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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第2章 異教徒割拠(上)
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第33話 【斥候】

パーティー編成会議の開始を待つ中、イングリッドとの舌戦に勝利したクミルファスは、けらけらと笑って居た。


「いや〜

綠水ちゃん、ナイスアシストやったで〜

おおきに、おおきに」


「始め喧嘩腰だったから、ハラハラしたぞ」

綠水は、苦笑いを隠さず舌戦中の何とも言えない心中を表現した。


「かんにん、かんにん!

もうちょっとアタマの切れる相手やったら、うちらを当て馬に使うように誘導するんはちょろいんやけど……

イングリッドのやつは、脳筋なうえにプライドの塊やからなあ……

ああいう話の通じんやからは、正直やりづらいわ」

クミルファスは、両手を広げて呆れる仕草をしながら、舌戦で降した相手を評してみた。




舌戦の経緯はさておくとして、イングリッド達だけを先にレイドゾーンに入らせてしまう事態にならずに済んで、綠水は心底胸をなでおろしていた。


「十中八九、カナさんはレイドゾーンの中にいる……

イングリッド達だけを先に行かせてしまうと、カナさんを戦闘に巻き込んでしまうかもしれない……

オレたちは、やつらの攻略戦に参加するしか手はなかったんだよ」


「せやな……

綠水ちゃん、うちが言うてたグランドレイドの情報収集やけど、こうなったからには、いったん忘れてや!

サブマスへの土産は他のもん考えるさかい!

チームはみタコ君は、カナちゃんの救出を最優先する!

それでいくでっ!」

クミルファスがパーティーの取るべき優先順位を言葉にして明示してくれた。



「クミルファス……

結局、オレの目的を優先させることになって、ごめん……」


「ええねん、ええねん!

なんか知らんけど天狗になっとるイングリッドも気に入らんしな!

ヤツの鼻をへし折ったろうや!」


綠水が責任を感じ過ぎないように、クミルファスは握った拳を突き上げる仕草をして、景気づけてみせた。



そのとき、天照騎士団のギルマスのよく通る声が再びダンジョン内にこだました。


「定刻だ!

パーティー編成会議を再開する!

皆、集合せよ!!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「全員集まったか?」

冒険者の集団に囲まれるよう中心に位置取ったイングリッドが発した。



「はっ!

天照騎士団、正規兵43名と予備兵5名、全員揃っております!」

天照騎士団の団員が点呼結果をギルマスに報告した。


「真理の扉の5人も揃ってます」

アインスウィルも続いて報告する。


「うちら4人もお忘れなく〜」

クミルファスは、右手をひらひらさせながらパーティーリーダーの綠水より早く点呼に応じた。



「よろしい!

予備兵も含めた総勢58名で、これよりパーティー編成を行う!

ファーガス!!」


「はっ!」

イングリッドに指名され、金髪の男性冒険者が一歩前に歩みでた。

彼は、身長はイングリッドと同じくらいの高身長だが、体格の良い者が多い天照騎士団の団員にしては珍しく細身の冒険者だった。



綠水は、ファーガスと呼ばれた男性冒険者のことを知っていた。

いまは遠征用に、天照騎士団の純白の重装鎧を装備しているが、その男がギルドルームで純白のローブを身にまといギルマスのそばに立っている姿を何度か見たことがある。

彼は、天照騎士団のサブマスで魔法使いを自認するプレイヤーだった。


「では、これより攻略部隊の陣容を発表する」

天照騎士団のサブマスは、ギルマスの尊大さを真似るように発した。



ファーガスから発表されたパーティー編成によると、残念ながら綠水達は戦力としてみなされていなかった。


天照騎士団から6名のパーティーが4組

天照騎士団5名と真理の扉1名のパーティーが5組

それに加えて綠水達4名のパーティー

計10組のパーティーという陣容。


「以上!何か質問はあるか?」

一方的に攻略戦の陣容を発表した後、ファーガスが問うてきた。



「はあ?

うちらには、ヒーラーが割り振られとらんのやけど、どういう了見や?」

クミルファスは不満な表情を隠さず、ファーガスに質問した。


この集団には、真理の扉に5名、天照騎士団に5名のヒーラーがいたので、通常であれば10組のパーティー全てにヒーラーが配置されておかしくないはずだ。


ところが、ファーガスから発表された陣容によると、主壁を担うイングリッドのパーティーにヒーラーが2名配置され、綠水達パーティーにはヒーラーがない、というものだった。



「おいおい、クミルファス?

諸君らは、そもそもヒーラーなしで牛頭馬頭ごずめずを全頭(ほふ)ってきたのだろう?

預流者の才(よるしゃのさい)がふたりもいるパーティーならヒーラーの有無など気にしなくてもよい小事ではないのかね?

それともまさか、怖気づいているのか?」

イングリッドが悪意ある笑みを浮かべながら、ファーガスに代わってクミルファスの質問を門前払いしてきた。


「そういう問題やないやろ!?

