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無口な上司と紅茶 5


「ありがとう、詩織ちゃん!」

「いいえ、お役に立つか分かりませんが」


 お昼休み。以前、詩織ちゃんに作り置きおかずのレシピを教えて欲しいと、言ってから数日後、彼女は手書きのノートを渡してくれた。表紙には「忙しい夕子さんでも、大丈夫! レシピ集」と書かれていた。


「これ、全部手書き……すごい! あ、でも大変だったでしょ?」

「いいえ、書き始めたら結構楽しくなっちゃって」


 マスキングテープや、カラフルなペンで書かれ、ところどころイラストで説明している所もありすごく分かりやすい。これはなかなか、完成度の高いレシピ集だ。


「しかも、本屋で売っているのとはちがって、いろいろ簡略化されてるし、時短になってていいね」

「レシピ通りに作ったほうが良いんですけど、つい、面倒くさくなったら、えいやって思い切って省いて作ったりしてて……本当は、人に見せるものじゃないかもしれませんが」

「そんな事ないよ。逆に、これなら私にも出来そうってやる気が出るもん」


 詩織ちゃんはちょっと照れくさそうにしながらも、私がそう言うとホッとしたように笑った。


「あら、とても楽しそうね。ここにお邪魔してもいいかしら」


 たおやかな声で話し掛けられて、顔を上げると市川さんが立っていた。スラっとした細身で、アラフィフに入ってますます気品の溢れている美人さんだ。出版部で働いていることもあり、同性として私の密かな憧れの人でもある。


「お疲れ様です。こちらこそ、ご一緒できて嬉しいです。どうぞ」

「ありがとう。夕子さん。詩織さん。さっき、楽しそうに話してたけど、何かあったの?」

「それがですね、見てください。詩織ちゃんにレシピ集を作って貰ったんです」

「ゆ、夕子さん。恥ずかしいので見せちゃだめですよ……」

「だって、私だけなんて何だかもったいなくて」


 恥ずかしがる詩織ちゃんをよそに、市川さんがそのレシピノートをパラパラとめくる。


「まあ、とっても素敵ね。これなら、簡単に作れそうだし、忙しい人にも、ご高齢で料理するのが面倒くさくなってる人にもいいわね」

「なるほど。そうかもしれませんね」


 市川さんはレシピノートを閉じると、詩織ちゃんの方へ迫力のある笑顔を向ける。


「詩織さん。このレシピを交えたエッセイみたいなものを、書いて貰えないかしら」

「え? でも、これはなんて言うか、分量とかもちゃんとしていないし、お見せするようなものでは……」

「出版部で発行している季刊紙の1コマに載せる記事を探してたの。そうねぇ、エッセイという形にして、その中で簡単な作り方を書けば大丈夫じゃないかしら」

「で、でも……」

「やってみたら? 詩織ちゃん。そんなに気負わなくても、ブログみたいな感じで1回書いてみて文章とかは、市川さんが見てくれるし、私も手伝うから、ね?」

「夕子さん、良いこと言ってくれたわね。そう、堅苦しいのじゃなくてこのレシピ集みたいに、親しみやすい雰囲気がいいのよ。じゃあ、決まりね。詳しい事はまた今度ね」

「は、はい。わかりました。お二人がそう言ってくださったのなら挑戦してみます」


 思わぬ新企画に、不安そうにしながらも意気込む後輩。なるべくフォロー出来るように自分も仕事を頑張ろうと思った。

 話しもひと段落ついた頃だった。タイミングを見計らったように織田君が話し掛けてきた。


「鈴木! あ、市川さん、お疲れ様です」

「あら、織田君とは久しぶりね」

「お久しぶりです。市川さんは相変わらずお綺麗ですね」

「ふふ、織田君もお世辞が上手になったわね。それより、夕子さんにご用じゃなかったの?」

「あ、そうでした」

「ちょ、ちょっと織田君。まさか……」

「鈴木! 合コン行こうぜ」


 嫌な予感的中。この前も散々断ったのに、まだ諦めてなかったらしい。


「また、その話……」

「あら、合コンなんて良いわね」

「そうでしょ? 丁度良かった。市川さんからも鈴木を説得してくださいよ」

「夕子さん。出会いと縁は大切にしないとね」

「市川さんの言う通りだ! 外に出ないと出会いもないんだぞ」

「でも……」


 織田君が市川さんからの思わぬ援護射撃に、ここぞとばかりに押してくる。


「夕子さん、もしかして意中の人でもいるのかしら」

「!」


 そう言った市川さんの瞳がキラリと光ったような気がした。私は一瞬ドキリとしたものの、慌てて否定する。


「ち、ちが……」

「やっぱりか、鈴木! 協力してやるから誰か言ってみろよ」

「私も、微力ながら協力します」


 詩織ちゃんまで、期待に満ちた目をしながら、そんな事を言う。困った様子の私を見かねたのか、市川さんが驚きの助け舟を出してくれた。


「織田君、詩織さん。あまり夕子さんを、追い詰めてはいけないわ」

「うっ……」

「ねえ、じゃあこういうのはどうかしら、夕子さんの変わりに、私がその合コンに参加しようかしら」

「「えぇ〜!!」」


 その言葉に、私と詩織ちゃんが同時に大きな声をだした。


「いえ、あの、市川さん私のかわりになんてご迷惑は、それにご結婚なさってるんじゃ……」

 いつもはめている左薬指の指輪を見てそう言うと、市川さんがクスリと笑った。


「あら、言ってなかったかしら、主人は早くに亡くなってね。こう見えて結構独身を謳歌しているのよ。どうかしら、織田君」


「……ありかもしれません」

「「えぇ〜!!」」


 指輪を外していないという事はまだご主人を……と、思ったのも束の間、織田君の返事に、またしても、私と詩織ちゃんが同時に大きな声をだした。


「全然、ありです! 鈴木のためを思って誘ってたんですが、正直イヤイヤ参加するやつよりも、市川さんのように一緒に楽しんで飲んでくれる方がいいですからね」

「あら、本当? 随分年上だけどいいのかしら」

「恋愛に歳は、関係ないです」

「!」

「じゃあ、日にちが決ったら連絡します」

 あれよあれよと、話がまとまって織田君はそう言うと、食堂を出て行った。


「あ、あの市川さん、なんだか……すみません」

「いいのよ。久し振りに若い人と飲めるなんて、こんな機会ないもの。ふふふ……」

「どうしたんですか?」

「いいえ、織田君て良い男だなって思っただけよ。そう思わない?」

「!」

 市川さんの思わぬ言葉に、さっき「恋愛に歳は関係ない」ときっぱり言い切った織田君を思い出す。何というか、彼の柔軟さと自分が良いと思ったことを、はっきり言うところは凄いと思っている。ほんのちょっとだけど。ほんのちょっとだからね! しかし、市川さんにそう言わしめるとは、恐るべし織田君!


「そうだ、夕子さんのおかげで合コンに参加できる事になったし、お礼としてこれどうぞ」

「ありがとうございます。でも、お礼なんてそんな……、え! こ、これ」


 受け取った品に驚いて、市川さんを見ると、私が何を聞きたいのか分かっているようだったが、「ふふふ」と笑いながらウインクして、その質問を遮った。




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