第25話 【狂信者の万歳】
「どけえぇぇぇぇっ!!」
綠水は、瀕死の冒険者にこびついて血を啜っている2匹の小鬼に狙いを定めて走り込んだ。
黒剣を左から右に大きく強く払う!
---ズサゥッ!
裂けるような音とともに小鬼の腕が宙に舞った。
---グギャァァァア…ガガガガガァァァァ
綠水に片腕を斬られた小鬼は怨嗟の唸り声をあげながら地面をのたうちまわる。
もう1体の小鬼は転がり逃げるようにして綠水から距離をとった。
悪鬼は貪っていた冒険者の腕を投げ棄て、綠水に向かって怒りの咆哮をぶつけてくる。
綠水の一撃は、瀕死の冒険者からモンスターを遠ざけることに成功した。
しかし、今度は綠水自身が3体のモンスターに囲まれる形となってしまった。
そのとき!
---ビイィィィーイィィンー
金剛水の間に幻想的な弦楽器の音が鳴り響いた。
クミルファスの奏でるヴィーナの音色だ!
ヴィーナとはインドの弦楽器で、様々な形や種類のものがある。
クミルファスの愛用しているものは、カルナティック・ヴィーナ…別名サラスヴァティ・ヴィーナという。
そう、まさに彼女の主神が持つ神の楽器であった。
クミルファスはヴィーナを立てて左肩にあて、右手の指で弦を強くはじいた。
「封魔の輪唱曲!!」
クミルファスが奏でると、悪鬼の足下から蒼く輝く輪が5本現れた。
---ギュン!!
5本の蒼き輪が一瞬で縮まり、悪鬼を完全に縛りあげた。
---ゴァァァァア!ガァァァァ!!
悪鬼が暴れれば暴れるほど、蒼き輪がその体を締めあげていく。
「みんな!いまやっ!!」
クミルファスが促すと同時に、以蔵と綠水が小鬼どもとの間合いを詰める。
---シャァァァァァイィィィン
高音で耳障りな鞘走りの音がした瞬間…
以蔵の神速抜刀の一刀目で下から抜き斬られる小鬼!
何が起こったのか分からなかったであろう小鬼が死亡エフェクトを散り飛ばすよりも早く、返す刀の二刀目で小鬼の首が宙に舞う!
他方、片腕を綠水に斬り飛ばされた小鬼は、またしても綠水の剣撃をその体で受け止めることになった。
---ドスッ
ピュラリス・ファングを発動させ、炎の牙を纏った黒剣が片腕小鬼の胴を貫く!
「フレイムッ!」
すかさず、刺した黒剣を起点に超短文詠唱の発火魔法を発動させる魔法剣士。
小鬼の体内から炎が溢れ出し、断末魔の叫びをあげることも許されぬまま一瞬で消滅した!
「よっしゃ!
あとは悪鬼だけや!」
クミルファスの奏でる旋律は、まだ悪鬼の自由を奪い続けていた。
小鬼を討伐した綠水と以蔵は踵を返して、悪鬼との間合いを詰める。
速攻一閃!
魔法剣士が悪鬼の右肩から袈裟懸けに炎の剣を斬り抜く!
サムライも続いて左肩から袈裟懸けに斬れ味鋭い日本刀を斬りおろす!
---ゴァァァァアアアア!!!
悪鬼は巨体を大きく仰け反らせ、苦悶の声をあげた。
悪鬼の目には、一太刀くれて即座に下がった魔法剣士とサムライの奥で詠唱を開始している魔法使いが映っていた。
「塵すら残さぬ八熱地獄の劫火よ…
百里を疾れ!
外蕃まで焼き散らせ!!
須らく灰燼に帰すべし!」
シータの詠唱が金剛水の間でこだまする。
「地獄の劫火!!」
---ゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォォオ
詠唱を完成させたシータの足下の地面に炎の柱が上がる!
炎の柱はまるで生き物のように敵に向かって疾走した!
全てを灰燼に帰す地獄の劫火が悪鬼の全身を包み、火勢が渦巻き昇る。
「下級獄卒が…
貴様の故郷の炎に抱かれて燃え散れ…」
神速の魔導師がそう呟き、踵を返した瞬間、悪鬼は赤色の結晶を弾け飛ばして消滅した。
「みんな、おみごとや!」
クミルファスは演奏を止め、パーティーメンバーを労った。
モブモンスターとはいえ、レベル40台のモンスターを3匹同時に相手して、誰もHPバーが削れていない。
…このパーティーは強い!
綠水はここにきて確かな手応えを感じていた。
敵を殲滅したパーティーメンバーが全員、瀕死の冒険者の周りに集まる。
「あんさん!