ふざけとったらあかんで、イングリッド!」

クミルファスは気色ばむ。


「イングリッドさんのパーティーには天照騎士団のヒーラーがいますから、私が綠水くんのパーティーに入りましょうか?」

すわ舌戦再開か!という雰囲気を見かねたアインスウィルが折衷案として提案してきた。



「いや、認められんな!

アインスウィルは私のパーティーだ!

そういう契約のはずだったが?」


「確かに契約はそうですが、効率よく戦力を再構築するならーー」


「駄目だ!

綠水たちには、そのままの4人パーティーで参加してもらう!

不満なら攻略戦から外れてもらっても構わないが……どうする綠水?」


イングリッドは、アインスウィルの提案も一顧だに値しないと頑なに断ずる。



「アインスウィルさん、ありがとうございます」綠水は、配慮に対する礼を先に示した。

「イングリッド……

少し相談させてくれ」


「結構!

だが、手短に頼むぞ?」



綠水達はイングリッドに背を向け、自分達パーティーが取るべき判断を話し合う。


「なんやあれ?

完全に嫌がらせちゃうか?

ほんま、けったくそ悪いやっちゃ!」


「確かにそれもあるとは思いますが、主壁にヒーラーを2名置くこと自体は策として悪くないと思います」


憤るクミルファスをシータがいつもの正論で冷静になだめる。


「まあ、それは分かるけど……

なんか、めっちゃ悪意を感じるんやけどなあ」


「それに、カナさんの救出を考えたとき、身軽なパーティーで遊撃に徹することができるのなら願ったり叶ったりだ!」


綠水も別角度からの正論でクミルファスをさとす。


「俺は難しいこと分かんないけど、みんながいてくれればガンバるよー」


以蔵はろんもなく無邪気に言う。


「イングリッドの思う壺でなんか腹立つけど……

みんながそれでええなら、うちも異論はあらへんよ」

パーティーメンバーの意見を聴き、クミルファスも怒りの矛を収めることにした。




「イングリッド、そのパーティー編成でオレたちは異論ない……ただし、条件がある!」

綠水はイングリッドの方に向き直ると、パーティー内の統一意見としてイングリッドに投げかけた。


「なんだ?言ってみろ」


「ヒーラーのいないオレたちパーティーは、遊撃隊とさせてもらいたい!

そして、カナさんの救出を最優先することも認めてもらいたい!」


「ふっ……

勝手にしろ!

だが、我々も諸君らパーティーのフォローは後回しにさせてもらうからな?

それでもせめて、猫の手ぐらいには役に立ってくれよ?」


「それで構わない……」

綠水がそう言うとイングリッドは、話はついたとばかり綠水達に背を向けた。


パーティー編成の話し合いは、イングリッドの意向に従い、綠水達パーティーにヒーラーは割り振られないことで決定した。




「ごめんね、みんな……

HPバーは見えないけど、そっちのパーティーのヒールも気にするようにしとくからね?」

アインスウィルが両手を顔の前で合わせながら、こそっと綠水達に耳打ちしてきた。


「アイちゃん、逆にすまんなあ……

うちら、その気持ちだけで十分やで!

何が起こるか分からないグランドレイドやし、アイちゃんはうちらより自分のギルドの子を護ったって!」

クミルファスはアインスウィルの肩に手を置きながら、気遣いを返す。



「クミっち……

あのとき、イングリッドさんからのレイド参加依頼を断っておいたらよかったよ……

ほんと、ごめんね」


「ええねん!

しっかし、イングリッドのヤツ、何が『アインスウィルは私のパーティーだ』やねん!

じぶん壁できるやろてツッコミたくなったわ!」


友人に暗い表情をさせたくないとばかり、クミルファスはおどけるように毒づいた。



「しぃ!

クミっち、聞こえちゃうよ!」

アインスウィルは彼女の毒舌に、思わずくすりと笑う。


「聞こえるように言うてんねん!

普段あんなに偉そうにしとるくせに、自分だけ聖壁せいへきの乙女に護ってもらおうとしとる…

なんちゅう器のこまいヤツなんや!」

クミルファスは吐き捨てるように、さらなる毒を吐いた。



「クミっち、クミっち〜

毒吐きすぎ」


「あはははは、かんにん、かんにん!

アイちゃん、ええか?

誰ひとり欠けることなく、エドに帰るで!

オールで祝勝会やるさかい、覚悟しときや」


女友達ふたりは笑いながら生きて帰る約束を交わすと、拳と拳とを軽くぶつけて誓いを立てた。



そのとき、ファーガスがギルマスの威でも借るように、再び尊大に発した。

「諸君、他に質問はないか?」



「戦術の共有はないのか?」

シータは手を上げ、静かな口調で質問した。

彼の目はファーガスではなくイングリッドを見捉えていた。


「これはこれは、神速の魔導師ライトニングソーサラー君か……

正直なところ、諸君らのパーティーには戦術に参加することを期待してはおらんよ?

