表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第2章 異教徒割拠(上)
28/45

第27話 【牛頭と馬頭〜その2】

---キィン!

---ドガッ!!

---ガスッ!!!


5体のモンスターは、綠水めがけて狂ったように金棒や大鉞おおまさかりを振り下ろす。

以蔵もヘイトを奪わないよう攻撃間隔に気を払いつつ、一撃離脱を繰り返すが、モンスターどものHPバーは一向に減らない。


ときに黒剣で受け止め、

ときに黒剣で弾き返し、

ときに黒剣で受け流し、

辛くも凶撃をかわし続ける。


5体の猛攻をなんとか凌いでいるように見えたが、避けたはずの金棒が頬をかすめ、避けきれなかった大鉞おおまさかりが腕や脚をえぐる。


綠水のHPバーは少しずつではあるが、確実に削れていく。



---ドガッ!!!


「ガッ!はっ…」

1体の牛頭ごずの金棒が背中に直撃した!

そのまま地面に叩きつけられ吐血する綠水…

HPが一気に持っていかれる。

綠水のHPバーは、もう半分を切っていた。


「ぐっ…まだ…だ

まだ!だあぁぁぁ!!」

咆哮で自分を奮い立たせ、立ち上がる魔法剣士。


「りょ、綠水ちゃん!

いまヒールするからなっ!!」

クミルファスが泣きそうな表情でヴィーナを構えた。


「クミルファス!!

ダメだ!

先に…シータにブーストをっ!!」

綠水は右のてのひらを向けて、制止する仕草をする。


「せ、せやかて!!

綠水ちゃんが死んでまうっ!!」


「いいからっ!

クミルファス…頼むっ!早くっ!!」


「くっそおおおぉぉぉぉ!!

武力の協奏曲フォース・コンチェルトオォォォ!!!」


クミルファスが奏でたとき、神速の魔導師ライトニングソーサラーは瀕死の前衛から少し離れた場所で直立姿勢で瞑想していた。

シータの両手に魔力が膨れ上がっているのがわかる。


「アイス…

アイス…

アロオォォォォォォ!!」

魔力を一気に解き放つと、12本の氷の矢が最もデカイ牛頭ごずめがけて飛び出した。


術者本人もそのまま敵に向かって距離を詰める。

発火魔法の届く間合いに入り素早く詠唱した。

「…フレイム!

フレイム!!!」

ひとつのターゲットに対して、ふたつの発火魔法を重ね掛ける。


巨体の牛頭ごずの上半身と下半身が炎に包まれた。



---グモオォォォオッ

苦しんではいるが、削れるHPバーはわずかで、致命傷にはほど遠かった…



そのとき!!

---ドス…ドスドスドスドスドスドス…


先ほどシータが放った12本の氷の矢のすべてが牛頭ごずに突き刺さる。


---キィィィイィィン


発火魔法で燃やされている牛頭ごずの体が急激に冷やされる音がした。



体の内部が高温の炎で膨張し、

体の表面は氷の矢で急速冷却され収縮する。


そのひずみに耐えきれなくなった、牛頭ごずの全身に幾筋ものひびが入った。



---パリィィィーン


幾つものひび割れが全身に広がり切り、その巨体が砕け散る!

同時に巨体の牛頭ごずは赤色の結晶を弾け飛ばして消滅した。


だがしかし、たかだか2体目の消滅を喜んだり、確認したりする余裕すらパーティーにはなかった。



接近戦で残りの牛頭馬頭ごずめずを一手に引き受け続ける綠水は、降り注ぐ凶撃の雨を払うのが精一杯で、敵のHPバーを削ることは、ほとんどできていない。


4体のモンスターのHPバーは、どれも1/5(ごぶんのいち)すら削れていない。


逆に、綠水のHPバーは残り1/10(じゅうぶんのいち)

既にレッドゾーンに突入していた。



「もうギリギリもええとこやで!綠水ちゃん!

聖なる賛美歌(ホーリー・コラール)!!」

今度は誰に許しをこうでもなく、クミルファスは癒しの旋律メロディを奏でた。


綠水のHPバーが僅かばかり回復する。


「ありがとう!クミルファス!

