第22話 【黄色いスカーフの男】
気配の主は路地の暗がりから出てくる様子はない。
明確な殺気は感じ取れなかったが、抜き身をひっさげ続けて中立の証明すら行わないのだから、歓迎されざる相手と看做されても仕方がないだろう。
「出てくる気がないなら、鼠のように隠れたまま燃え散れ…」
神速の魔導師は静かに凄むと即座に詠唱を開始した。
「塵すら残さぬ八熱地獄の劫火よ
百里を……」
---ザッ!
シータの詠唱完成を待たずして、抜刀しながら一瞬で気配の主との間合いを詰め切る以蔵!
まるで野生の狼のような凄まじい瞬発力だ。
---キィィィィン!!
刃と刃のぶつかり合う甲高い金属音が路地に響く。
「ちっ!」
以蔵に遅れをとり詠唱を中断したシータは小さく舌打ちした。
「待った、待った、待ったぁ!
いきなりヒドイなぁ…
待ってくださいよ!ホントにぃ…
いくらタウンエリアでHPバーが削れないって言っても、斬られりゃ痛いし、血も出るんですよ?」
路地の暗がりにから男性冒険者がひとり歩み出てきた。
手には鈍く光る小太刀をひと振り握ったままだ。
初撃の抜刀術で仕留められなかった以蔵は、一瞬で転じて間合いを広げ切る。
そのまま、二撃目のために姿勢を低くして刺突の構えをとった。
綠水も背中の黒剣をゆっくりと抜剣した。
まだ早朝で、辺りには町人や他の冒険者の姿はない。
静まり切った街に殺気だけがうるさく交差した。
「すみません、すみませんでしたって!
他意はないんですよ?」
男は、以蔵の神速抜刀を防いだ小太刀を納刀して両手を頭の上にあげた。
明るみに出てきた気配の主は、痩躯長身で、手足が異様なまでに長かった。
だらりと伸びた右腕に黄色いスカーフのようなものを巻きつけているのが印象的だ。
「私、サグという名のギルドでギルマスをやっております、シドと申します!
弱小ギルドのギルマスではありますが、以後お見知り置きを…」
シドと名乗った男は丸腰のまま、綠水らの方に歩みを進めようとした。
「まて!止まれ!
あんた…
路地でオレたちより先に得物を抜いてたよな…?」
綠水は剣先をシドに向けて、その歩みを制止した。
「いやいや、いやいや!
あなた方のような凄腕4人から同時に殺気を当てられたら、つい抜いてしまいますよ!
ま、まったく恐ろしいなぁ…」
この男、とぼけているが、
最初はほとんど気配を感じられなかった潜伏スキル…
以蔵の神速抜刀を防いだ刀技…
いずれも只者ではないことが容易に見てとれる。
「ぬかせ…
炎よ…劔を捲き込めっ!
ピュラリス・ファング!!」
とぼけるシドを鋭い眼光で射抜いたまま、魔法剣士はエンチャントスキルを発動させた。
黒剣の柄から灼熱の炎が渦を巻いて剣先まで走る。
「まいったなあ…
これって正当防衛になりますよねえ?」
黄色いスカーフの男はにやにやしながら再び小太刀を抜いた。
今度は左右の手に小太刀を握っている。
「両刀使いか…」
綠水は、炎を纏った剣をいったん体側に引き、右足を落として低く構えなおした。
「風よ…天へと誘え…
エリアル・レインフォース…」
初動の魔法を発動させたまま、重ねてエンチャントスキルを発動させる!
綠水の足下に空気の渦が唸りだした!!
---ザシュッ!!
対峙するふたりの間が一瞬で縮まる。
いま綠水がいた場所には砂煙が激しく舞い上がっている。
先ほどの以蔵の抜刀術を遥かに超える速度で、綠水は敵の間合いに入った。
「はあぁぁぁぁあああっ!!」
綠水はそのまま炎を纏った黒剣をシドの頭上に振り下ろした。
---ガキッッ!!
シドは長い手を縮め、二本の小太刀を交差させて頭上からの炎の剣撃を受け止める。
なにっ!
