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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第2章 異教徒割拠(上)
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第37話 【グランドレイド〜その4】

綠水達の連続技を受け、水龍はたまらず宙に舞い上がる。

宙で螺旋を描くようにうねり苦しんでいるのが見てとれた。



「すごい!水龍が苦しんでいるぞ!」

「攻撃が効いているんだ!」

「いける!いけるぞっ!」


どれだけ攻撃しても削れぬ水龍のHPバーに心が折れかけていた攻略部隊の面々から、歓喜の声が上がる。




「馬っ鹿もんがあっ!

あいつらを頼るとは何事かっ!」


イングリッドは歓喜の声を上げた団員の前に仁王立ちして、右手を大きく左から右に払った。


「綠水はアマテラスに帰依しているが信者と呼ぶには相応しくない信仰心の低さ!奴は野良のはぐれ同様のけがれ!

シータとクミルファスは蛮族の神に帰依している異教徒!

以蔵に至っては信仰すら放棄した痴れ者!

貴様らっ!下賎な異教徒どもを頼るとは何たる恥知らずか!」


主神アマテラスの第一の信徒を自分勝手に自負しているイングリッドは、綠水達の活躍を讃える部下達を激しく叱りつけた。


「最早この戦いは単なるレイドではない!

志半ばで散っていったクラレンス達、同胞はらからの弔合戦であると心せよっ‼︎」



「おおおおぅぅぅぅ!」

同胞はらからの弔い”という言葉を聞かされて、天照騎士団の団員達の士気は無理矢理に臨界点まで引き上げられる。




「あんたらを護っているヒーラー達はヤクシに帰依してるんだけど……?

他のギルドと組んでおきながら、異教徒も何もあったもんじゃないだろうに……」

綠水は、怒りを通り越し、呆れるように独りごつ。



ともかく、敵のHPバーを一気に5分の1削れたことは事実であり、その勢いを殺さないようにと、攻略部隊が総がかりの姿勢をみせたとき、水龍がゆっくりと発した。


『我にこれほどの傷を負わせるとはのう……

神々の噂する預流者の才(よるしゃのさい)とはここまでのものだったか』


水の神の神使しんしは静かに怒りをくゆらせ、己のからだに深く傷をつけた冒涜者ぼうとくしゃ睥睨へいげいしている。


『だが、汝等うぬら……

まさか、おのれがここで死ぬる不可逆の運命にあることを忘れてはおるまいよの?』


冒涜者ぼうとくしゃどもに死の宣告を突きつけながら、水龍は再びそのからだを地に降ろしる。


圧倒的な威武いぶに包まれた神々しいその姿が、なんとか奮い立たせたはずの冒険者達の士気を挫き折りにかかる。




『この愉悦の終幕は、なんとも惜しいことじゃが……

せめて、もう暫し我を楽しませてから……死ねいっ‼︎』


そうえると水龍は、尻尾を大きく振り上げ地面に叩きつけた。

轟音とともに、尻尾が叩き割った震源点から振動と魔力が四方八方に放射展開していくのが感じられた。



「なっ、なに⁉︎」

綠水が異変に気づいたときには、レイドゾーンにいる全冒険者が身体の自由を奪われていた。


それは水龍の新たな特殊攻撃だった。

魔力をたたえる振動を受けた冒険者はひとり残らず“スタン”の異常状態になっていた。



『先ずうぬが死ね!』

水龍は動けなくなったクラレンスめがけて息吹ブレスを吐きかける。


黒い!

水龍が吐き出した息吹ブレスは、これまでのそれとは異なり、不気味な漆黒だった。


スタン状態ではスキル発動も叶わないため、通常の冒険者であれば、この時点で死を覚悟して念仏でも唱えるのが合理的だったが、天照騎士団一の硬い男は、むしろ、貫いてみよ!と言わんばかりにハヤテの楯を構えてみせた。

防御力に絶対の自身があるのだろう。



黒よりもさらにくろい息吹が、空気中の光の粒子を喰らうかのごとき不気味な音をたて、クラレンスに襲いかかる。

ーードッッ!

