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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第1章 Religious Planet
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第5話 【牛鬼】

男は、ちょうど砂浜が“馬の背”になっている場所でひざまずき、ガタガタと震えていた。



男の側まで辿り着いた綠水は、眼下に広がる地獄絵図を見て吐き気をもよおした。


駆けているときには“馬の背”が邪魔になって見えなかったが、大量のモンスターが人間を襲っていた!



「たすけて…

たす…けて…ください…神様」

綠水の足元で、男が泣きながら同じ祈りを何度も何度も繰り返していている。



「おい!

これはなんだ?

どうなってるんだ?」

綠水が泣き震える男を引き起こして尋ねる。


「わからない…

わからない!!

リリプラのイベントに参加してたのに…

目が覚めたらこんなとこにいて…

俺はなにもわからないぃぃ!!」

男は嗚咽おえつまじりに答えた。



この男もイベント会場にいたプレイヤーということか?

いよいよ異世界転生で間違いなくなってきたな…


綠水は改めて眼下に視線を下ろした。


何千人もの人間がモンスターと戦っている。

やはり、ここはリリプラなのか?



だが…

あれはいったい……


綠水がここをリリプラと認め切るには、ひとつ決定的な違和感があった。



何千人もの人間は、おそらく幕張のイベント会場にいたプレイヤー達で間違いないだろう。


人間を襲っているのが【牛鬼】なのは見てすぐ分かった。

【牛鬼】は主に日本マップの海岸に現れるレベル10相当のモブモンスターだ。


全員がレベルカンストのはずの冒険者達が【牛鬼】ごときに襲われているのは…

きっとスキルが使えないからだろう。



ここまでの情報は簡単に見て取れる。

だか、あれはどういうことだ?


喰われている冒険者が…いる…?

血が流れている…

裂けた腹から中身が溢れている…

死の激痛に断末魔の叫びをあげている…



リリプラには流血エフェクトはなかった。

そもそもゲームなのに痛みを感じるはずがなかった。


先ほど、黒剣で自身の腕を切って試したときのことを思い出しながら、綠水は最悪の予感にゴクリと喉を鳴らした。


オレ達は“生身”でゲームの世界に召喚されている…?




ギャアああああァァァ!!

そのとき、ひときわ大きな叫び声が聞こえた。


叫び声の先に視線を向けると、男性冒険者が三体の【牛鬼】に囲まれて、下半身から喰われている!

刹那、紫色の結晶が空中で弾け飛ぶ、見慣れたエフェクトが綠水の眼に飛び込んできた。


パリーーーン!!


聞き慣れたその効果音が、リリプラの死亡エフェクトであることを示していた。


死亡エフェクト…?

死ん…だ…のか…??

【牛鬼】に喰われていた男性冒険者の姿はもうない。



通常、リリプラでは、キャラクターが死亡すると、直前のセーブポイントまで戻されて、かつ、直前のセーブポイント以降にプレイして取得した経験値の半分が失われるというデスペナルティが課される。


セーブポイントが冒険者会館か宿屋かマイルームに限定されているリリプラの仕様では、なかなか重たいデスペナルティだと言える。



血の海の中で臓物を撒き散らし

断末魔の叫びを残して紫色の結晶を弾け飛ばした


男性冒険者はセーブポイントには戻っていないような気がして、綠水は震えた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




この場に駆けつけてから何時間経っただろうか?

いや…何分も経っていない?



綠水は、震えが止まらない自分の足を何度も拳で打ちつけた。



みんなを助けに行かなくちゃ…

スキルを使えないのに無駄死にするだけだ…

このまま放ってはおけない…

本当に死ぬのかもしれないのに行けるわけない…


すくみ続ける足が葛藤する綠水の心を折る。


見ず知らずの冒険者を助ける義理もないし、

この訳の解らない世界で全滅は愚策だし、

ここはオレだけでも逃げて生き残る…べ…き……



!!!!!

