第6話 【魔法発動】
霞の構えをとり巨躯の牛鬼と対峙する綠水。
牛鬼も綠水の黒剣を警戒してか、一定の間合い以上には近寄ってこようとしない。
綠水の背中には、アインスウィルの他に彼女のギルド所属の女性冒険者が3人いる。
「綠水くん…そいつ強いよ!
レベル10の牛鬼じゃないよ!」
アインスウィルの言うとおり、いまはこいつをレベル10相当のモブモンスターと侮ってはいけない。
綠水は、牛鬼にレイドボスと対峙しているかのような圧力を感じていた。
「はい…アインスウィルさん…
いまのオレたちに、こいつを倒す力はありません…
ですから…いまは逃げましょう!
逃げるしかないです!」
綠水とアインスウィル達は、ちょうど馬の背を下りた位置に居る。
なんとかして馬の背を登ってしまえば、逃げ切ることができるかもしれない。
「オレが初撃を入れます!
初撃後、スイッチしてアインスウィルさんたちは盾を思いっきり牛鬼にぶつけてください!」
綠水の指示にアインスウィル達は黙って頷いた。
「牛鬼が体勢を崩したら、アインスウィルさんたちは馬の背を駆け上がってください!
後ろは振り向かず全力で逃げてください!
とどめはオレが刺しますから!」
牛鬼の敏捷性は決して高くない!
きっと上手くいくはずだ!
綠水は黒剣を握る手に力を込めた。
「いきます!!」
一歩!
二歩!!
三歩!!!
不意に間合いを詰められた牛鬼は怒号を放ちながら、綠水の頭に大鎌を振り下ろしてきた。
左半身を引いて大鎌を躱し、そのまま左腕で黒剣を鋭く突き出す綠水!!
---ギィガァァァァアアッ
左眼を黒剣で貫かれた牛鬼が鳴き暴れる。
「スイッチッ!!」
綠水の合図でアインスウィル達が大盾を構えて間合いに走り込む。
---ドゴオォォオッ
女性冒険者とはいえ、4人の全力突進に、巨躯の牛鬼もたまらず体勢を崩した。
「もう一度!
スイッチですっ!!」
女性冒険者達と攻撃交代して、綠水は残す右眼を狙って再び牛鬼に黒剣を突き出した。
---ガッ…ガァァァァアアッ
牛鬼が呪わしく叫び苦しんでいる。
「よしっ!
上手くいった!」
綠水は、アインスウィル達が馬の背を駆け上がる姿を確認するため、一瞬、敵から目を離した。
油断したわけではない。
確認のため、ほんの一瞬、視線を離しただけだった。
---ガッキィィィィン!
痛み苦しむ牛鬼が暴れ振るった大鎌が綠水に直撃した。
---ドゴオォォオン!!
なんとか黒剣で防いだものの、牛鬼の怪力で吹き飛ばされ、馬の背の砂壁に叩きつけられる。
「がはっ…」
し…しまっ…た!
綠水は、すぐさま起き上がり、体勢を立て直そうとした。
「痛っ!!」
左脚に激痛が走る。
どうやら、吹き飛ばされるときに牛鬼の大鎌の先端で抉られたらしい。
「綠水くん!!」
緊急事態に気づいたアインスウィルが叫んでいる。
馬の背を駆け下りようとするアインスウィルを周りの女性冒険者達が必死に制止している姿が見える。
「ア…アインスウィルさん…
ダメです…
あなたたちは逃げてくださいっ!!」
綠水は大声で制止するしかなかった。
綠水の周りには、砂壁に打ちつけられたときの大きな音と舞い上がった砂煙に誘われるように、新たに一体の牛鬼が近づいてきていた。
…あぁ
失敗したかぁ…
綠水は覚悟を決めたように両眼を閉じた。
最期までさえない人生だったなぁ…
無価値で無意味な人生だった…
……………
……………いや!
無意味だったかも知れない
無価値だったかも知れない
でも、だからと言って、
理不尽に、
一方的に、
最期を突きつけられる道理がどこにある?
オレは生きたい!
オレの魂はまだ生きたいと祈っている!!
オレの最期は…
オレが決めるっ!!!!
