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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第2章 異教徒割拠(上)
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第31話 【たなびく団旗】

「以蔵、どうだ?

いけるか?」


以蔵が迷いのかせから解放された様子であるのを確認したうえで、綠水はダンジョン探索の再開を促すように言った。


「うん!

もう大丈夫!」


以蔵は、すっくと立ち上がった。


「俺、みんなとキョウの街に行く!

タヤユガから戻ったらクライドさんにちゃんと断ってくる」


「そのときは、俺も同行するさ…

俺もまだ正式にギルドを抜けることをクライドに伝えてないからな」

シータは以蔵の肩を軽く叩きながら言った。


「よっしゃ!

ほな、サクッとグランドレイドの情報を仕入れて、エドの街に戻ろか!」

クミルファスも立ち上がり、景気よく発した。




綠水達パーティーが6層に入って、かなりの時間が経っていた。

マッピング済みの箇所は既に5層の広さを超えており、いよいよ最奥が近づいてきたであろうことを示している。

パーティーの足取りが自然と早まる。




ここまで来て、お互いの胸臆きょうおくを開いた綠水達パーティーだったが、パーティーリーダーの綠水自身には、まだ皆に告げていないことがあった。


シータと交代して、先頭でマッピング作業を行いながら綠水は、自身のこの遠征での目的をパーティーメンバーに告げるべきか否か逡巡しゅんじゅんしていた。



先ほどの話で、このパーティーが目的として最優先すべきはグランドレイドの情報収集であることが明らかになった。


しかし、綠水には、それ以外に為すべきことがある。

プレシャス・ファミリーのギルマスであるタクトから頼まれたカナ救出を果たさない限り、綠水はタヤユガを離れるわけにはいかなかった。


グランドレイドの情報収集だけであれば、たとえ水龍と戦闘になったとしても、タイミングを見計らって縮地門を使用して脱出ができる。

グランドレイドの攻略が目的ではないのだから、死傷者が出るリスクは少なくて済む。


ところが、カナ救出をこのパーティーの主目的としてしまえば、話は違ってくる。

カナが避難している場所がレイドゾーン外ならば問題はないが、何かの理由で彼女がレイドゾーン内に居る場合、パーティーはカナ救出を遂げるまで水龍の攻撃に晒されるというリスクを負う。


自分の個人的な目的のために、この仲間達を巻き込んで良いものか……

綠水は答を出せぬまま、ダンジョンを奥に奥にと進んでいく。




そのとき。


「我ら“はみタコ君”パーティーは、タヤユガが終わったらキョウへ遠征!

…てことになったけど、綠水ちゃん?

キミはどうするんや?

まだ返事聞いてへんよな?」


綠水の逡巡しゅんじゅんを見透かすかのように、クミルファスが尋ねてきた。



「…………」

綠水は、クミルファスの尋ねに即答しかねた。


「なんや?

この後に及んで、行かへんとか言うんやないやろな?」


「そうは言ってないって!

そうは言ってないけど…

オレはいま、果たさないといけない約束があるんだ…

そいつが終わらないと、なんとも言えない…」


「ふふふ…

そんなことやと思ったわ

綠水ちゃん、キミがタヤユガに行くって言うた最初から、うちはなんか訳ありなんやと踏んどったんやで?」


「くっ…」

またしても彼女の話術の巧みさにまったことに気づき、綠水は舌を巻いた。



「なあ、綠水ちゃん…

さっきは一緒に死にかけて、

そっから腹わって話もした!

うちらは仲間やろ?

仲間には隠し事は、なしなんやで!」


クミルファスは綠水の顔を見ながら、真剣な眼差しで言ってくる。



「おい、綠水!

いまはモンスターの湧きが少ないからいいが、グランドレイドのゾーンでは、パーティー内の情報共有が薄いことで不測の事態が起こることもあり得るんだぞ?」


シータは正論をもって迫ってくる。



「綠水兄ちゃん、たまには俺たちのことを頼ってよ!」


以蔵も自分達のことを信頼しろと言ってくれる。




そうだった…

この仲間は信じて頼っていいんだ…

綠水は、ふっと肩が軽くなったような気がした。


そして、彼はタクト達から聞いた話をパーティーメンバーに告げることを決心した。



タクト達パーティーが5層で崩落事故に遭ったこと、

5層に戻る階段を探して6層を彷徨った挙句、6層最奥で偶然にもレイドゾーンの入り口を発見したこと、


綠水は順を追って話していく。



「エドの街で噂になっていた話は本当だったんだな」

シータも噂を耳にしていたようで、そう呟いた。


「ああ、オレはそのギルマス本人から話を聞いたんだ。

噂は本当だ。

そして、この話にはまだ先がある」


そう言うと、綠水は前を向いて歩きながら、タクト達パーティーの話を続けた。



タクト達が情報を売ることを目的にレイドゾーンの扉を開けたこと、

レイドゾーン内にいたのが水の神ミヅハの神使しんしである水龍だったこと、

そして、タクト達がギルメンのひとりを置き去りにしてエドの街に逃げ帰ってしまったこと、



こうして、綠水はタクトから聞いた話の全てをパーティーメンバーと共有した。



「タヤユガ6層の噂のレイドゾーンは本当にグランドレイドだったんだ!

