第18話 【最強パーティー結成?】
「ん?
クミルファスさん…
今日は例の遠征の打ち合わせのつもりで来ましたが…
なぜか、バカが一匹紛れ込んでいるように見えるのですが?」
神速の魔導師の二つ名を持つ男性冒険者は、店内の綠水を視界に捉えるや否や、毒づいた。
「おいこら!シータ!
開口一番がそれかよ?」
綠水が苦々しい表情を見せる。
「まあ、まあ!お二人さん!
たまたま綠水ちゃんがカナガワの縮地門を買いに来たもんでなあ…
ちょっと突っついたったら、龍神がお目当てやって言うもんやからな」
「ふん…
バカのくせに勘だけは鋭いんだな…」
「な…!
バカバカうるさいぞ!シータ!
まったく失敬なっ!」
以蔵は会話の輪には加わらず、まだ店内の棚の木彫り人形の虜になっていた。
目をキラキラさせながら眺めている。
「ま、立ち話もなんやからな…
お二人さん、場所変えよか?
以蔵ちゃ〜ん!
2階でお茶飲むで!
以蔵ちゃんもおいで〜」
クミルファスが提案してきた。
「うん!!」
以蔵はぴょんぴょん跳ねながらクミルファスの傍に寄って来た。
まるで尻尾を全力で振りながら飼い主の元に駆け寄る仔犬のようだ。
「よっしゃ!
ほな、上でゆっくり話そか?」
綠水、以蔵とシータを先導してカウンターの奥の扉へと促すクミルファス。
3人は一瞬、顔を見合わせた後、黙ってクミルファスに付き従った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
店舗スペースの奥の扉の先には2階へと向かう螺旋階段があった。
支柱のない優美なデザインで、手摺りはハープをモチーフにされていて美しい。
螺旋階段を登ってすぐの扉がクミルファスの執務室だった。
室内は、ダーク色の高級オーク無垢材をヘリンボーン張りで仕上げたクラシカルな雰囲気のフローリングと、それに調和したアンティークな調度品で仕上げられている。
アーチ型の張り出し窓には上品な単色のステンドグラスがはめ込まれており、西陽が差し込む時間になると、美しい輝きが楽しめそうだった。
「シズオカでええ茶畑が手に入ってなあ!
ウチのギルド、紅茶づくりも始めたんよ!
めっちゃ美味い和紅茶いれたるさかい、ちょっと待っとってや〜」
隣室へ移動したクミルファス。
豪華すぎる部屋に置き去りにされ、3人は暫く言葉を失っていた。
---カツッカツッカツ
最早、靴の音まで優雅に聞こえる気がした。
クミルファスが白磁のティーポットと人数分のティーカップを木製トレイに乗せて戻ってきた。
「お待たせ!
遠慮せんと、そこらへんに適当に座ってや?」
促されるままアンティークソファに座り、差し出された和紅茶を口に運ぶ綠水達。
ひとくち飲んでみると、透明感のある甘い香りが口の中でまっすぐに広がる。
「うまい!」
綠水はつい声が出てしまった。
「せやろ、せやろー
現実世界やろうと異世界やろうと、嗜好品を愛でるんは大事なんやで!
ココロの余裕や!ココロのな!
キミら覚えときや」
クミルファスは微笑みながら言った。
4人で暫く和紅茶を楽しんだ後、クミルファスが話題再開を切り出す。
「さて…と
どっから話そうか?」
「クミルファスさん…
俺は今回のお話、秘密裏にということで乗ったんですが…
なぜ、この場に綠水と以蔵が?」
話題再開に即座に応じるシータ。
「ちょっと待てよ、シータ!
オレからしたら、アースガルドのギルメンであるお前が、他ギルドのギルマスと組んでタヤユガに潜ろうとしてることの方が不思議なんだけどなあ?
ギルマスのクライドは、このこと知ってんのか?」
綠水も抱えていた疑問をすぐさまシータにぶつけた。
シータは、ちらりと以蔵を見た後、綠水の疑問に答えた。
「いや…
マスターには話してない…
これは俺の独断だ」
「はあ??
アースガルドもどうせ、タヤユガ遠征の準備をしてるんじゃないのか?