カナとやらの救出のついでに、遊撃隊としてレイドボスをかき乱してくれれば、それで結構!」

ご指名を受け、ファーガスの代わりにイングリッドが返答してきたが、その態度は不遜さを隠していないものだった。


「なるほど……

では、そうさせてもらおう」

シータはあくまでも冷静な対応を変えずに質問を終えた。


「すごく感じ悪い人だねー」

他人の悪口をあまり言わない以蔵ですら、その不遜さにあんぐりとしている。


「ほんま、けったくそ悪いヤツやで!

とにかく、うちらの最優先はカナちゃんの救出!

カナちゃんを救出したあとは、イングリッドの言うとおり遊撃しながら高みの見物といこうや!」

意地悪な笑みを浮かべながらそう言うクミルファスは、カナ救出後は本当に高みの見物と洒落込みそうな雰囲気だった。




総勢58名、10組のパーティー。

レイド参加上限には2名不足だが、攻略のための体制は整ったといえる。


ただし、これが普通のレイドだったならばだ。

彼らがこれから挑むのは、リリプラ初のグランドレイド。


レイドボスの強さも未知数で、仕様も通常レイドと同じなのかどうかも不明だった。

実際のところ、五里霧中で何が起こるかわからない状態だと言える。




「それでは、これよりグランドレイド攻略戦を始める!

狙うは踏破の黒瑪瑙石碑(ブラックオニキス)に我らの伝説を刻むことただひとつだ!

主神アマテラスの威光をここに突き立てるぞ!!」


『オオォォォォオ!!!』


イングリッドが出陣の士気を鼓舞すると、天照騎士団の団員が応じて雄叫びをあげた。




「みんな、縮地門はもっとるな?」

クミルファスが真剣な表情でパーティーメンバーに命綱の確認を促す。


「タクトさんたちがレイドゾーンに入ったとき、敵は入り口で待ち構えていたらしい!

いきなり戦闘が始まるつもりでいくぞ!」

綠水もリーダーとしてパーティーメンバーに号令した。




攻略部隊の各パーティーで一斉にレイドゾーン入室前のバフがけが始まる。


様々なスキルエフェクトが各所で発現して、薄暗いダンジョン内が多色な光で幻想的に彩られる。


レイドゾーン入り口の大理石扉に浮き彫りされている龍神のレリーフが光に彩られ、生命が宿ったかのようにうねって揺れるように見えた。


幻想的ではあったが、それを見る綠水の胸中には何故か嫌な予感が広がっていった。




各パーティーのバフがけがひと通り終わったことを確認すると、イングリッドは大理石扉に手を当てた。


宝珠を掴み天昇する龍神が浮き彫りされた巨大扉は、その大きさとはうらはらに、拍子抜けなほどの軽い音を立てて、観音開きに開いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




ついにグランドレイドの扉が開いたのだが、最初に攻略部隊の目に飛び込んできたのは、レイドボスの姿ではなく、一面に広がる濃い霧だった。



綠水がタクトから預かったデータによると、このレイドゾーンは、四辺が100メールを超える正方形の形状の閉鎖空間だったが、そこは何故か濃い霧に包まれており、辺りを正確に視認することができなくなっていた。



「団長!!

ど、どうしましょう?」

いきなり想定外の景色が広がったことで、攻略部隊に少なからずの動揺が走る。


「慌てるでないわ!馬鹿者っ!

総員警戒を怠るなっ!」

イングリッドは浮き足立つギルメンを、そのよく通る声で一喝した。

そのまま、綠水達パーティーの側に歩み寄り、綠水の肩をぽんと叩く。


「綠水…斥候を頼めるかな?」


「おい、イングリッド!

気軽にふざけたこと言うとったらあかんで!」


ここは既に、命のやり取りがなされる戦場なのだ。

クミルファスは、先ほどまでのイングリッドとのやり取りで見せた以上の迫力で彼に噛みついた。

理不尽な要求を繰り返すイングリッドに怒り心頭の様子だった。



「いや…クミルファス、いこう」

綠水は眼前に広がる霧の向こうに警戒心を置き続けながら、パーティーリーダーとして、怒り心頭の彼女に指示を出す。



「せやかて、綠水ちゃん!

イングリッドのやつ、完全にうちらを捨て駒にするつもりやで?もう許せんわ!」


「いや、どっちにしても状況確認は必要だろ?

それに、戦闘が始まる前になんとかしてカナさんを見つけ出したいし……」


綠水の正論に、クミルファスも渋々だが従うしかなかった。

綠水達パーティーは、斥候役として濃い霧にをかき分けながら一歩一歩慎重にレイドゾーンを奥に向かうことにした。


霧で斥候役の背中を見失わない距離を保ちつつ、イングリッド達の本隊が続く。




斥候役パーティーとして攻略部隊の先頭を歩み、しばらくレイドゾーンを進んだ綠水達は、その中心部あたりで信じられないものを発見する。


「なん……だと?」

綠水は驚きに打たれて声をらした。


そこには、誰もが我が目を疑うしかない“もの”が在った。

2017/07/23 18:30 誤字訂正

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