第4話 【異世界転生?】
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オレ達はどうしてこんな目にあった?
ヤツらはなんのためにこんなことをした?
無価値な人生だった…
無意味な人生だった…
生きたい……
いまはまだ生きたい……
神も仏も信じていない人間が生きたいと祈ってはいけないのだろうか?
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湿った海風が身体を軽く撫でゆく感触がする。
微かに心地よい波の音が聞こえる。
手足の感覚はまだない。
『……すい
……りょく…すい』
誰かが名前を呼んでいるような気がした。
『綠水!!』
今度ははっきりと聴こえた。
誰かがオレを呼んでいる。
『チュートリアルは終わった!
目を覚ますのだ綠水!
貴様の世界を救う冒険はこれから始まるのだ!!
貴様の信仰を……
示せ!!!』
男の声が脳髄の中で大きくこだまして暴れる。
「…痛つっ……」
綠水は瞼を開くと同時に左手で側頭部を押さえた。
ここは…どこだ…?
眼前には白い砂浜と、その先に水平線が広がっている。
綠水は、混乱する自身の脳髄を力ずくで抑え込み、記憶の糸を辿り始めた。
!!!!
そうだ!!!!
オレは幕張のイベント会場で首を切り落とされた!
カーリーと呼ばれた女がオレの首を一刀で持って行きやがったんだ!
あ…
そうだ…
お気に入りのシャツは?
オレの血で真っ赤に染まったお気に入りのシャツはどうなった?
記憶の復元と混乱
復元、混乱、復元、混乱、復元、混乱、復元、混乱……
綠水は、今度は左手で首すじに軽く触れながら立ち上がった。
首は確かに繋がっている…
自分の身体を力なく見回してみたが、
真っ赤に染まったシャツは着ていない…
漆黒の軽装プレートアーマー
黒糸で編んだマジックローブ
背中の鞘に納めた黒い片手剣
綠水が身につけているのは私服ではなく“いつもの”装備一式だった。
彼は他のプレイヤーから『装備オタク』とからかわれるほど、自身の装備にこだわりを持っていた。
プレートアーマーはエドの漆職人に仕上げさせた黒漆塗りの特注品。
マジックローブは特殊な魔法で紡いだ魔力糸から編んだ特注品。
片手剣はオブシディアンとアダマンタイトを特殊な魔法で溶解させた原料から鍛え上げた特注品。
いずれも、リリプラ内に二つとない逸品で、他人の装備と見間違うことなどなかった。
間違いない…
オレの装備だ…
ここはリリプラなの…か…?
綠水は情報を整理し、現状を把握しつつあった。
今日、オレは確かに幕張のReligious Planetオフラインイベントに参加していた。
そして、理由も解らないまま首を刎ねられ殺された。
だがしかし、今はこうしてリリプラ内の装備を身につけて間違いなく生きている。
綠水は思考を巡らせながら黒剣を抜剣した。
刃を自身の右腕に当て、軽く引いてみせた。
「痛い!」
痛みとともに血が滲み出す。
これは生きている証。
ここはMMORPGのReligious Planetではない。
綠水はおおよそ信じ難い確信を得た。
転生…
これは異世界転生なのか…?
「ははは…
はははっ!
はーっ、はっはっはっは!
これがいま流行りの異世界転移?
いやいや、一度死んでるから異世界転生??
このオレが異世界物語の主人公てか??
なら、オレはこの世界で俺TUEEEE!!って無双しまくらなきゃならないのか???」
既に混乱は治っていたはずだが、綠水は独り大声で狂ってみせた。
「はぁ…
ラノベじゃあるまいし…
なんなんだよこれは……」
ひととおり狂いみせた後、綠水は小さく溜め息を吐いた。
頭の中に響いた声、
謎の男は『チュートリアルは終わった!』と言っていた。
どういう意味かまったく解らないが、とりあえず、もっと情報が必要だ。
綠水は気を取り直し、いま居るフィールドを探索することにした。
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とりゃ!
とおぉーー
おりゃああぁぁぁ!
綠水がどれだけ念じてみても、リリプラのメニューウィンドウは開かない。
いつか観た異世界系アニメの主人公を真似て、空中で上から下へ指を下ろす仕草をしてみてもメニューウィンドウは開かない。
メニューウィンドウが開かないのでフィールドマップを確認することはできない。
やはり自分の足で情報収集するしかなさそうだ。
白い砂浜の海岸線を歩きながら、綠水は現実世界で自宅からイベント会場へ出発したときのことを思い返してみた。
出発寸前までリリプラにログインしていた。
エドの街の定宿からすやをセーブポイントとしてログアウトした。
…そのはずだ。
ところがいまは、どこかの海岸フィールドに立っている。
仮に、何らかの作用でReligious Planetの世界に迷い込んだのだとしても、召喚ポイントは二つに絞り込めると綠水は考えた。
ゲーム内での最終セーブポイントからすや
現実世界で惨劇が起こったはずの幕張イベント会場
フィールドマップを確認できたわけではないが、召喚ポイントがからすやではなかった時点で、ここは幕張という蓋然性が高い。
Religious Planetの世界地図は、現実の世界地図を基にデザインされている。
いや、現実の世界地図そのものと言ってよかった。
もちろん、マップ上の地形や街には、ファンタジーRPG用のデフォルメがほどこされていたが、方角方位、距離、面積については、精巧なまでに1/1スケールで現実の世界地図が再現されていた。
細かいことを言うと、Religious Planet内の時間の流れは現実世界の3倍の速さで流れる設定だったので、いまの“体感距離”は1/3に感じるはずではあるが…
つまり、ここが幕張という綠水の仮定が正しければ、北西に向かって体内時計2時間分ほど歩き続ければエドの街に到着するはずだった。
ブツブツと独り言を発しながら思考を巡らせていた綠水の足がはたと止まった。
「ん?」
前方に人影らしきものが見える。
目を凝らして見ると、両手を砂浜について跪いているように見える。
やっと人がいた!
NPCでもいい!
何か情報が得られるかもしれない!
綠水は急いで人影に向かって駆け出した。
訳の分からぬまま訳の分からぬ世界に放り出された不安感もあったのだろう。
このときの綠水は人型のものであれば、何に向かってでも駆け出す勢いだった。
駆け出してすぐに、跪く人影を完全に視界に捉えることができたが、
彼は…震えてるのか?
嫌な予感がしたが、綠水は足を止めずに進んだ。
跪く人影に近づくにつれて大きくなる音。
ーーーオオォォォォオ!
ーーーグワァアァァァ…
この世のものとは思えない声がする。
異常に生臭い臭いが漂っている。
圧倒的絶望の予感がする。
これは人の断末魔だ…
これは血の臭いだ…
これ以上進むなと五感が告げている…
跪く人影に辿り着いたその瞬間!
綠水は地獄を見た。
2017/06/10 17:32 ルビ位置調整