重量物が肉にぶつかるような鈍い音がしたかと思うと、クラレンスは大きく後方に吹き飛ばされた。

絶対的な防御力を誇っていたはずの彼は、一撃でHPバーをレッドゾーンまで毀損し、もんどりうって転がる。


「ーーえ?」

クラレンスは、自分に何が起こったのか分からなかった。

高い防御力ゆえに痛みも感じぬまま、彼は吹き飛ばされたのだった。


無痛のまま一撃でレッドゾーンまで削られた自分のHPバーを見て、クラレンスは大いに焦燥した。


「あ……嗚呼ぁぁ……

やばい……やばいぃぃぃいっ!」


痛みはなかったが、あと一撃を受ければ、自身の生命いのちが無益に結晶を散らすことは理解できていたのだろう。

クラレンスは、顔面蒼白でユーザインタフェースを展開し、自分のアイテムバッグをまさぐった。

その狼狽する姿のどこにも、不動の鬼という二つ名の凄みは見てとれない。




「クラレンスさん!

いまヒールかけます!」

天照騎士団で一番硬かったはずの男のパーティーに配属されていたヒーラーが、パーティーリーダーの危機的状況をいち早く察知して駆け出した。


「な、なんでまだHPが減り続けてるの⁉︎」

ヒールが届く位置へと必死で駆け出すイツキの目には、吹き飛ばされた後になおも減り続けるクラレンスのHPバーが映っていた。


あろうことか、クラレンスのHPバーは暗黒息吹の直撃を受けた後にも一定の速度で削れ続けていたのだ。



「クラレンスさん!

ヒール届きません!

早く回復薬ポーションを使ってくださいっ」


「分かってる!

分かってるうぅぅぅ!」


無様に涙とよだれを垂れ流しながら、クラレンスは自分のアイテムバッグからHP回復薬(ポーション)を探し回る。


最早、完全に冷静さを失っていた彼は、任意のアイテムを選択して使用することすら困難な状態にあった。



「あ!あった‼︎

ぽ、ポーショォォォンン‼︎」


やっとHP回復薬(ポーション)を見つけ、アイテム使用のコマンドを発動させようするクラレンスの目に映ったのは、HPバーが削れ切ってゼロを指す残酷な瞬間だった。


「お……お母ぢゃあぁぁぁあん」


虚しくもタイムオーバー。

天照騎士団の偉丈夫、不動の鬼と呼ばれたクラレンスは、最期に最愛の母親に助けを求めながら紫色の結晶を散らし飛ばした。


「そ、そんな……」

ヒールが届かず、目の前でパーティーリーダーを死なせることになったイツキは、その場に力なくへたり込む。




「あれはヘイト無視の貫通攻撃……?

しかも、被弾後のHPデリード付きか……」

綠水は、スタン状態で見ているしかなかったことを腑甲斐ふがいなく思い、自身を呪いたい気分になった。



攻撃の時点で、水龍のヘイトは確かにイングリッドがとっていたが、それを無視してクラレンスへの一点攻撃がきた。

そして、最高クラスの防御力を持つ天照騎士団の壁職タンクは、その硬さを誇ることすら許されずに魂を散らせたのだ。



それにしても、攻略部隊の冒険者達にとって水龍の強さは想像の域を遥かに超えるものだった。


高い攻撃力と防御力に加えて、

周囲攻撃

範囲攻撃

スタン付加

貫通攻撃

HPデリード

という多彩な特殊攻撃。


そもそも、レベル60のグランドレイドボスを初見で攻略しようというのが無謀だったのかもしれない。

攻略部隊を諦めムードが侵食していく。



「ここまで特殊攻撃が多いなんて……」

そう呟きながら、綠水は辺りを見回す。

攻略部隊の誰もが言葉を失い、うな垂れていた。


特に、クラレンスの絶対的防御力に信頼を寄せていた天照騎士団の面々の落胆は大きく、完全に戦意喪失しているのが見てとれた。



「ーーここまでか」

綠水の頭に“撤退”の二文字が浮かぶ。



「りょ、綠水なにをやっている!

早く、もう一度さっきの攻撃をせんか馬鹿者っ!」

綠水が撤退するか否かを逡巡しゅんじゅんしているそのとき、イングリッドの怒声が届いてきた。


「散々、異教徒だのなんだのとさげすんでおきながら勝手なもんだな……イングリッド?」

戦術を破綻させ人死にを出しておきながら、なおも尊大な態度を崩さないイングリッドに対して、綠水は自身の心根がすっと澆薄ぎょうはくに流れていくのを感じた。


「ご、御託は結構だ!