しっかりしぃ!」
クミルファスは冒険者に声をかけると、ヴィーナの弦を優しくはじいた。
「聖なる賛美歌…」
---ポゥゥゥッ
瀕死の冒険者の身体を緑色のヒールエフェクトが包む。
「「ヒール」」
綠水とシータも初級ヒールは習得しているので、クミルファスの癒しの奏でに重ねて唱えた。
一瞬、冒険者のHPバーが伸びたが、無惨に千切り取られた下半身と腕から流れ続ける血が再びHPバーを削っていく…
「あかん…
うちらのヒール量では足らん…
本職のヒーラーやないとこんなん無理や…」
クミルファスの言うとおり、欠損した身体を修復するほどの魔法は、かなり上級のヒーラーでないと習得していない。
このパーティーでは彼を助けることは、どうあっても叶わない…
「あんた…
天照騎士団のギルメンだな…」
最初は気づいていなかったが、綠水はこの瀕死の冒険者を知っていた。
「……あ、ああ
そうだ…
私は天照騎士団の一員…ブランドンという名だ…
君のことは団長からよく聞いているよ…綠水君…
噂どおりの強さ…だ…な」
ブランドンと名乗る冒険者は、気息奄々、やっとの思いで声を出した。
「ブランドンさん!
喋ったらあかん!」
クミルファスは言葉を続けようとするブランドンを制止した。
「…いや
私はもう…助から…ないんだろ?
それくらい…わかる…さ…」
本人が一番分かっている。
彼のHPバーは既にレッドゾーンまで減っており、まだ少しずつ削れていっている。
「それ…よりも…
君達は…早く…逃げ…ろ…
ここには…牛頭と馬頭が…
湧いている…ぞ…」
瀕死のブランドンは、綠水達を案じて忠告した。
「やはり湧いていたか…」
シータが噛み締めるように繰り返す。
「……あ、ああ
しかも…複数体…湧いて…るんだ…
天照騎士団も…たくさん…死ん…だ…」
ブランドンは涙を流した。
もう彼の目は見えていないようだった。
「やはり天照騎士団は遠征隊を出してたんだな…
イングリッドも来てるんだろう?
あいつはどこにいるんだ!?」
綠水はブランドンに尋ねた。
「団長…も…
来て…いる…
全滅を避けるため…
私のパーティーが…敵を…ひきつけた…
団長は…ご無事に…
先に進んだ…はずだ…」
「なんだって!?
イングリッドのやつ…
仲間を犠牲にした…のか?」
「す、崇高な…目的のため…だ…
多少の…犠牲は…止むを得ん…のだ…よ…
………ガハッ!!」
ブランドンが吐血した。
彼のHPバーは、もうほとんど残っていない。
「犠牲!?
何を狂ったことを…
同行してるはずのアインスウィルさんは!?
彼女は無事なのかっ??」
「綠水ちゃん!
あかん…彼、もう聞こえてへんみたいや…」
つい語勢が強くなった綠水をクミルファスが諫める。
「この命ぃぃぃ!!
アマテラスのためぇぇぇ!!!
天照騎士団っ!万歳ぃぃぃぃ!!!」
---パリィィィーン
ブランドンは最後にそう絶叫して、紫色の結晶を弾け飛ばした。
「……死ん…だ…」
クミルファスはへたり込んだ。
「何がアマテラスのため…だ…
狂ってる…
イングリッドのヤツはいったいどうしたっていうんだ…」
綠水は何かやり切れない、腹立たしい気持ちになり、吐き捨てた。
「おい…綠水…
早く金剛水の間を出ないとやばいぞ…
あの冒険者、牛頭馬頭が複数体湧いていると言っていた!
天照騎士団の連中がもし1体も倒せていないとしたら…
牛頭馬頭がそのままの数でこの空間に残っているということだぞ?」
シータは辺りを警戒しながら綠水に意見した。
「ああ…
そうだな!
先を急ごう!」
綠水はパーティーメンバーに緊急離脱を告げ、先に進もうとする。
「ん?クミルファス?」
数歩進んだ後、綠水はクミルファスがついてきていないことに気づいた。
振り返ると、彼女はまだ座り込んだままで、パーティーの進行方向と反対側の暗がりを眺めている。
「……りょ、綠水ちゃん
あかん…6匹おる…で…」
クミルファスが震えながら発した。
---ゴガアアアァァァァァアアアァァァァァ!!!
モンスター達の怒号で空間が震えた。
綠水達の前に6体の巨大なモンスターが姿を現わす。
冒険者の倍の身長!
人の身体に牛の頭が乗っている…
人の身体に馬の頭が乗っている…
金剛水の間で最も会ってはいけなかった敵!
地獄で亡者達を責め苛む獄卒!!
3匹の牛頭と3匹の馬頭が綠水達の行き場を塞ぐ。
レベル50のモンスター6体に囲まれ、綠水達は圧倒的な死の予感に包まれた。
2017/08/19 02:38 誤字訂正