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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第2章 異教徒割拠(上)
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第28話 【記憶の蓋】

「どやどや?

美味うまいやろー?

ウチの店の高級回復薬(ポーション)は最高やろー?

HP用もMP用も、まだまだあるさかいに遠慮はいらんで!」


クミルファスがMP回復薬(ポーション)をぐびぐび呑みながらご満悦な表情で言ってくる。

まるで一升瓶の首を持ってラッパ飲みする呑兵衛のんべえさんのような呑みっぷりだ。


「十分、十分!

もうHPもMPも最大マックスまで回復してるから!」

綠水は苦笑いしながら、いまにもお酌をしてきそうな勢いのクミルファスに告げた。


「しかし、この回復薬ポーション

なにが高級なんだ?

回復量は他所で売ってるやつと大差ないように思うけど?」


「はあぁぁぁ?

はっあああああ??

綠水ちゃん!キミの目は節穴か?

いやいや、もとい、キミの舌はフシシタなんか?

不思議な舌でフシシタちゃうか?」

薬舗の女店主は、意味のわからないテンションでまくし立ててきた。


フ、フシシタって…

ツッコミどころ満載だったが、死地を脱した安堵感のせいなのか、いまはそんな女店主が微笑ましく見えるから不思議だ。

綠水は、ボケ担当大阪人の顔をじっと見つめながら、そんなことを思っていた。



「な、ななな、なんやねん!

綠水ちゃん、なんでそんなにジロジロうちの顔みてんねん!

気持ち悪いなぁ…

そ、そんなことより、ええか?

耳の穴かっぽじって、よう聴きや?

ウチの店の回復薬ポーションはなあ…

ズバリ味付きやねん!」

クミルファスは、微妙に赤面しながら自社製回復薬(ポーション)のセールスポイントを説明した。


「あ、味付きぃ?

それって、回復薬ポーションに必要な要素か?」

綠水のツッコミでパーティーメンバーに笑いが生じる。



金剛水の間で牛頭馬頭ごずめず一時いっときに6体も湧くなんてことは、まれな現象だった。


先ほどまで綠水達パーティーが立っていたのは、紛れもなく死地だった…

それでも、いまこうして皆で笑っていられる。


HPとMPはアイテムで回復できても、心に刻まれた恐怖心というものは、本来なら容易に拭い去ることはできないはずだ。

リリプラは、いまや“死が存在する世界”なのだから…

それでも、このパーティーでなら皆が笑っていられる。


超個性派パーティーに笑顔が戻ってきた。

メンバー達のHPとMP、そして心は十分に回復していた。




「もたもたしていて、また牛頭馬頭ごずめずが湧いたら最悪だ!そろそろ先に進もう!」


リーダーの号令でパーティーは、地底湖上に浮かぶほこらまで歩みを進める。


クミルファスが言ったとおり、ほこらのそばには天井から水が滝のように落ちてきていた。

綠水達は、滝をくぐって金剛水の間の隠された出口通路に入った。


ここからは、クミルファス以外は未踏破エリアだった。

彼女が言うには、金剛水の間の先はさらに通路が複雑に入り組んでおり、かつては6層への階段を見つけることができずに断念したとのことだ。


否応いやおうなしに、綠水達は再び緊張感に包まれた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




金剛水の間を抜けると、その先には広間は存在していなかった。


途中、通路が何箇所か枝分かれしていたが、行き止まりに当たれば引き返す…ということを繰り返し、存外容易に6層へ降りる階段が発見できた。


6層に降りてからも、綠水達パーティーがモンスターに遭遇することはなく、階層探索は順調に進んでいった。




「モンスター、ぜんぜんいないねー

退屈で、なんだか眠たくなってきちゃった…」


「おいおい、以蔵!

歩きながら寝るんじゃないっ!