そんな中、独断専行してお前に何のメリットがあるんだ?
場合によってはギルドで処罰対象になるんじゃないのか?」
「まあまあ、綠水ちゃん!
なんていうか…
シータちゃんには、うちが無理に頼んだんよ…」
クミルファスが割って入ってきた。
「無理に…?」
綠水は怪訝な顔をした。
「ちょっといまは言えへんねやけど…
色々と気になってることがあってなぁ…」
いつも明るいクミルファスが珍しく神妙な面持ちで語り出す。
「ここにいる4人は、同じギルドってこともないし、それぞれ立場も違うけど、そこそこ長い付き合いやん?
うち…ホンマのこと言うたら、ギルドの外で頼れるんキミらしかおらへんのよ…」
「ま、まあ、オレはフレンドが少ないけど、クミルファスたちのことは、オレも数少ない大事な仲間だと思ってるよ…」
綠水は少し照れくさそうに返した。
「ホンマか?
めっちゃ嬉しいわ!
ごめんやけど、綠水ちゃんらにも後で必ず説明するから、今日はいったん、うちの顔たててくれへんかなぁ?」
クミルファスは顔の前で両手を合わせて、頭を下げてみせた。
「それに…
綠水ちゃんソロやけど、高難易度クエストするときは、いつも以蔵ちゃんと組んだり、シータちゃんと組んだりしとるやろ?
このメンツやったら気心知れてて、ちょうどええんちゃうん?」
頭を下げたまま、上目遣いで綠水を見つめるクミルファス。
「うっ…
それはそうだけど…」
たしかに、綠水はクエストによっては、以前から以蔵やシータとパーティーを組んでいた。
むしろ、パーティーを組む相手は、その2人に限られていると言っても過言ではなかった。
「せやろ?
うちら4人のパーティーやったら、上手くいくと思うんやけど、ちゃうやろか?」
クミルファスが畳み掛ける。
やはり、交渉では彼女に勝てないと、綠水は再認識せざるを得なかった。
旧知であること
スムーズな意思疎通で連携がとれること
そして…信用できる相手であること
これは綠水がパーティーで本気でやるときの基準だった。
クミルファスは、いつも商談でやり込められていることを除けば、パーティーメンバーとして非の打ち所がない相手だ。
シータは、普段はお互いに憎まれ口を叩き合っているし、なにより互いにまだ腹の内を見せ切れていない間柄ではあったが、こと戦場においては絶対の安心感を託せる相手だ。
以蔵は、以前から綠水のことを兄ちゃん、兄ちゃんと慕ってくれており、綠水もそんな以蔵を弟のように感じている。もちろん戦力面でもその実力はよく知っている相手だ。
客観的に考えれば、3人ともタヤユガ遠征の即席パーティーとしては申し分のないメンバーである。
いや、現状では綠水の集められる最強の布陣だった。
綠水は考えの整理を終え、答えを出すことにした。
「仕方ない…
オレは納得することにした!
で…シータ、お前はどうなんだ?」
「ああ…
クミルファスさんがそれでいいと言うのなら、俺には異論はない」
「よっしゃ!
なら決まりやな!
ふたりともホンマおおきにな」
綠水とシータがパーティー結成を同意し、クミルファスはホッとしたように言った。
「あとは…
以蔵ちゃん?
以蔵ちゃんも大丈夫か?」
「えー?
クミ姉ちゃん、なにー?」
以蔵はクミルファスの話はそっちのけで、デスクの上に置かれている木彫りの熊に夢中になっていた。
「以蔵ちゃん、クマ好きなんか?
それ、キミにあげよか?」
「ええ!
クミ姉ちゃん、ほんと??
ありがとー!!」
木彫りの熊を両手で頭上に掲げ、くるくる回転しながら歓喜の表現をする以蔵。
「で、以蔵ちゃんはどうするんや?
うちらと一緒にタヤユガへ行ってもらえるんかなあ?」
クミルファスは改めて以蔵に尋ねた。
「うん!
行く行く!
俺、みんなと一緒なら楽しいから、どこでも行くよ!」
…おいおい、以蔵
お前は全然話を聞いてなかっただろうが…
綠水は無邪気に答える以蔵を呆れながら眺めた。
「うんうん!
