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無口な上司と紅茶 4


「詩織ちゃん!」

「はい! ……どうしたんですか? 夕子さん」


 お昼休憩。いつもの食堂でお蕎麦を啜りながら、後輩のお弁当をチラチラと盗み見をしていた。どう切り出そうか迷ったけれど、やっぱりここは思い切って素直に聞いてみることにした。


「前から思ってたんだけど、毎日その野菜たっぷりのお弁当良いね」

「ありがとうございます。良かったら、少しどうですか?」

「いいの? ……わ、美味しい!」

「ホントですか? 良かったです!」

「忙しいのに、毎日偉いよね〜。はぁ……ダイエットに良さそうだから、教えてもらおうと思ったけど、私にはやっぱ無理そう」


 先日の決意は何処へやら、朝早起きしようと思っても、あと5分、あと5分。と思っているうちに、お弁当作りの時間が削られていた。


「ダイエットですか? 夕子さんには必要なさそうなのに……」

「いや、まあ、うんちょっとね……」

「あの、これ作り置きのおかずなんです。だから、一度にたくさん作っておけばあとは詰めるだけなので、始めやすいと思うんですけど」

「え、そうなの?」

「はい。私は休みの日にまとめて作って、お弁当や普段のおかずにしています」

「なるほど。それすごく良さそうね。ねぇ、後で簡単なのからレシピ教えてくれる?」

「はい。任せてください」


 詩織ちゃんがそう言って、胸をトンと叩いた。なんて、頼もしい後輩なんだろう。


「そんな、鈴木に朗報だ」

「うわっ、急にびっくりするじゃない。織田君」


 急に横から声を掛けてきた織田君はそのまま隣に座り、話を続けた。


「実は、今度合コン開くんだけど女子が1人足りなくてさ〜」

「あれ、まだ「女子」って言ってくれるの? ありがとう。でも私は行かないわよ」

「まあ、まあ、そう言わずに。あれだろ、ダイエット始めるって事は、鈴木もやっと自分の置かれている状況に焦るようになったんだろ?」

「織田先輩、夕子さんに何て事言うんですか!」


 そうだ! そうだ! 織田君の失礼な物言いに、私より先に詩織ちゃんが怒ってくれた。(かさ)(がさ)ね頼りになる後輩だ。


「じゃあ、青山は鈴木がこの先ずっと独身で、仕事しか取り柄のない人生を歩む事になっても良いんだな?」

「そ、それは……」

「青山、お前は今彼氏もいるし、まだ若いからピンとこないかも知れないが、鈴木が三十路一歩手前でやっとその気になったんだ。ここはひとつ応援してやろうじゃないか」

「そう言われると、夕子さんには幸せになって欲しいです……」

「だろ?」


 駄目だ。さすが素直な性格の詩織ちゃんだ、あっという間に織田君に言いくるめられている。


「あのね……織田君。別に彼氏が欲しくて、ダイエットするんじゃないから」

「じゃあ、なんの為だよ」

「自分のためだよ……」

「はぁ? 鈴木お前まさか、もう「おひとり様」ってやつ覚悟して、いまから健康とかを……」

「違います!」

「じゃ、何でだよ。あ、まさか鈴木ひょっとして好きなやつとか……」

「え、そうなんですか? 夕子さん」

「違うわよ。……そんなんじゃ、ないもん」

「……」

「……」


 二人の追求するような視線が痛い。本当にそんなんじゃないから、真藤課長は関係ないんだから。


 ……。


 ああ、もう。だから違うんだって。


「と、とにかく合コンなんて行かないからね」

「頼むよ! この通りだ鈴木様! ほら、この唐揚げ1個やるから」

「織田君……。ダイエット始める人間が、唐揚げなんているわけないでしょ」

「あ、しまった!」


◆◇◆


 今月も後半に差し掛かり徐々に残業の時間が増えてくる。

 でも、今はそれがちょっと待ち遠しくもあった。そして、そのかすかな期待は、現実となる。またしても、気が付けば2人きりの残業。いっそのこと、真藤課長を休憩に誘おうかと思ったけれど、でも、何だか今までどおりが良いようなきがした。

 そしていつものように休憩から帰ってきたら、デスクに紅茶……のクッキーが置かれていた。


 私の言葉を覚えてくれたんだ。嬉しくてさっそくクッキーの包を開ける。


「真藤課長、ありがとうございます。いただきます」

「……」クイッ。


 サクリとした食感に、バターと紅茶の香りがふわり。バナナに負けず劣らず、ほっぺが落ちそうな美味しさに、思わずほっぺを押さえる。


「美味しい!」


 いつかのリアクションに、真藤課長の表情がフッと緩んだ。


「笑った……」

「え?」

「い、いえ、真藤課長が今、笑ったような気がして……」

「そう、でしたか?」

「初めて見ました」

「……」

「……」

「あ、あの、初めてって言うのはその、何か大げさに言っただけで、課長だって笑顔の1つや2つ……すみません」

「いえ、こちらこそ、たぶん鈴木さんの言う通りだと思うので」

「……」

「……」

「でも、鈴木さんのその美味しそうに食べる姿を見れば、誰でも笑顔になります」

「っ!」


 課長の私を嬉しくさせるスキルが上がっているように思えて仕方なかった。それに対して、私はいまだ成長が見られない。


「そ、それは、このクッキーが美味しすぎるんです! とっても美味しいです。どこのお店で買ったんですか?」

「……」


 そう聞いたけれど、何故か真藤課長はしきりに眼鏡をクイ、クイと動かすだけで答えようとしない。これだけ、美味しいのだ、そうそう人には教えたくないお店の商品なのかもしれない。


「あの、無理にとは言いません。ただ、また食べたいな……と思っただけです」

「……また、手に入ったら差し入れしますので」

「本当ですか。ありがとうございます」

「真藤課長は、食べないのですか?」


 そう言って、クッキーを差し出すと、1つだけと言って食べた。

 それから、クッキーを食べ終える短い時間だけど、真藤課長とのとりとめのない会話は続いた。


 あ、ダイエットのこと忘れてた!


 ……いや、これは特別。毎日じゃないし、その分普段頑張ろう。


 うん、がんばろう……。




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