第14話 【創造と破壊】
カーリーと闘っているうちに綠水の哲学は激しく揺すぶられた。
そして、綠水は自分が大きな思い違いをしていたことを理解した。
神々は“いまの人間達”を護ろうとはしていない!
それは多くの終末論で語られてきた、謂わば衆知の事実だったではないか…
「そうか…
あんたらヒンドゥーの神だけじゃなかった…
他にもオレたちを滅して世界を再生するつもりをしてる神はいたよな…
たしかに、オレは、目的のない破壊や愉悦のための殺戮は悪だと考えている…
そういうものには絶対に屈したくないと思っていた…
だが、あんたらがやろうとしているのは、創造のための破壊なんだろ?
それを悪と言い切って抗うだけの理屈はオレにはないよ…」
綠水はやっとの思いでいまの正直な気持ちをカーリーに伝えた。
終末なんて運命には抗うつもりでいた!
理不尽に殺戮さられるのなんてまっぴら御免だった!
だが…
だがしかし…
堕落し切ったいまの人間は一度滅ぶべきだ…
それは理不尽どころか真理に従った運命のようにいまは感じる…
目的のない破壊
愉悦のための殺戮
そもそも、これらは全部、オレたち人間がいつもやってる行為じゃないか…
そう…いまの人間は一度滅ぶべき!
それこそが、実は綠水自身が最も望んでいた結末であるような気すらしてくる…
「なんだよ…
全ては神の予定調和じゃないか…」
人間の誕生も
人間の繁栄も
人間の堕落も
全ては創造から破壊に至るまでの大いなる予定調和…
神が創造し人間が誕生する
人間の繁栄は神の守護によるもの
そして、人間の堕落の先には神による破壊がある
終末を迎えることは神の予定調和なのであれば、綠水の抱いてきた理不尽や不条理への憎悪も絶望も取るに足らない小事にすぎない…
抗う魂を失った綠水は、丸腰のままカーリーに歩み寄る。
「あんたはきっと正しい…
オレには護るべきものも、護りたいものも、
もう、分からなくなったよ…
なあ…
ここで、あんたの手でオレを先に殺してくれよ?」
「主は、本当にそれでよいのか?」
カーリーは三叉戟を納め、静かに尋ねてきた。
「ああ…」
綠水は小さく頷く。
「はぁ…
仕方がないのぉ…」
カーリーは力を失った戦士の眉間にゆっくりと掌を当てた。
---ガッ!!
---ドゴッ!!!
首から上を持っていかれるかの如き発勁で、綠水は反対側の高欄に吹き飛ばされて叩きつけられた!
「がはっ!」
綠水は吐血して前のめりに倒れ込んだ。
---カーリーは黙ったまま、倒れ込む綠水を見ている。
「…このっ!
痴れ者がっ!!!」
破壊の化身の怒声が闇夜に響く。
倒れている綠水に、ゆっくりと近づき、髪の毛を鷲掴みにするカーリー。
「我は、創造から守護を経て破壊に至る螺旋を真理だと思っておる…
我は、この考えを改める気もないし、ただ真理に従い務めを果たすのみだと考えておる…
じゃがのう…
綠水…
主は人間じゃろう?
最後まで無駄に!無様にぃ!
足掻き転がり続けるのが人間じゃろうて!?」
カーリーは第三の眼をカッと見開いて綠水を睨みつけながら語る。
「足掻いてみせてみよ!綠水!!
たとえ真理だろうが、たとえ神の予定調和だろうが、
それを不条理と思うなら、最後の最後まで抗ってみせてみよ!!」
---しーん
綠水は黙ったまま項垂れている。
静寂がおとずれる。
「はあぁぁぁ…
本当に仕方のない奴じゃのおぉぉ!」
カーリーは、今度は優しく掌を綠水の眉間に当てた。
「主は主の道をゆけよ…綠水
そうでなければ、我も興が乗らぬではないか…
この阿呆が…」
そう呟くカーリーの掌から何か優しく大きなものが身体に注ぎ込まれてくる…
大いなる大地の慈愛を感じるのは気のせいだろうか…
---パァアアアァァァァァ
綠水の全身が優しく穏やかな聖光に包まれた。
自分に何が起こったのか…
カーリーが自分に何をしたのか…
綠水は“分からない”まま、“それ”を“理解”していた。
「…え?