この速度の剣撃を凌ぐのか!?
完全に獲ったタイミングだと過信した綠水は、間合いを踏み込みすぎていた。
右の小太刀で止めた黒剣をすり上げ、縮めた長い手を解放するかのように左の小太刀を大きく薙ぎ払う。
間合いを踏み込みすぎた綠水の胴をシドの凶撃が襲う。
「くっ!
風よ…天へと誘えっ!
エリアル・レインフォース!!」
---ザザザザザッ!
間一髪!
プレートアーマーが凶撃を受け止める寸前、綠水は風に乗ってバックステップで間合いから逃れた。
そのまま後ろに投げ出されるように2回転して転がる。
「へえぇ?
逃げられちゃいましたか?
なかなか…やりますねぇ…」
黄色いスカーフの男は、空振りした小太刀の刀身を舌で舐め回す仕草をしながら挑発してきた。
「あんたこそ…
普通じゃないね…?」
綠水は炎の剣を構えなおして、それまで以上の慎重さで間合いを計る。
そのとき…
---パンパンパンパン!
「はいはい、はいはい!
キミら、タウンエリアで何をマジになってるんや?
アホちゃうか!?」
クミルファスが手を叩きながら、ふたりの間に割って入ってきた。
「HPバーの削れん場所で、いつまで茶番続けてとんねん?
綠水ちゃんも、はよ剣しまいや!?
で…そっちの兄ちゃんは結局、何がしたいんや?
うちら、これから旅立ちやのに、ゲンが悪いことしとったらアカンで!ホンマに!!
本気でケンカ売っとるんやったら、こんな茶番やのうて、うちもそれなりの考えあるで!?」
にこやかな表情とは裏腹に、ドスの効いた啖呵を切るクミルファス。
目が笑っていない笑顔がとても恐ろしい。
「………」
綠水は無言のまま、炎を解いた黒剣を納剣した。
「いや、すんません!
闇夜の鴉さんが、あんまりにも強すぎるから、ついマジになってしまいました…
ホントすんません!
冒険者協会に迫る財力と噂のギルドを敵に回すほど、私も愚かじゃありませんし…
クミルファスさんに睨まれたら、吹けば飛ぶようなウチの弱小ギルドなんて瞬殺ですよ〜」
シドも二本の小太刀を納刀して、静かに怒りを煮えたぎらせているクミルファスに向かって頭を下げた。
「…ふぅ
あんさん、口数が多い男やね…
で?その自称弱小ギルドのギルマスさんが、こんな朝っぱらから、うちらに何の用や?」
クミルファスは冷静を装っているが、そう簡単には怒りが収まらない様子だった。
「いやぁ…
実は、エドの街でも超有名なあなたたち4人が、同じギルドでもないのになにやら密談をしていた…
という噂を耳にしましてねえ…」
「はあ?
うちら、古くからの馴染みやで?
茶ぁぐらいするやろ?普通に!
何が密談やねん!」
「そうは言われましても…
時期が時期ですから、はい!
もしや、皆さん、タヤユガのレイドゾーンの視察に行かれるのではないか!?
その相談をしていたんじゃないか!?
…と踏んだんですよ私は!
実は、サグでも今回のレイドには是非とも参加したいと目論んでおりまして、できることなら、私も視察に同行させてもらえないかなぁ?
…とお願いに参った次第なのです、はい」
「あんさん、ホンマに口数多いなぁ…」
そう言うと、クミルファスは黙り込んで何か思案しだした。
黄色いスカーフの男のギルドがタヤユガのレイドゾーンを狙っていることは分かる。
しかし、この男、如何せん何もかもが怪しすぎた。
そのとき、シータがこれまでの流れを歯牙にもかけず、突然、黄色いスカーフの男に質問を投げかけた。
「シドさん…と言ったか?
あんた、俺とどこかで会ってないか?」
「………
今日が初対面ですよ?
シータさん!
神速の魔導師と名高い貴方様と、これまでに直接面識があったのなら、私、街中を自慢して歩いてますですよ!はい!」
「いや…
あんたのその黄色のスカーフに見覚えがある気がして…
違うならいい…」
「ああ!