これでまだまだイケる!!」

綠水は気丈に振る舞ってみせたが、彼に限界が近いのは誰の目にも明らかだった。



「まずい…

このままだと、じり貧だぞ…

どうするんだ?綠水…」

綠水と背中を合わせながらシータが発した。


「……策は…ある

お前の嫌いな博打だけどな…

のるか?」

微笑みながら、そういう綠水。


「博打は嫌いだが、このまま全滅よりは全然いい…」


ふたりは目を合わせ、無言のままハイタッチで応え合った。




「以蔵!

いったん下がるぞ!」


そう言うと壁役の魔法剣士は牛頭馬頭ごずめずの間合いから離脱した。

魔法使いもその後に続く。


「わかった!綠水兄ちゃん!」

以蔵はそう言うと、ぐりゅん!と遠心力をつけながら一回転して、牛頭馬頭ごずめずどもに向けて刀を超高速で薙ぎ払った。


「ブレイドッッウェイブ!!!」


---ゴゥッ!!

以蔵を中心として払いの軌道に円弧の衝撃波が生じ飛ぶ!


---ドゴオォォオオオオン


ひときわ大きな炸裂音が牛頭馬頭ごずめずの塊の中で起こる。


野生の本能によるものなのか、モンスターどもは両腕を体の前で固く閉ざして防御の姿勢をとるが、そのまま衝撃波の直撃を喰らい、大きく後ろにもっていかれた。



神速抜刀と同じく、数少ない以蔵のスキル!

舞刀衝撃波(ブレイド・ウェイブ)はミンストレルの旋律メロディでブーストされ、強烈な破壊力をみせた。


冒険者パーティーとモンスターどもの間に間隙の間合いができる。



一撃離脱で側まで戻ってきた以蔵を確認すると、パーティーリーダーはメンバーに策を告げた。



…………………



「なんやて!

そんなんバクチすぎるやろ!!」

綠水の策を聴いて、クミルファスは賛同しかねるとでも言いたげな雰囲気で発した。


「オレと以蔵で敵全体のHPを半分まで削ることができれば…

いけるはずだ!」


「だから、それがバクチやねん!!

なんでや…なんで綠水ちゃんばっかり、そんなボロボロにならなアカンねん…」

クミルファスは目に涙を溜めている。


「……泣かないで、クミルファス

オレはこれっぽっちも死ぬ気はないんだ!

以蔵を…

シータを…

そして、クミルファスを信じているから、どこまでもボロボロになってでも立てるんだ!」

泣きそうな彼女を落ち着かせるため、咄嗟とっさに出た言葉とはいえ、他人を信頼できないと自認する自分の口から、そんな台詞が出たことに綠水自身が驚いていた。



「クミルファスさん…俺はこの策にのります!

綠水のことは俺が一番わかってます…

こいつは、全然諦めてなんかいませんよ!

…バカですから」


「バカとはなんだ!バカとは!!」


シータと綠水がいつもすぎるやり取りをするから、パーティーメンバーは無理矢理にでも笑顔をつくってみせるしかなくなった。



「さあ!これで決めよう!

いくぞっ!!以蔵!」


「兄ちゃんこそ、しっかりね〜」


再び、モンスターどもに突っ込むふたりに、クミルファスの癒しの旋律メロディが精一杯の後押しをする。


綠水のHPバーは半分まで回復していた。



---ドカッ!

---キィン!!

---ズザッ!ズガッッ!!


綠水の剣撃!

以蔵の刀技!


異形の獣物ケダモノのヘイトは魔法剣士が一身に引き受け、サムライの斬れ味鋭い日本刀が少しずつ敵のHPバーを削ってゆく。


一進一退の攻防の中、綠水は位置どりを意図して牛頭馬頭ごずめずを地底湖の浅瀬まで引き込んだ。


水上での激しい攻防が続く!

水飛沫みずしぶきの舞い上がる中、魔法剣士とサムライの命をかけた剣技刀技が冴える!!


そのとき、綠水のHPバーは再びレッドゾーンに入りかけていた。


「あ、あかん!

回復せんと綠水ちゃんがっ!」


「ダメです!!

俺たちは魔力を練り続けないと!」

クミルファスの絶叫をシータが制す。


「あと…少し…

あと少しで4体均等に削り…終わるっ!」

敵のHPバーを注意深く観察しながら、無数の凶撃を凌ぐ綠水だったが…


刹那!