と、とにかく攻撃の手を緩めるな!」

綠水から凍りつくような殺気を向けられたイングリッドは、肌が粟立つのを覚えながらも、なんとか指揮官としての体裁を保ち下知げちした。


「ちっ……

あんた、何人殺せば気がすむんだ?」

撤退を逡巡しゅんじゅんしていた綠水は、イングリッドに命じられることで意図せず戦闘継続を選択することになる。


その選択がさらなる人死にを生むことを、このときの綠水は想像し切れないでいた。



「シータ、以蔵!もう一度、速攻だ!

クミルファスはバフを切らさないように援護を頼む!」

イングリッドに向けていた殺気を水龍に当て直すと、綠水はひときわ力強く発した。



「イングリッドは当てにならない!

壁はないものとして、いくぞっ!」


「「「応っ‼︎」」」


戦意喪失して置物と化している他の冒険者達を尻目に、綠水達パーティーは再び水龍に向かっていく。



「タゲ飛びが怖い……

超短文詠唱のスキル主体でいこう!」


クミルファスの奏でる旋律メロディに包まれながら、シータが提案する。


「それでいこう!

斬ったとこから撃ち込み、内部から破壊するぞ!」


「斬りまくるよー

シータ兄ちゃんお願いねー」


即座に意思を疎通して、三人は水龍に向かって駆け出す。

綠水達は三人同時攻撃の超近距離戦を選択した。



「風よ…劔を捲き込めっ!

エリアル・ファング‼︎」

綠水の握る黒剣が風の牙をまとう。


「水龍っ!

オレたちはまだ折れてないぞ!」

綠水はえながら風の牙で強化された黒剣を袈裟がけに振り下ろす。


ーーザシュッッ‼︎

水龍の蒼い鱗が裂け飛び、赤い血が飛沫となる。

返り血を浴びるほどの間合いから退くことなく、綠水はそのまま魔法発動に入った。


「ストォォォーム‼︎」

風属性の超短文詠唱魔法を黒剣で斬り裂いた箇所に直接流し込む。


風の刃は、水龍の体内で暴れた後、内側から蒼い鱗を斬り裂いて外に弾け出た。



『ガアァァァアアッツ‼︎

預流者の才(よるしゃのさい)よおォォォ‼︎

まだ抗うかあァァァ‼︎』

血飛沫を撒き散らしながら神使しんしが怨嗟の咆哮をあげる。


ーーキィィィィィィイイン‼︎

水龍の咆哮を掻き消し、日本刀の鞘走りの高音が響く。

以蔵の神速抜刀が水龍の腹の柔らかいところを下から上に斬り裂くと同時に、雷の矢が12本突き刺さった。


『ゴオアァァァァァ……

おのれ……人間どもがぁぁ……』

体内で暴れる雷にたまらず、水龍が地面に崩れ落ちた。



「シータ!以蔵!

まだまだDPS上げるぞ!」


綠水は間合いを詰めたまま、何度も何度も斬りつけた。

斬り裂いてはストームを注ぎ込む。


以蔵とシータも、何度も何度も斬撃と雷撃を繰り返す。



水龍はたまらず太い尻尾を振り回し、聖なるからだまとわりつく綠水達を払い落とそうとするが、なかなか当たらない。


直撃を喰らえばHP全損するであろう綠水達は、必死の形相で避けては斬り、避けては魔法を放ち、を繰り返した。

クミルファスは後方からバフかけと回復の旋律メロディを続ける。


そこには戦術というものなどなく、特攻にも似た愚策だったのかもしれないが、綠水達はとにかく避け続け、とにかく削り続けるしかなかった。


まさしく薄氷を踏むようだったが、少しずつ、少しずつ、水龍のHPバーは削れていった。




綠水達の決死の姿を見て、完全に戦意喪失していた攻略部隊にも再び士気が灯る。


「我らも行くぞっ!

天照騎士団が異教徒に遅れをとってなるものか!」

ファーガスは生き残っている魔法職アタッカー全員に、号令をかけると、自ら魔法の射程距離まで水龍との間合いを縮めた。


「サンダーアローッ!」

天照騎士団のサブマスが放った6本の雷の矢は、水龍を死角から捉えて直撃した。


「放てぇいっ‼︎」

ファーガスが右手を振り下ろすと、天照騎士団の魔法職14名が一斉に魔法の矢を放つ。


ファイヤ・アロー

アイス・アロー

サンダー・アロー

ロック・アロー

四元属性の魔法の矢が無数に降りそそぎ、水龍を貫く!