卑怯者の思考に堕ち切る寸前、

綠水は見知った顔を視界に捉えてしまった。



「アインスウィルさんっ!!!」

叫ぶやいなや、綠水は死地に向かって飛び出していた。



なぜアインスウィルさんがここに?

いや、なぜアインスウィルさんのキャラの姿がここに?

オレ達は生身の人間として召喚されたのじゃないのか?


いや、そんなことはいまはどうでもいい!!


綠水は全力で馬の背を駆け下りながら頭を左右に振った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




アインスウィルの目の前に立ちはだかる【牛鬼】は、他の個体の倍の大きさはある巨躯だった。


【牛鬼】の左右の鎌状の大爪が容赦なく振り下ろされる。

けっして大柄とはいえないアインスウィルの頭上から幾度となく鎌の凶撃が降り注ぐ。


ーーーガッ

ーーーガキィィィィン


大きな金属音が響き渡る。

アインスウィルの大盾は頭上からの【牛鬼】の凶撃を全て防ぎ切っている!



アインスウィルは、リリプラでも珍しい盾持ちヒーラーだ。

聖壁せいへきの乙女】

それがアインスウィルの二つ名だった。



「くっ…

いつまでしのげるか分かりません。

あなた達は…はやく…逃げてっ!!」


アインスウィルは、悲痛な表情で【聖壁】の後ろで身を縮めている女性冒険者達に指示した。


「でも…でもっ!

マスターを置いては行けませんっ!」


「ヒール!

ヒール!!

このっ!出ろっ!出ろおぉぉ…」


「わ、私たちも最後まで戦いますぅぅぅ!」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、3人の女性冒険者達が代わる代わる叫ぶ。



だめだ…

私たちはこんなところで死ぬ…の…?

アインスウィルの思考を絶望の闇が覆い潰す。



ガアァァアアアアアアアアアッ!!!

食欲を満たすことができずいらついた【牛鬼】が、飢餓の咆哮をあげながら、アインスウィルの大盾に突進してきた。


ーーーグァシャァァァ!!


「きゃあ!」

アインスウィルと3人の女性冒険者達は全員、後方に大きく吹き飛ばされた。


間髪を入れず間合いを詰めてきた【牛鬼】の大鎌が、大盾を弾き飛ばされたアインスウィルの頭上から襲いかかってくる。


あぁ…

みんなゴメンね…

私がもっと強かったら…


アインスウィルが両眼を塞ぎ、死を覚悟したその刹那!


---シャッ

---キィィィィィン!


鋭い抜剣の音が聞こえた。



「アインスウィルさん!

大丈夫ですか!?」


恐る恐る眼を開けると…

自分と【牛鬼】との間に綠水が立ちはだかり大鎌の凶撃を防ぎ止めている!


「綠水くん!

無事だったのね!」


アインスウィルは驚きの声をあげた。

同時に、恐怖心を抑え込むために塞ぎ止めていた涙が堰を切ったよう溢れ出してきた。


「綠水くん…

綠水くぅん…」


アインスウィルの顔も涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「アインスウィルさん!

安心するのはまだ早いですよ。

オレもスキルが使えないみたいなんっでっ!!!」


そう言いながら、綠水は両手で握った黒剣をり上げて【牛鬼】の大鎌を弾いてみせた。

大鎌を弾かれた【牛鬼】は大きく後方に体勢を崩した。



スキルは全然発動しないが、STRストレングスにステ振りしたアビリティポイントはしっかり活きているようだ。


そう手応えを感じた綠水は、アインスウィル達を鼓舞してみせた。

「でも!

スキルが使えなくても勝機はあります!

みんなで生きてここから脱出しますよっ!」



綠水の頬を冷たい汗が伝う。

足の震えはいつの間にか止まっていた。


生きたい…

こんなところで死にたくない…


だがっ!

今度は神には祈らない!!

オレはオレの力で生き残るっ!!!!



綠水は敵に向き直り霞の構えをとる。


いくぞっ!!!!


綠水の“初めての戦い”が始まった。

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