このスカーフですか!
このスカーフはサグのトレードマークのようなもので、ギルドメンバー全員に着用を義務づけております!
もしかしたら、シータさんは、私のギルメンたちとどこかで会ったのかも知れませんね」
「………」
今度はシータが黙り込んで何か思案している。
入れ替わるようにして、クミルファスが発した。
「話の腰折って悪いけど、ええか?シドさん…
正直に言うたら、タヤユガに行くのに少しでも戦力が欲しいのはヤマヤマや…
あんさんは強いからなぁ…なおさらや…
せやけどシドさん!
うちらは野良で組むつもりはないんよ!
よー知らん人間に命は預けられへんやろ?
あんさんとこの事情は分かったが、そういう訳やから、すまんが今回は諦めてくれへんか?」
「ありゃあ…
そうですかぁ…
それは残念でなりません」
「まあ、うちは帰ってきたら情報を売るつもりやさかい、取引する気があるんやったら、顔見知り価格でちっとは勉強させてもらうで?」
雑貨たこぱの女店主は、レイドゾーンの視察に行くことを暗に認め、商魂たくましくシドに告げた。
「わかりました…
ギルメンと相談して、そうさせてもらうかもしれません…
では、大人しく皆さんのお帰りをお待ちするとしますかね」
黄色いスカーフの男は、本当にタヤユガに同行したかったのだろうか?
その割には、断られた後の諦めが早すぎる気がする。
「せやな!
悪いけど、そうしてもらえるか!?」
クミルファスは、この話はここまで!と言わんばかりに、強い口調で締める。
「………
長々とお邪魔しました…
それでは、私は、このへんで退散させてもらいます!
みなさま、よい旅を!」
---シュン!
そう言い残すと、シドという男は唐突に消え去ってしまった。
いや、消えたというより、気配を失ったという方が正しい。
あの男は、おそらくアサシンを体現するステ振り、スキル振りをしている…と緑水は感じていた。
「けったいなヤツやったなあ?
なんや、すっかり水さされたけど…
ほな、仕切り直そか!?」
クミルファスは苦虫を噛み潰したような表情をした。
「あいつ、こんど会ったら斬る〜」
以蔵は何故かワクワクした表情をしている。
「暗殺者か…」
綠水は嫌な予感が拭えず独りごつ。
シータは無言のまま考え込んでいる。
あの黄色いスカーフが気になっているのだろうか。
出発寸前に、何とも気持ちの良くない横槍が入ってしまったものだ。
「みんな、いくで!
カナガワの街へ!!」
暗い空気を吹き飛ばすべく、クミルファスは景気良く号令した。
「そうだな!行こう!!」
「いこ、いこぉ〜」
「はい…行きましょう」
号令に応じ、パーティーメンバー全員、カナガワの縮地門を頭上に掲げる。
「「「「城隍の神チァンフアンよ!カナガワへ導きたまえ!!」」」」
---バシュン!
短い閃光と閃音を残し、4人はエドからカナガワへ転移した。
日が東の空に姿を見せ切っていた。
エドの街は、そろそろ町人や他の冒険者達も起きてくる時間帯になっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
黄色いスカーフの男は、少し離れた建物の屋根の上から、気配を消して綠水達の旅立ちを覗き見ていた。
「ふは…
ふはははははは!
あいつら…
俺の潜伏スキルを簡単に見破るとはなぁ…」
黄色いスカーフの男は愉快そうに邪悪な笑みを浮かべている。
「まったく、クライド氏もいい獲物を紹介してくれたもんだ…
あの首を捧げれば、麗しき我が主神もきっとお喜びになるだろうよおぉぉ!!」
シドはひとりで恍惚の表情を浮かべ、破顔した。
「ゴートゥーヘル!!
よい旅を〜!!
きゃぁはっはっはっはっは!!!」
黄色いスカーフの男シドは小太刀を抜き、その刀身を舌で妖しく舐め回す。
おぞましい笑い声が、早朝のエドの街に響き渡った…
2017/06/24 03:51 文脈修正