緊張感のないヤツだなぁ!」


本気で眠そうに目をゴシゴシとこすっている以蔵を綠水がたしなめる。



「でもホンマ、モンスターの気配すらないなー

えらい静かなもんやで…

こりゃあ眠たくなってもしゃーないで」

クミルファスが以蔵の睡魔を軽い口調で肯定した。


「6層に入ってからここまで、モンスターが湧きやすいはずの広間がひとつも配置されていない…

この階層は、“そういう階層”として設定されているのかもしれませんね…」

シータは冷静に、モンスターと遭遇しない理由を分析してみせた。

彼の言うとおり、5層の金剛水の間を抜けてから6層のここまで、通常の階層ならところどころに配置されているはずの広間がひとつもなかった。



「せやなー

グランドレイドの神聖なるボスが棲まう階層ゆえに、モブモンスターはビビってようおらん…ちゅうわけかも知れんな!

しっかし、それなら、めっちゃゲームっぽい設定やんな!」

シータの仮説にクミルファスが賛同する。


「まあ、もとはゲームといえばゲームなわけだし、そういう設定もあり得るだろうなあ」

迷わないように慎重にマッピングを続けながら、綠水も同意した。



「モンスターが湧かないといっても、この階層、別の意味で油断できないぞ…

これまでの階層に比べて、この階層の通路はかなり複雑に造られているようだ!

通路自体が縦横複雑に交差しているうえ、目印になる広間もないから、方向感覚を失いやすい…

相当慎重にマッピングしていかないとな…」


「ああ!

わかってる!」

シータからの助言対して、マッピング作業を止めることなくパーティーリーダーが返す。


実際、進行方向から奥に進んでいると思いきや、気づくと元いた位置までぐるりと周って戻ってきてしまっている…

6層に入ってから、そんなことが何回か続いている。



くだんのタクト達パーティーも、6層をこうして彷徨っている内に、意図せずグランドレイドの扉を発見してしまったのだろう。



綠水達パーティーは、通路をひとつひとつしらみつぶしにマッピングし、ゆっくりとではあるが確実に歩みを進めていくことにした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




6層に入ってから、もう随分と歩いている気がするが、“宝珠を掴み天昇する龍神”が彫刻されているという、噂の大理石大扉は一向に見つからない。


いつの間にか、パーティーメンバーの間の会話は少なくなっていた。

誰もに疲労の色がみえる。




「しかし、イングリッドのやつ…

本当に来ていたんだな…」

疲労感を抑え、黙々と地味なマッピング作業を続けるパーティーリーダーが何の気なしにこぼした。


「さっきカナガワで馬車を探したときに、えらい馬の数が少ないとは思っとったんよ!

2頭確保するのが精一杯やったし…

イングリッドが馬を借り切っていたとしたら、あいつ相当な人数で来とるんちゃうやろか?

もしかしたら、情報収集だけやなくてグランドレイドの攻略まで考えた遠征なんかもな…」


カナガワの街で、馬車を調達しに行ったクミルファスの戻りが遅かったのは、そういうことだったのかと綠水達は納得した。



「イングリッドは、自分の遠征隊に犠牲者が出てるというのに、撤退せずにまだ進んでるんだろうか…?

死んだあの冒険者は、崇高な目的のために犠牲はやむを得ないとか言ってたけど…」

いつも横柄にみえる態度が苦手で、ついついイングリッドを避けていた綠水だが、仲間を囮にするような真似を彼がするとは思えないでいた。


「あいつ、どうしちゃったんだ…?

いったい…」

綠水がそう呟くと、クミルファスとシータは無言で顔を見合わせた。


「なあ、綠水ちゃん?

最近のエドの街、どう思う?」

唐突ではあったが、言葉を選ぶようにクミルファスが尋ねてきた。


「なんだ?藪から棒に…」


「なんちゅうたらええんやろか…

なんか…居心地わるないか?」


確かにクミルファスの言うとおり、表面上は平和に見えても、何か黒くざわついた雰囲気がエドの街を覆っているように綠水も感じていた。


綠水自身、預流者の才(よるしゃのさい)の噂で他人から理不尽に怖れられたり…悪意をぶつけられたり…そんなことが多々ある。

冒険者会館に白蛇の牙を換金に行ったときのことを思い出してみれば、他人にあれだけ剥き出しの悪意を垂れ流す輩がいるわけだから、いまの街の現状は平和などと暢気のんきに言える状態ではないのだろう。



「そうだなあ…

みんな、すごくストレスが溜まっている感じがする…かな?」

綠水も言葉を選びながら返答した。


「せやせや!

