第8話 【産神問答〜その1】
唐突に始まった女神達との質疑応答タイム。
怒声に鳴咽の声
怒って地団駄を踏む者
ひっくり返って泣き叫ぶ者
大驚失色して立ち尽くす者
さながら、突然に塩を振りかけられてウゴウゴと蠢く蛞蝓のように、冒険者達は大混乱に陥っていた。
綠水もたしかに混乱はしていたし、恐怖も感じていた。
突然、このような世界に閉じ込められれば、誰でもが混乱し、恐怖するのは当然だ。
だが、綠水の頭と心は芯のところで冷め切っていた。
自分の全てを費やし、寝食を忘れて没頭してきたゲームのトッププレイヤー達にしてこの有り様。
綠水は、混乱や恐怖より前に大切な尊厳を失っていくような気がしていた。
「いくらなんでもダサい…
ダサすぎるよ、あんたら…」
慌てふためく他の冒険者達を見つめながら綠水は小さく溜め息を吐いた。
それでも冒険者達の混乱は続く。
「死にたくない、死にたくない、死にたくないー!」
「なんなのこれ?もういやー!!」
「ふざけるな!元の世界に返せ!」
「明日は大事な商談があるのに…どうしてくれるんだ!」
冒険者達の混乱を静かに眺めていたスクルドが口を開いた。
『これは、下界に戻れるのか?
という質問と解釈すればいいかな?
答!
残念ながら戻れません…
下界というのは物質界なのね?
でも、あなたたちの肉体はもう消滅している…
だから、あなたたちが下界に存在できる因果律は既に切れているの!』
一方的で理解不能な神の答えを受け、冒険者達の怒りはさらに膨れ上がった。
「ふざけるなよ!
なんでこんなとこに閉じ込められなきゃいけないんだ!」
『んー
なぜこの世界に自分が存在しているのか?
という質問と解釈しました!
答!
下界の肉体から解放したあなたたちの魂をシステムでリリプラに繋ぎ止めているからです!
つまり、あなたたちの存在の因果律はこの世界にのみあるということね!
ちなみに、ログアウトすると因果律を失って魂は永遠の闇を彷徨うことになります…
(まあ、ログアウトボタンはなくしているけど…)』
スクルドがまたもや淡々と答える。
「ここから出られないの…?」
女性冒険者のひとりが泣き崩れた。
失神して倒れる者も出た。
「ログアウト!ログアウト!!
ちくしょう!ログアウトボタンはどこだよっ!!」
「出せ!いますぐここから出せー!」
女神達が用意した質疑応答の場は大混乱で、もはやその体を成していない。
これは、完全にパニックになってる…
自分もたしかに混乱しているが、駄々をこねるように大騒ぎするのは滑稽だと綠水は思った。
きっと、あの女神達はオレ達のことを下等な小虫と軽蔑してるだろうな…
綠水は同じ人間として、恥ずかしくて少し申し訳ない気がしていた。
そのとき、ひとりの偉丈夫然とした男性冒険者が声を荒げた。
「おいこらっ!
ここから出せよ!
殺すぞ!!お前らっ!!」
見れば偉丈夫は、ブルブルと足を震わせながら、なんとかやっとの思いで荒ぶっていたが、周囲の冒険者達は「よく言った!」とばかりに拍手喝采を浴びせた。
『おい…』
カーリーがゆっくりとその口を開いた。
『調子に乗るなよ…
小童どもがっ!!!』
カーリーが睥睨すると、神に不敬を働いた偉丈夫は一瞬にして炎に包まれた。
「やめなさい!カーリー!!」
アマテラスは神剣の柄に手をかけながらカーリーを制した。
「ふっ…」
カーリーがパチンと指を鳴らすと偉丈夫を包む炎は霧散した。
偉丈夫は、だらしなく失禁してその場にへたり込んだ。
『すみません…
みなさん、もう少し落ち着いて私たちの話を聴いてはもらえないでしょうか?』
アマテラスは悲しそうな表情で冒険者達に語りかけた。
しーーーーーーーーん
冒険者達は静まり返った。
『こっ、こっほん…』
スクルドは、ばつが悪そうに小さく咳払いして続けた。
『ここから出られないのか?への答です!
他の世界に因果律を求めるという意味では、いまは出られません…
ただし、ゲームクリアができれば、あなたたちの望む因果律を新たに紡ぐことを神々は約束します!』
ゲームクリア?
新拡張パックでシナリオ要素が追加されたということか?
冒険者達は小さく騒ついた。
『んーと
じゃあもう少し詳しく説明しますね〜
新拡張パックでもシナリオ要素は追加していません!
他人から与えられる人生なんて面白くないでしょ?
あなたたちはいままでどおり、この世界で自由に信仰心を積み上げていってください〜
そして、時が満ちれば主神からグランドクエストを受託することになります!
このグランドクエストをあなたたちがクリアしたとき…
それがリリプラのゲームクリアとなります』
---ざわざわざわざわ
---しーん
既に、自分がとんでもない死のゲームに巻き込まれていることに疑いを持つ冒険者はいなくなっていた。
『おやおや、おやおや?
もう質問はないのかなー?
なんでもジャンジャン聞いてくれていいのよー』
スクルドが小気味好いテンポの口調で催促する。
---しーん
聞かなくてはならないことがある。
ゲームクリアするまでこの世界から出られない。
この世界で生きていかなくてはならない。
だとすれば、聞かなくてはならないことがある。
だが同時に、それは聞きたくない重すぎる事実…
そんな予感を全ての冒険者達が抱いていた。
「さ、さっき牛鬼に喰われたやつら…
あ、あいつらは、ど、どうなったんだ?
せ、セーブポイントまで戻ったんだよな!?」
ひとりの冒険者が震えながら聞いた。
そう…この質問…
この質問こそが、冒険者達がいま最も聞かなくてはならないことだった。
空気が---シン…と張り詰める。
『あの人たちは…』
スクルドは神妙な面持ちで答え始めた。
『あの人たちの魂は…
残念ながらこの世界にはありません…
んー
いまのあなたたちに説明するのは難しいですねー
あなたたちの知る“死”という概念でもないし…
魂というものが“完全に消滅”するというわけでもないし…
あの人たちの魂は因果律を失って永遠の闇を彷徨っている…
としか説明できません』
スクルドが慎重に言葉を選びながら答えているのが伝わってくる。
『あ!
でも、肉体を失うことで魂の依り代を無くす…
そのことを下界で“死ぬ”と定義しているあなたたちにとっては、
この現象を“死”と説明してもよいのかもしれませんね!
リリプラ内での“死”は、あなたたちが下界で“死”と呼ぶものに限りなく近い…
そう理解してもらって差し支えありません!
(因果律を失うという点では下界の死より重い出来事なのですが…そこは割愛させてもらいましょう…)』
一番重たい事実を隠しつつ、スクルドは冒険者達の解る範囲で答え終えた。
スクルドの答えに多くの冒険者は理解が追いついていなかったが、このゲームは“本当に死ぬ!”ということは、はっきりした。
---しーん
いままで以上にあたりは静まり返った。
---ザザーザザー
波の音だけが穏やかに流れている。
現実を受け入れることができない…
そんな風に日和っていると死に直結する世界。
冒険者達は全員、強制的に自分たちの現実を納得させられたのだった。