第7話 【女神顕現】
三女神の顕現に冒険者達は恐れ慄いた。
こいつらはNPCキャラのコスプレイヤーではない。
“本物”だ!!
イベント会場で一瞬にして首を切り落とされた恐怖は、全ての冒険者達に刻み込まれていた。
殺戮と破壊を司るヒンドゥー教の女神
【カーリー】
未来の運命を司る北欧神話の女神
【スクルド】
そして、
日輪を司る日本神話の最高神
【アマテラス】
この3柱は、確かにリリプラのキャラクターではあるが、ここでは“そう”じゃない!
“本物”の神格だ!
根拠はなくとも、冒険者達はそう感じざるを得なかった。
牛鬼だけでも全滅必死の状況なのに…
3柱のうちアマテラスは綠水が帰依する主神であったが、この女神達が味方だという保証はどこにもない。
いや、むしろ敵である可能性が高い。
そう考えると、綠水の背中に冷たいものが伝った。
「しかし、まっこと…
大変なことになってしまったものよな…
ヴィシュヌに小煩く言われそうじゃ…」
褐色異形の女神カーリーが気怠そうに呟く。
「カーリーがあんな派手なことをするからだろうが?
下界で5000体も斬殺されては事後処理に時間がかかって当然だ!
オーディンへの報告書作成がいまから思いやられる!」
眼鏡少女の女神スクルドがぶつぶつと不満そうに言う。
「冒険者達をこちらに導くのに首を刎ねる必要はありませんでした…
興が過ぎましたね…カーリー
この件はヴィシュヌに報告させてもらいますよ」
黒髪の煌びやかな女神アマテラスが言葉に窮した様子で絞り出す。
3柱の女神達は、小虫を無視するかのように眼下の冒険者達を捨て置き、会話している。
「あいつら…
なにを訳の分からないこと言ってるんだろう?」
アインスウィルが怪訝な顔で独りごつ。
「ほう!
アマテラスよ、見るがよい!
自力でスキル発動させた阿呆が何匹かおるぞよ!」
カーリーが意地悪な笑みを浮かべてみせた。
「はい…何人かがスキルを使った痕跡を感じます…
まったく、不測につぐ不測ですね…」
アマテラスは冷静に呟きながら、眼下の冒険者達を見回した。
「残念ながら、少なからず消滅した魂もあるようですが、
たしかに全員ここに揃って居るようです
では、カーリー!
即座に鎮撫してください!!」
眼光炯々、アマテラスがカーリーに指示をした。
「恐ろしのぉ…
そう荒ぶるな、日輪の巫女神よ…
あいわかった!
このカーリー、務めは果たそうぞ!」
そう言うと、カーリーは右手に握る三叉戟を左から右にゆっくりと大きく払う仕草をした。
「生は死のために在り創造は破壊のために在り…
その逆もまた真なり…
万象の根源は有形にして無形…
我が名に畏め…
破をもって魔を退けよ…」
---ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
カーリーが詠唱を始めると大気が震えだした。
「な、なんかヤバくない?」
アインスウィルが慌てる。
「空気中に魔力が溢れて…いる…??」
綠水は思わずぐっと身構える。
「我こそは至高なる原初!!!
フレイムッッッ!!!!」
カーリーが詠唱を終えた。
---ギィギャアアアァァァァァ
---キィィィイィィイイイイイ
---ガァギギギギギギギギィィ
何百匹もの牛鬼が一匹残らず苦しみだす。
牛鬼の体内から紅蓮の炎が生き物のように舞い踊り出ている。
一瞬!
まさしく一瞬のできごとだった!
---ボワッ!
---ゴォォォォオオ!!
パリィィィーン!!!