4本同時に牛頭馬頭ごずめずの武器が襲いかかってきた。


体をかがめて2本は避けるが、もう2本が避けきれない。


右からの大鉞おおまさかりを黒剣で受け止めると綠水の骨がきしんだ。


最後の金棒を防御する術はなく左腕に直撃を受けてしまう。


「ぐあぁぁ!」

激痛が走る!

左腕の骨が折れたかもしれない。

HPバーは残り1/10(じゅうぶんのいち)を切った。


自分のHPバーがレッドゾーンに入ったのもお構いなしに、綠水は以蔵に向かって指示を投げた。

「以蔵!左だ!

左の牛を狙えっ!」



---ズシャアァァァア!


綠水の指示に以蔵が刀技で応える。

その一閃で4体の牛頭馬頭ごずめずどものHPバーはいずれも半分以下に達した。



「いまだ!

引けっ!!以蔵ぉ!!」

リーダーからの合図を確認し、手筈どおりに地底湖の水面から離れる以蔵。


「いくぞぉぉぉ!

クミルファス!シータァァ!!」

綠水は満を持して大声で発する。



「天空を震わすいかづちよ…

物理を遊離せしめしいなづまよ…

我が命を糧に示現せよ雷電っ!

荒れ狂う雷電(サンダー・ボルト)ォォォ!!」

ゆっくりと…

練り上げた魔力を残さず込め切るかのようにゆっくりと…

シータの詠唱が辺りにこだまする。



雷の交響曲フォーシーズン・シンフォニアッ!!」

クミルファスもありったけの魔力を込めて、夏の雷雨のように激しく、ヴィーナの弦をかき鳴らす。



2人のスキル発動を確認すると同時に、綠水自身もいかづちの矢を自分の真上に打ち上げる。

「サンダァァァァーアロォッ!」




6本のいかづちの矢

激しい落雷

けたたましい雷雨


その全てが綠水に向かって襲いかかる!



そして、この一点しかない!

という紙一重のタイミングで綠水はさらに詠唱した。

「大地よ…万物を喰らい込め…

グノームッ!レインフォース!!」


彼が短文詠唱の強化魔法を唱えると、地底湖の湖底から粘土質の地面が、まるで生き物のようにうねりながら大きく盛りあがってきた。



次の瞬間…


---ピカッ!!!

---ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


綠水達の生んだいかづちが反応し合い、地下空間で大きな火花放電が起こった。

高電圧によって空気が電離して震えたかと思うと、怒れる龍のような姿の巨大プラズマが生じて湖面を捉える。


---ドゴガァアァァァァン!!!


湖面が高電圧のプラズマ放電を被ると、水面上を四方八方に稲妻いなずまが走った。

大電流により一瞬にして湖面が煮えたぎる。



…………


激しい閃光と大轟音が収まり、高く吹き上げられた水飛沫みずしぶきが降り注ぐ。

水飛沫みずしぶきが雨音となって、しとしとと聞こえるだけの静寂。


地底湖に目をやると、4体の牛頭馬頭ごずめずの姿は消滅している。


怒れるいかづちの龍に呑まれ、敵は一瞬にして蒸発し切っていた。


死亡エフェクトである結晶が飛び散ることも視認できぬほど一瞬のできごとだった。




「やった…んか?」

クミルファスは静かになった湖面を茫然と眺めながら呟いた。


「あかん!

綠水ちゃん!

綠水ちゃんは無事なんか!?」

はっと我に返って、彼女が大声をあげる。


クミルファスだけではない、シータも以蔵も、綠水の安否を確認するため、慌てて地底湖に駆け寄った。


湖面には、あの雷撃によっても破壊されず残った粘岩の柱が突き立っている。

それは、柱というよりも墓碑というほうが相応しいように見えて、クミルファス達に嫌な予感を抱かせる…


「綠水ちゃん!

綠水ちゃん!!」


「クミ姉ちゃん、離れて!

俺が岩を斬るから!」


動転して沈黙の岩柱を揺すり起こそうとしているクミルファスを制し、以蔵は抜刀の構えをとった。


「………て…

……まて…

…待って…くれ…」


「おい、以蔵…

ちょっと待ってやれ…

岩の中から慌てて何か言ってるバカがいるぞ?」


シータは抜刀寸前の以蔵の肩をポンと叩いた。



---グラッ…ドシャアァァァ!