弱いもんは強いもんをねたそねみ、強いもんは弱いもんをさげすむ…

あっちもこっちも、ギスギスギスギス…

さらに、大手ギルドの連中は勢力拡大に必死ときたもんや…

うち、いまの感じめっちゃいややねん!」

クミルファスは語気を強めて言った。



クミルファスと綠水のやり取りを他のパーティーメンバーは無言で聴くともなく聴いている。



「そうだな…

でも、無理もないと思う…

誰もが望んでこんな世界にきたわけじゃないんだから…」


弱い者が強い者をねたそねむ…

強い者が弱い者をさげすむ…

幾度となくエドの街で目にした光景だった。

自分自身にもそういった感情が向けられることも多々あった。

他人から悪意を向けられることが平気なはずもないが、綠水はできるだけ平静を装いながら、そう答えた。


「綠水ちゃん、何を甘いことをいうてんねん…

キミがエドの街で色々と絡まれてるの、うちが知らんとでも思っとるんか?

キミ、ソロやし…

それに、他の預流者の才(よるしゃのさい)より優しい性格やし…

きっと、絡まれ易いんやろうなあ」

クミルファスは悲しげな表情を綠水に向けた。


クミルファスの表情は、何故か綠水の胸に刺さり、一瞬ふたりの会話がとぎれる。


沈黙したまま、パーティーは迷宮を奥に奥に進んで行く。



「クミルファス…

オレはそんなんじゃないよ…

優しい…なんて…

そんなんじゃないんだ…

オレは多分…

他人に興味がないんだ…」

ひと呼吸置いて、綠水はクミルファスに対して返した。

ここでも、慎重に言葉を選んでいるつもりだった。


「オレは、他人に深入りしたくないんだ…

だから、できるだけ他人に興味を持たないようにして、ひとりで生きてきた…

そんなんだから、孤立してて絡まれ易いんだよ!

きっとこれは自業自得なんだ…」

綠水はパーティーメンバーに笑顔を見せながら言う。

その笑顔が不自然にひきつっていたことは、彼自身気づいていないようだった。



「ひとりで生きてきた…

なんやそれ?

それ、自分がソロやっちゅうことか?

それとも、現実世界でのこと言うとんのか?」

クミルファスは歩みを止めることなく小さく呟いた。

その表情からは静かな怒りが見てとれる。


---ゆらん…ゆらん…

ダンジョンの通路の壁面に挿された松明たいまつの炎が小さく揺れている。



「………」

綠水は、確かに怒っているだろう彼女に対して返す言葉が見つからないでいた。

怒っている理由は分かっていた。

つい出てしまった本音が彼女を怒らせたのだと分かっていた。

言葉を選んで話していたつもりが…

失敗した…と綠水は思った。



綠水は、リリプラ内でも現実世界でも、目立って友人が少ないというわけではない。

基本的には誰からも“人当たりが良い”と評されており、所謂いわゆる“いいひと”なのが綠水という人物であった。


だが、それは裏を返せば、他人と深く関わらないようにして、当たり障りのない浅い関係のみを意図して築いているとも言える。


綠水は、どんなに仲良くなった相手でも、自分から相手を“信じて頼る”ということができなかった。

信じられるほどの相手に出会ったとしても、頼ることができなかった。

自分のような人間に“信頼”されては、大切なはずの相手が不幸になる気がしていた。


何故そんな風に考えてしまうのか?