そして、オレがここに来た目的は、タクトさんから依頼されたカナさんの救出…というわけなんだ」

綠水は、自身のタヤユガ遠征の目的を明かし終えると、皆の反応を伺うように後ろを振り返った。



神使しんしだと…

やはりただのレイドではなかったか!」

シータはごくりと喉を鳴らした。


「その置き去りにされたっていう子、6層はこれだけモンスターがおらへんわけやし、自力で脱出しとる可能性はあらへんか?」

クミルファスは、話し終えた綠水に疑問を投げかけてきた。



「それはオレも考えてみた…

だが、6層にモンスターの湧きが少ないのは、オレたちもマッピングをしながら初めて気づいたわけだろ?

カナさんが仮にどこか安全なエリアを確保して隠れているとすれば、6層をひとりでマッピングして歩くとは思えない。

そうなると、モンスターの湧きが少ないのも気づいていない可能性が高いと思うんだ…

それに、もし自力で5層まで戻れたとしても、あの金剛水の間を抜けないと地上への道は開けないからな…

縮地門を持たないヒーラーがひとりでそんな選択するとは、到底思えない」


綠水は、歩みを止めることなく、クミルファスの疑問に自論を返した。


「なるほど!

たしかにそうやな」


「それに…」


「それに…なんや?」


綠水は、もうひとつの仮説を説明し始めた。


「カナさんの名前はギルドリストに残っているにも関わらず、TELチャットが届かないらしいんだ…」




他のMMORPG同様、リリプラにもチャットの仕組みはある。


自分の周りに発言する際のSAYチャット

SAYチャットよりさらに広範囲に発言する際のSHOUTチャット

パーティーメンバー内でのやり取りに使うPARTYチャット

複数パーティーを束ねて戦うレイドで使用するGROUPチャット

そして、フレンドリストやギルドリスト内の特定の相手とのみ会話するためのTELチャット



この世界がゲームでなくなってから、冒険者達は現実世界と同じように面と向かって会話をすることが多くなったため、SAYチャットとSHOUTチャットを使う必要性が殆どなくなっていた。

しかし、今でもPARTYチャットとGROUPチャットは通常戦闘時やレイドの際には有益だった。

そして、TELチャットは、その名のとおり現実世界での携帯電話のような役割で冒険者達に活用されていた。



「そりゃあおかしいやろ?

もし、そんなことがあるとしたら、それは…」


TELチャットの仕組みはクミルファスも十分に承知している。

綠水の発言に対して、自然と疑問が湧いた。


「そう…

カナさんは、TELチャットが届かないレイドゾーンに居る可能性が高い…」

クミルファスが疑問を発し切る前に、綠水が答える。



リリプラの仕様では、TELチャットは相手が戦闘状態のときには繋がらないようになっていた。

レイドゾーンにおいては、ゾーン内に居ること即ち戦闘状態と看做みなされるため、やはりTELチャットは繋がらない。



「そ、そんなことありえるか?

レイドゾーンには水龍がおるんやろ!?」


「それはオレにも分からない…

だが、そう考えないと生きているのにTELチャットが届かないことの説明がつかない…」


「そう言われたら、そうやけど…」


「ただ…そうなると、レイドゾーン内での救出ということになるから…」



そのとき、シータが綠水の言を止めた。


「ふん!

なんだ?バカのくせに俺たちの心配をしてるのか?

まったく、いつまで経ってもおこがましいヤツだ」


「バカとはなんだ、バカとは!

もし、レイドゾーン内での救出となれば、水龍と戦いながら…ということになるんだぞ?

心配して当たり前だろうが!」


「ふっ…

それこそ、余計なお世話だ!

レイドゾーン内からの救出なら、お前ひとりだと余計に危ないだろうが?

救出の成功率を上げるなら、パーティーで遂行するのが当然だろう?このバカ!」


「そんなことは分かってる!

分かってるけど…

オレはみんなを巻き込みたくないから…」


理屈で考えればシータの言うとおりだったが、ここに来てもまだ、綠水には迷いがあった。

万が一のときに、皆を守り抜くだけの力が自分にあるのか…


つい今しがた、仲間を信じて頼ると決めた綠水だったが、同時に仲間を失いたくないという恐怖心にも囚われてしまっていた。



そのとき、再び殻にこもりそうになっている綠水の背中を、クミルファスがぽんと叩いた。


「巻き込みたくないとか…

まだそんなこと言うてんのか?