ええやん、ええやん!
とりあえず、パテメンそろったやん!」
クミルファスは満足気にうんうんと頷いている。
「んー
本当はタンクとヒーラーを入れたフルパテが望ましいけど…
まあ、贅沢は言えないか」
綠水は、最初は単独行のつもりだったことを棚に上げて、現状では贅沢な望みを言っている。
「せやな〜
ちょうどその両役できるのおるやんか?
実は、聖壁の乙女にも声かけてみたんやけど…
なんか、先にイングリッドに唾つけられてたんよね〜」
クミルファスはアインスウィルとも仲がよかったが、引く手数多な人気ヒーラーを押さえることはできなかったようだ。
「イングリッド、気合い入ってるんだなぁ…
どうか、タヤユガでイングリッドの遠征部隊と出くわしませんように…」
綠水は、いつもの居丈高な彼の姿を頭に浮かべてしまい、思わず首をぶんぶんと横に振った。
「まあ、今回はレイドゾーンに突っ込むわけでもないし、この4人でも十分だろう」
シータが冷静に総括した。
「せやな!
頼りにしてるで!お三方!」
クミルファスは景気の良い声を上げた。
「ほんじゃあ出発やけど…
うちも、留守の間の店の切り盛りやらをサブマスに申し送りせなあかんし…
明後日の日の出の刻、この店の前に集合でどうや?」
「了解!」
「わかったぁー」
「異論はありません」
綠水、以蔵、シータはクミルファスに同意をした。
解散して、それぞれ明後日の準備をしようかという話になり、3人はクミルファスの執務室を出るべく席を立った。
そのとき、突然クミルファスが大声をあげた。
「あっ!
あかん!あかんやん!大事なこと忘れとった!
みんな、ちょっと待って!まだ帰らんといて!」
「帰ったらあかんで!
ちょっと待っとってや!!」
クミルファスは大騒ぎしながらドタバタと隣室へ駆け込んだ。
宣言どおり、すぐに隣室から戻ってきたクミルファスの手には、何かのアイテムのようなものが4つ握られている。
「じゃーん!!
はい、綠水ちゃん!
はい、以蔵ちゃん!
はい、シータちゃん!」
3人はそれぞれクミルファスからアイテムを丁重に手渡された。
「ふぅ〜マジでヤバかったわ!
一番大事なんを忘れるとこやった…
それ、ウチのギルドのオリキャラやねん!
うちがデザインしたんやけど、めっちゃイケてるやろ?」
綠水達は、恐る恐る手渡されたアイテムを見た。
手の中には、ギルド【タコパ】のオリキャラである【はみタコ君】がデザインされた手のひら大の缶バッジがある。
クミルファス作というオリキャラ【はみタコ君】…
タコ焼きからデカいタコのアタマと足がはみ出しているという恐ろしく斬新な意匠…
うっ…
だ、ダサすぎる…
綠水は喉元まで出かかっていた台詞をぐっと耐えた。
シータは隣で肩を震わせながら笑いを堪えている。
以蔵はなぜかキャッキャ喜んでいた。
「うちはなあ…
幸せは溢れてはみ出すぐらいがええて思ってんねん!
抱えきれへんほどの幸せがはみ出たら、周りにお裾分けやからな!
それがこの、はみタコ君やねん!」
綠水らの耐え忍びに気づくともなく、クミルファスはしみじみと斬新なデカ缶バッジを見つめながら、いい話を投げかけてきた。
「ええか、みんな!
これが、うちらのパーティーの絆やで?
いわばエンブレムやっ!
溢れるほどの幸をこの手にっ!!
当日は、武器を忘れても、はみタコ君は忘れたらあかんからな?」
クミルファスは、はみタコ君缶バッジを誇らしげに、高らかに掲げた!
そ、そんなバカな…
綠水は開いた口が塞がらなかった。
シータも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
以蔵は…缶バッジを気に入ってしまったようだ…
「それではっ!
明後日に向け、それぞれ英気を養うことっ!
解さぁ〜ん!!」
最後の最後に、とんでもないプレゼントがあったが、最強の迷パーティーはここに結成されたのだった。