相変わらず、壁職タンクは機能していなかったが、初めて成功した総がかりの猛攻に、流石のグランドレイドボスのHPもみるみる削れていく。



「効いてる!

このまま押し切るぞ!」

他パーティーからの援護を受け、綠水はこの戦いの中で初めて手応えを感じることができた。


「綠水、以蔵、押さえ込んでてくれ!」

シータも同様に手応えを感じ、今が畳み掛けるべき要所と、間合いを広げた。


綠水と以蔵は、彼の意を汲み、詠唱の時間を稼ぐべく斬撃の速度をさらに上げていく。


クミルファスは、すかさず武力の協奏曲フォース・コンチェルトを奏でて、シータの魔法力にブーストをかける。




「天のことわりを紡ぐべき風の道……

氣道に転じ鬼道を制すはあかしまの風……」

シータはゆっくりと魔力を練り上げながら詠唱を始めた。



「あ、あいつ!

いったい何種類の魔法を習得してるんだ⁉︎」

遠巻きに居るファーガスが驚きの声を上げる。



シータのスキル振りは、マジックスキル一本という完全魔法特化だった。


本来であれば、魔法職を自認する冒険者であっても、幾許いくばくかのスキルポイントはライフスキルやエンチャントスキルといった補助系のスキルに回すものだが、シータは全ポイントを魔法習得に回している。


それは、同じ魔法職の冒険者からしても、ひと際異彩を放っているように見えた。




有相無相うそうむそうを薙ぎ倒せ嵐刃らんじんっ!

乱舞する嵐の刃(ストーム・ブレイド)ォッ‼︎」


神速の魔導師ライトニングソーサラーが詠唱を完成させると、水龍の周りの空気が、まるで暴風雨の中にいるような音を立てながら収縮と膨張を繰り返す。

水龍の立つ地面の辺りの空気が真空の刃を形成したかと思うと、竜巻のように一気に上空に捲き上った。


捲き上る真空の刃に螺旋状に切り刻まれ、水龍の短い前足が一本千切れ飛んだ。



『ガアァァァアアッツ!

人間風情がよくもっ!』

水龍が長い胴をのたくらせながら苦しんでいる。

そのHPバーは半分近くまで削れていた。



『忌々しい虫螻むしけらどもがっ!』

胴をのたくらせていた水龍はそうえると、尻尾を大きく振り上げた。


振り上げられた尻尾が地面に叩きつけられると、そこから高速で振動と魔力が放射展開する。



「スタンくるぞっ‼︎」

水龍の特殊攻撃前動作に気づいた綠水は大声で叫んだが、時すでに遅かった。


四方八方に走った振動は全冒険者を拿捕だほし、スタン状態を付加する。

もちろん、綠水も例外ではなく、動きを封じ込められた。



「くっ、なるほど……

HPを5分の1削る度にスタンがくるのか……」

スタン発動条件に気づくのが遅かった。

この後、例の貫通攻撃で誰か一人がまた死ぬ。

綠水はクラレンスの最期を思い出し総毛立った。




動きを封じ込められた冒険者達を舐め回すように睥睨へいげいしながら、水龍は宙に舞い上がった。


嵐の刃で千切り落とされた前足と、幾度となく斬り裂かれた胴体から大量の血が地面に滴り落ちてくる。


『暇潰しのつもりじゃったが……

まさか、ここまで刻まれるとはのお……』

水龍が、静かにそして冷たく発した。


『じゃが、これ以上、虫螻むしけらをのさばらせては水の神ミヅハの名のけがれとなろう……

楽しかったぞ、汝等うぬら……

では、そろそろ逝けっ‼︎』

水龍は冒険者達に最後通告をすると、広間の天井に向けて大きく口を開けた。


ーーゴオォッ

水龍の口から漏れる冷気が空気を凍らそうとする不気味な音が鳴り響く。


冷気と魔力が臨界に達し吐き出されると、地が裂けたかのような轟音が空気を揺らし、一瞬にして広間の天井全てが凍りついた。


凍りついた天井から無数の巨大な氷柱つららが形成されたかと思うと、それが地面に向かって超高速で降り落ちてきた!


避ける場所は見あたらない。

広間一面に広がる巨大氷柱(つらら)が凶撃となり、攻略部隊の息の根をとめにかかってくる。



「フィールド攻撃⁉︎」


絶対的な暴力

回避不能の特殊攻撃


綠水達は圧倒的な死の予感を前にして、ただただ無力だった。

2017/08/17 14:05 誤字訂正

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