抜刀術で斬られるのを拒否するかのように、粘岩の塊が内側に崩れて消滅する。


グノーム・レインフォースで、大量の粘岩を防護壁のように身体の周りにまとっていた綠水が、スキルを解除して出てきた。



「ふわぁぁぁー

窒息するかと思ったぁー!」

パーティーメンバーの前に生還した綠水は、開口一番、暢気のんきに言い放った。


「綠水ちゃん!

キミ、アホやろ?

HPもうほとんど残ってへんやん!?」

暢気のんきな綠水を見て安堵の頂点に達したのか、クミルファスは泣き笑いの表情で毒づく。


隣で以蔵もケタケタと笑っている。


「やったな!」

シータが綠水に向かって拳を差し出した。


「ああ…」

言葉を短く、拳をコツンと合わせて応える。




パーティーリーダーが皆に告げた策は単純なものだった。


「魔力を最大限に込めた全員の雷撃を束ねて同時に地底湖に落とす!」

「雷撃をもって一撃必殺とするため、自分と以蔵で全ての敵のHPバーを半分まで削る!」


導電性の高い水面に落雷があると、その高電圧と大電流は水面を伝って四方八方に一気に拡がる…

そのこと自体は、小学生の頃に習った知識で簡単に理解できる。


しかし、この策が成るためには、ひとつ重要なポイントがあった。


“落雷の瞬間まで全ての敵を地底湖に留まらせ続けること”


“そのための囮役おとりやくもまた、落雷の瞬間まで地底湖に立っていること”


この囮役おとりやくを引き受けたのは、もちろん立策者本人だった。




「しっかし、綠水ちゃん

よー感電せんかったなあ?」


「んー

ここの舌状台地の地質は軟岩シルト層…ていう設定があっただろ?

粘土は電気を通さないって言うじゃないか?

なら、落雷の瞬間にグノーム・レインフォースで粘岩の鎧をつくれば、イケるかな…と思ったんだ!」


「めっちゃすごいやん!

そんな細かい設定よう覚えとったなあ!!

それに電気博士やん!!

綠水ちゃん!キミ、天才ちゃうか?」



「…は〜〜っ」

ドヤ顔で語る綠水とそれを誉めはやすクミルファスに向けて、シータは聴こえるように大きく長い溜め息を吐いてみせた。


「おい…バカ…

バカ綠水!!

言っておくが、粘土は電気を通さないとは限らんぞ?」


「へ?」


「あのなあ!

粘土には導電性粘土と絶縁性粘土があるんだよ!

粘土自体が電気を通さないわけじゃなくて、粘土に含まれる鉱物片が何かで導電性か絶縁性かが決まるんだ!

解るか?バカっ!

お前の秘策とは、こんなバカな博打だったのか!?」


シータが珍しく感情的に大声をあげた。

それを見て小さく笑みを浮かべる綠水。


「悪かった、悪かった…

たまたまここの土壌には石英や長石が多く含まれてたんだろうな…

ホント、ラッキーだったよ!

でもな…シータ?

オレ、最初に“博打”だって伝えたよな?」

そう言うと、リーダーは魔法使いに向かって舌を出してみせた。


「ちっ…

どの鉱物が絶縁性か、解ってるんじゃないかよ…

とぼけやがって…

このバカがっ…」

シータは不愉快そうに綠水から視線を外して、小さく独りごつ。



「まあまあ、まあまあ!

おふたりさん!

なんか難しいことはようわからんけど…

なんにせよ、うちらの爆勝ちやんか!」

賢そうな会話をぶった切って、クミルファスが割って入る。


何処から取り出したのか、金と銀の両面箔貼りの舞扇子を両手でひらひらさせながら、くるくる回っている。


金の舞扇子には“祝”の文字が

銀の舞扇子には“寿”の文字が


朱塗り箔押しでほどこされている。


「みんな、ようやった!

これはうちのおごりや!!

酒がないのが惜しいけど…薬舗たこぱの高級回復薬(ポーション)やで!!

がぶ飲みしぃや〜」


エドの敏腕女店主は、“祝い酒”ならぬ“祝い薬”を景気よく皆に振舞った。



クミルファスのおふざけでパーティーに笑顔が戻る。



ここはタヤユガ5層…

彼らの心は、まだ折れていない!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