なんで…オレに??
オレには、こんなものを貰う価値なんて……」
---シィッ
綠水の質問に、カーリーは人差し指を唇に当てる仕草で答えた。
「で、でも…
オレはあんたに帰依してないのに…」
綠水は、ばつの悪そうな表情をしている。
「かまわぬよ…
主は、我と闘って、
我の終末における目的を聞いて、
紛うことなく畏まったじゃろう?
神に対する“畏怖”というのも信仰に相違ない!
主の信仰心は、しっかり貰い受けたわい!
恩恵を帰依した者に限定するほど、我は器のこまい神ではないぞ?」
カーリーはペロッと可愛く舌を出しながら言った。
「なんだそりゃ…
殺しかけた相手にテヘペロかよ…
とんでもなく凶暴なツンデレ女神様だなあ…」
満身創痍の綠水は、神に向かって苦笑しながら嘯いてみせた。
「ふん!
やっと、いつもの感じに戻ったのう…
綠水!
我は主に神意を授けた!
それをどう使おうが主の自由ぞ?
最後の最後まで抗えよ?綠水…
そして、魔を滅し切った後には、我が主を蹂躙してやるからの?
…それまでは
…決して折れるでないぞ?
ゆめゆめ忘れるな!」
「ああ!
約束する!」
カーリーのツンデレぶりに強烈な違和感を抱きつつ、綠水はゆっくりと頷いた。
カーリーは目線を合わせようともせず、愛想もなく天を眺めているが、綠水はなんとなく彼女が赤面しているような気がした。
「さて…
我は、そろそろマハーメール山に戻るが、最後にもうひとつ主にお節介を焼こうか…」
「え?」
「アマテラスのことじゃが…
主は自分が帰依する主神のことを、どれだけ知っておるのじゃ?」
カーリーの唐突の質問に綠水は面食らった。
アマテラス…
日本の最高神にして、日輪と大地の豊穣を司る巫女神…というくらいは知っているが…
綠水は口ごもった。
「ふむ…
主は無意識で日輪の巫女神を帰依すべき主神に選んだのか…
しかし、なんとも口惜しいが、歪んで面白き主には、アマテラスはお似合いの主神じゃて」
「カーリー、それはどういう意味だ?」
「それは我の口からは伝えまい…
ひとつだけ言っておくとすれば…
あの女神は、この世を救う気などないぞ?」
「なん…だって?」
綠水は耳を疑った!
アマテラスといえば、
太陽の神
豊穣の神
聖なる光で人々を導く大いなる女神
およそ破壊神の類の神格ではないはずだ。
「ふふふふ…
ともかく、主は一度、アマテラスと話をする必要があるのう?
破壊神である我には主に、この世界でどう生きるべきかを示してやることはできん…
じゃが、アマテラスならばあるいは……」
カーリーは意味深に言い留めた。
「まあ、はようもっと強くなって、アマテラスに会いに行くことじゃな…
まったくもって忌々しい!
まったくもって口惜しいがなっ!!」
そう言いながらカーリーはゆっくりと宙に舞い上がった。
「ではの…綠水!
強く生きろよ!!」
さきほどまでの殺気はない。
戦女神は、慈愛に満ちた表情で綠水を見下ろしている。
---ピカッ!!
一瞬の光を放ちカーリーの姿は跡形もなく消え去っていた。
「なんなんだよ…
いきなり現れて…
いきなり殺そうとしやがって…
そのうえ、言いたいことだけ言って、さっさと消えやがって…」
綠水はうつむき加減で独りごつ。
「ちゃんと礼を言えなかったじゃないか…」
---ホーホー
太鼓橋の周りはすっかり暗闇に溶けていて、梟の鳴き声が闇夜にこだましている。
「ありがとう…」
綠水は小さく呟き、定宿からすやに向けて歩き始めた。
世界はまだ知らない…
East Serverの極東の街で、初のリリジャススキル修得者が誕生したことを…