何百という黄色の結晶が同時に弾け飛び四散した。
………………………………………
冒険者達を襲っていた牛鬼は、一匹残らず消滅した…
死の静寂が辺りを包んだ。
「ばか…な…
フレイムは初級魔法だぞ…
それが、こんなデタラメな威力なんて…」
魔法剣士の綠水は、王道魔法使いのステ振り、スキル振りではなかったが、それでもいま起こったのが尋常ならざる事象であることは理解できた。
フレイムは、綠水が発動させたファイヤ・アロー同様、スタンダードスキルに分類される超短文詠唱の初級魔法だ。
対象を発火させるには術者が直接に対象を視認捕捉する必要があるため、通常は広範囲殱滅には不向きなスキルだ。
「カーリーは超短文詠唱の前に、他の詠唱文を挟み込んでいた…
まさか、真言で威力をブーストさせてるのか?」
綠水は宙に浮かぶカーリー達を眺めた。
「ふむ…
下界と違いこの世界は居心地が良いのぉ」
カーリーは満足そうだった。
「下界にはいまだ、われらが神意を顕現させるには“値”が足りんからな」
スクルドが応える。
「さあ、アマテラス!
邪魔な小虫どもは払ったぞよ!
そろそろ始めてはどうじゃ?」
カーリーがアマテラスを促した。
「はい…
承知しています」
アマテラスは静かに両眼を閉じた。
ひと呼吸置いた後、
アマテラスは、神々しく両手を広げて、ゆっくりと双眸を真円まで見開いた。
『冒険者のみなさん!
Religious Planetの世界へようこそ!
私は貴方達をこの世界に導いた“神”の1柱、アマテラスです…
以後お見知り置きを…』
アマテラスは丁寧な口調で続ける。
『まず初めに、
貴方達をこの世界に導く際に、こちらの不手際があったこと、深く陳謝します…
貴方達に無用の恐怖を与えたこと、
私たちの顕現が遅れたため少なからずの魂を散らしてしまったこと、
いずれもお詫びしたいと思います』
アマテラスは冒険者達に向かって深々と頭を垂れてみせた。
『そのうえで、冒険者のみなさんに改めてお願いがあります!
神に選ばれし冒険者達よ!
いま一度、私たちに力を貸してください』
アマテラスが冒険者達にそう告げると、すかさずスクルドが続いた。
『信仰を示すのです!
さすれば汝らに加護を与えん!』
この流れは、あのイベント会場での続きだ!
この後にカーリーが!!
綠水は無意識に黒剣を強く握りしめた。
『………と!
いうわけでー!!
新拡張パックのチュートリアルを始めますねー!』
予想の斜め上を行くスクルドの発言に、緊張で身体を強張らせていた冒険者達は、呆気にとられた。
「はあ?
はあああぁぁあ??」
綠水もアインスウィルも困惑していた。
『ほんとは、イベント会場で済ませておきたかったんだけどねー
カーリーが暴走しちゃったからぁ…
ゴメンね、みんなぁ』
そう発言を続けるスクルドを、極めて怪訝な顔で眺めるカーリー。
「お、おい…スクルド…
主、キャラが崩壊しておるぞ…」
「五月蝿い!
誰の所為だと思ってるんだ!カーリー!!
これはホスピタリティてやつだ!
黙って聞いてろっ!
駄女神っ!」
スクルドはイベント会場でのカーリーの暴走について、相当腹を立てている様子だった。
「くっ…」
カーリーも件の首狩り行為に負い目があったため、ここは黙って引くしかなかった。
『さあさあ、チュートリアルを始めるよぉ!
あっ!
その前に、私は女神スクルドと言います!
運命の女神と呼ばれてますが、リリプラ内では、システムの維持管理を担当しています!
まあ、しがないエンジニアってやつです』
スクルドはホスピタリティたっぷりにおどけて自己紹介をした。
『簡単に説明すると…
私たちは、あのイベント会場でみんなの魂を解放して、みんなをこの世界に導きました!
みんなには、この世界で私たちへの信仰を示してもらいます!
がんばってくださいね!!』
スクルドは、とんでもないことを軽く言い放った。
『では、そのへんを踏まえて…
いまから質疑応答タイムに入りまーす!
みんなから私たちへ、なんでもジャンジャン質問を受付けますー』
スクルドがそう促したが、冒険者達は唖然として固まり切ったままだった。
…これは一体なんなんだ?
…新拡張パックのチュートリアル…??
…こ、これが…???
綠水も、ご多分に漏れず、混乱の極みにあった。
2017/07/10 02:00 誤字訂正