて」

「最初はそうかもね。でも、ひとまず文章と商品の写真の位置を要望通りに制作してみて、それからもっと良くなるには、どうしたらいいか考えてみようか」

「はい。わかりました」


 うん、返事は良いいんだよね。


 それからも声を掛ける度に「大丈夫」と言うので、自分の仕事に専念したまま、お昼休憩の20分前になったので、進捗状況を報告してもらうことにした。





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