うちらのこと、ちゃんと信頼してや!

グランドレイドの情報収集も、カナちゃんの救出も、このパーティーならサクッと済ませられるやん!」



彼女の景気のいい言葉には、いつも知らず知らずのうちに背中を押される。

おかげで綠水は、自身の恐怖心をぐっとこらえて、言葉を発することができた。


「クミルファス…

ありがとう…

今回は、みんなに甘えさせてもらうよ…」


「今回は、とかカッコつけたらあかんで!

いつでもウェルカムや!」


クミルファスの根拠のない自信がいまは頼もしい。

綠水は素直にそう思った。



「まあ、もしかしたら、先行しとるはずのイングリッドたちがカナちゃんを救出しとるかもしれんけど…

とにかく、うちらも先を急ぐで!」


「ああ、進むぞ!みんな!」

クミルファスと綠水の号令でパーティーは、ダンジョンを進む足を早めた。




しばらく進むと、パーティーは狭い通路に大小無数の岩塊と岩片が散らばる場所に出た。

見てすぐ、くだんの崩落現場だろうと理解できる場所だった。


天井に目をやると一部穴が開いたようになっている。

穴の向こうに見えるのは5層の天井だろう。


ここが、タクト達パーティーが落ちた崩落現場で間違いなさそうだった。



綠水は自身でマッピング済みの5層データと6層データを重ね合わせてみた。

この場所の真上が5層の金剛水の間であることが分かる。

綠水は、5層を探索しているとき、タクトから預かったマッピングデータを元にして注意深く崩落現場を探していたつもりだったが、どうやら、金剛水の間での戦闘時のどさくさで見落としてしまっていたようだ。



タクトから預かったマッピングデータには、崩落後、彼らが迷い進みグランドレイドの入り口まで辿り着いたこの先の道筋が記録されている。

綠水は、タクトのマッピングデータを開いて、目の前の迷路の形状と突合してみた。


目の前で通路が三方に分岐している。

タクトのデータでは真ん中の通路がマッピング済みだった。


真ん中の通路を選んで進むと、通路は登り傾斜で大きく右に折れていた。

マッピングデータと完全に一致している。


「ふう…」

綠水は気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと深く、ひと息ついた。


「みんな!

タクトさんから預かったマッピングデータと現在位置が一致した!

これでレイドゾーンまでの道が分かる!

ここからは、一気に駆け抜けるぞ」

綠水はそう言うと、いままで以上に力強く駆け出した。

パーティーメンバーもそれに続く。



マッピングデータによると、6層の迷路もそろそろ終盤にさしかかっていると見てとれた。

レイドゾーンが間近と分かり、皆に緊張が走る。


先の空間から、流れる水音が大きく響いてきた。

この先はドーム状の空間となっていて、通路が行き止まるようだ。


「この先を左に折れれば到着だ!」


綠水を先頭に通路を左に折れると、6層初の広間が目に飛び込んできた。


金剛水の間ほど広くはない広間だったが、天井までの高さはそれを上回っているように見えた。

目測でも15メートルを超えているのが分かる。


広間の形状は円形で、ちょうど真ん中あたりを横切るように、地底川が流れている。


広間を慎重に進む綠水達に激流の音がうるさく絡みつく。

地底川はそのまま6層より下層に向かう巨大な穴に滝のように吸い込まれ落ちていっていた。


「うわぁ…

この川、落ちたらヤバそうやなあ…

うち、泳ぎ苦手やさかい」


クミルファスはそう言いながら、隣を歩く以蔵の腕にすがりついていた。



綠水達パーティーは、激流の地底川に架かる石製の橋を慎重に渡る。

先には大理石の扉が見えてきた。



タクトの話どおり、大理石の扉には宝珠を掴み天昇する龍神の姿が彫刻されていた。


ついに発見した!

と喜ぶ綠水達だったが、扉を視認すると同時に、もうひとつのものが目に入ってきていた。



冒険者らしき集団が大理石の扉の前に集結している。

遠目にも50人以上いるのが分かる。


そして、集団が大仰おおぎょうに掲げ、たなびかせている旗に、綠水は見覚えがあった。


赤地の旗に日照を背負った十字架が金刺繍されている。

あれは、天照騎士団の団旗だ。



「イングリッド!」

綠水は思わず集団に向かって駆け出していた。

金剛水の間で仲間を見捨てた彼にその真意を問いたい一心だった。

2017/07/11 16:36 誤字訂正

2017/07/12 17:58 誤字訂正

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