“死”というものは万人に平等に訪れる。
そこには意味も価値もない。
そこには道理なんてものもない。
理不尽に一方的に与えられるのが、そもそもの“死”の本質だ。
生と死には主体も客体もなく、あるのは“無”のみ。
そんなことは百も承知だった!
だが、しかし!
綠水の魂は“それ”に抗った!
魂が消滅を拒み存続を祈った!
---------------カッ!!!
綠水の身体から強い光が放たれたように見えた。
左脚の痛みで立ち上がれないまま、
新たに近づいてくる牛鬼に向けて、
綠水は、そっと右手を翳した。
「ファイヤァァァ…アロォォオオオオー!!!」
綠水の右手の周りに6つの炎が渦巻き矢の形に変化する。
---ゴオォォォ
---シュン!
炎の矢は唸りを上げて高速で牛鬼に降り注ぐ!
---ギィィィィィ…ガァァァァアアッ!!!
6つの矢に射抜かれた牛鬼は、全身を炎に包まれ怨嗟の叫びを発した。
パリーーーン!!
黄色の結晶が空中で弾け飛んだ。
これは土属性モンスターの死亡エフェクトだ。
「え…?
で、出た…??」
ファイヤ・アローを放った綠水自身、訳が分からない様子で狼狽している。
ファイヤ・アローは、スタンダードスキルに分類される超短文詠唱の初級魔法だが、術者のレベル10毎に炎の矢が1つ追加されるため、レベルカンストの魔法系プレイヤーが放てば、牛鬼ごときは一撃確殺できる威力がある。
「綠水くん!!
綠水くん綠水くん綠水くんーー!!」
馬の背を駆け下りてきたアインスウィルが綠水に抱きついてきた。
「ちょっ、
結局、戻ってきちゃったんですか…
アインスウィルさん…」
顔を赤らめる綠水。
「そんなことより、魔法でてたよ!
すごい!!
なんで?なんで、なんで??
どーやったの???」
綠水の苦言をそっちのけで、アインスウィルの質問は止まらない。
「それが…
なんていうか、無意識で…」
“オレは生きたい”と強く願った瞬間、目の前に一瞬、リリプラのユーザインタフェースが全て展開したように見えた。
いまはもう見えていないが、目の前には【HPバー】と【MPバー】だけが残って見えている。
視界の中に【HPバー】と【MPバー】が見えるというのは、なんとも奇妙な感覚ではあるが、自分の【HPバー】の上に『Lv.50 綠水』の表示も見えることから、ここがリリプラ内だということだけは完全確定してしまった。
「ごめんなさい、アインスウィルさん…
どうすればスキル発動するのか、まったく解らないんです…」
綠水は申し訳なさそうに告げた。
「そっかぁ…
じゃあ、やっぱりなんとかして逃げるしかないか」
アインスウィルは、そう発しながら改めて辺りを見回した。
綠水ひとりがスタンダードスキルのひとつを発動させたとて、辺りは地獄絵図のまま変わっていない。
綠水達の周りには、警戒した牛鬼が距離を置いているが、ほとんどの冒険者は苦戦を強いられているようだ。
喰われて紫色の結晶を散らす冒険者もある。
事態は何ら変わっていない。
綠水達は相変わらず死地の真っ只中にいる。
---ピカァァァァァーーーーーーーー
突然、空が激しく輝いた!
眩しすぎて一瞬辺りが真っ白になる!
神々しい光が引き切った空に視線を向けると、
宙に浮く3つの人影が薄っすらと見えた。
「おやおや
何やら大変なことになっておるのぅ」
褐色の肌に血のように真っ赤な長髪。
三つの目に四本の腕。
妖しくも美しい異形の女性は呑気そうに発した。
「われらが事後処理に追われていた間に、
冒険者どもがモンスターに襲われていたとは…」
栗毛短髪の眼鏡少女は大人びた声で冷静に発した。
「これは、私たちの不手際ですよ…
早急に鎮撫します!!」
後ろで一本に束ねた長髪は吸い込まれるような美しい黒髪。
煌びやか袿袴を身に纏った神々しい美女は凛として発した。
こいつらを知っている!
幕張のイベント会場で目にした三女神!!
その姿を再び眼前にし、冒険者達は誰もが恐れ慄いた。
2017/06/07 23:01 誤字訂正