それは、綠水自身も分からないでいた。

何故だか分からないし、いつからこうなったのかも分からないが、ただ漠然と自分には他人と深く関わる資格がないように感じていた。


そんな風に信頼関係を門前払いし続けできたわけだから、綠水が“いいひと”以上の評価を受けられずに、ここまで生きてきたのは当然の帰結だった。

現実世界でもリリプラでも、確かに彼はひとりで生きてきた。


いや…

それでも、例外は存在していた…

幼馴染みの“アカネ”だけは、綠水が全てをさらけ出すことができた唯一の存在だった。

全てをさらけ出すわけだから、そこには確かな信頼関係があったはずだ。


だが、今となっては、あくまでも“過去のこと”である。

この世界に彼女は居ないのだから…




綠水は歩みを止めずにはいたが、心ここに在らずとばかりの表情で次に継ぐ言葉を失い続けていた。


そのとき、クミルファスの方が小さく言葉を発した。


「……や…

な…にが………や…」


「え?」


「なにがっ!

ひとりで生きてきた…やっ!!」

クミルファスは、パーティーの先頭を歩く綠水の前に駆け出し、彼の襟元を掴みながら叫んだ。


「現実世界でキミがどう生きてきたから知らんけどなあ!

いま、ここで!

この世界でっ!!

ここでは、うちらはキミの仲間やないんか?

ツレやないんかあ!?

ふざけんなや!!」

クミルファスの感情が綠水に対して大きく爆破した。



パーティーの歩みが止まる。

シータも以蔵も、ふたりのやり取りを黙って見ているしかなかった。


クミルファスは、もともと喜怒哀楽の激しいタイプだったが、いまの彼女の感情の爆破は、周りから何か言葉をかけることができるほど軽いものではなかった。



「も、もちろん仲間だと思ってるさ!」

クミルファスの怒りに対して、そう答えながら、綠水は牛頭馬頭ごずめずとの死闘の中で、自分の口からあまりにも自然に出た言葉を思い出していた。


---信じているから、どこまでもボロボロになってでも立てる


オレは確かにそう言った。

本心からそう言った。

だがこのオレが他人を本当に信頼することができるのか?

こんなオレが他人を信頼する“資格”があるのか?

こんなオレに信頼される他人は…不幸になるのじゃないか?


綠水は無言のまま思考を巡らせた。

思考を巡らせるというよりも、彼の思考はもつれにもつれ切ってほどけない糸のようになっていた。



…信じてもいいのか?

…頼ってもいいのか?

…この仲間たちは失ってはいけない…そんな気がする…


綠水がそう思った瞬間、彼の側頭部に激痛が走った。

「痛っ…!」

急な頭痛に左手で側頭を押さえる綠水。

頭の中でまた“蓋”がガタガタと音を立てて暴れている…

そんな感覚がした次の瞬間、目の前が真っ暗になった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『……ごろ…し…

ひ…ごろ…し…

ひとごろ…し…』

目の前は真っ暗だったが、綠水の頭の中には、知らない男の声が響いていた。

だが、よく聞き取れない…


『人殺し!!』

今度は、はっきりと聞こえた。


『お前は敵対する者を殺す…

それだけでは飽き足らず、大切な者をも殺す…

お前は悪魔だ!

そんなお前が幸せになっていいはずがないだろうが!!』

知らない男の声が暴れる。


男の声に呼応するように、綠水の頭の中で“蓋”もガタガタ、ガタガタと大きく跳ね暴れる感覚がする。

真っ暗になった目に映るその“蓋”は、決して思い出してはいけない“記憶の蓋”のような気がした…

薄れゆく意識の中で綠水は、その“蓋”を閉じなければいけないと思い焦った。


---ガタガタ!ガタガタガタガタ!

“記憶の蓋”は暴れてずれて、半分ほど開いている。


『何故、殺したんだ!?』

“蓋”が半分開いた穴の中から男の声がした。

『何故、殺したの…?』

続いて女の声もした。


“蓋”を開け、穴から血塗ちまみれの“誰か”の顔が出てくるのが見えた…



「ああぁあああぁぁぁァァァアアアアア!!!!」


綠水は大声をあげて気絶した…

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