第13話 【敵の敵は?】
---ガッ
---ガキィィィィン
---ガッキイィィイン
一撃、二撃、三撃
カーリーの三叉戟が綠水に向かって容赦なく振り下ろされ振り払われる!
斬撃を去なしたくとも、その全てが重い。
黒剣で受け止めるが、身体中の骨が全て砕けそうな衝撃が伝う。
やはり、カーリーは本気でオレを殺そうとしている…?
最早、思案している間はなかった。
「どうせ、タウンエリアではHPバーは減らないっていう仕様も軽く無視してくるんだろ?
まったく、とんでもないチートだよ!
あんたら神ってやつは!」
綠水は三叉戟を受け止めたままの状態で詠唱を始める。
「水よ…劔を捲き込めっ!
ニクス・ファング!!」
柄の部分から渦巻く水が生じ黒剣の刃を包み込む。
カーリー相手には水属性のエンチャントスキルを選択した。
---ゴオォォォ
---キイィィン
水牙で包まれた黒剣で三叉戟の槍頭を弾くと、綠水は素早く転がり離れて間合いをとった。
「はぁはぁ…はぁはぁ…」
数撃交わしただけで綠水の息は上がっていた。
「…………
先ほどの威勢は何処にいった…童?
この程度で、もう終わりかよ?」
カーリーが冷たく挑発する。
「なぜ、あんたと戦わなきゃいけないんだ?」
「何を腑抜けたことを…
我は目の前の小虫がぶんぶん煩いから、捻り潰そうとしているだけじゃが?
そこに主が納得するような理由などない…
強者が弱者を蹂躙しているだけじゃ!
主はそういう理不尽が許せんのじゃろ?
ならば…
抗い切ってみんかっ!」
三叉戟の刺突が神速で綠水の眉間を襲う。
渦巻く水を湛えた黒剣で刺突を弾き、再び間合いをとり直す綠水。
「なんて無茶苦茶なことを!
オレたち冒険者は、あんたら神々に力を貸すんじゃなかったのかよ!?
そう言ったのは、あんたらだろうが!」
「ふっ…
スクルドの奴は、そんなことも言っておったな…
しかし、人間風情が神に力を貸すときたか…
それを本気にしているとはのう…
なんたる傲り!
なんたる不敬かっ!
神は堕落した人間どもに信仰をとりもどすチャンスを与えておるのじゃ!
謂わば慈悲じゃ!慈愛じゃ!!」
褐色の戦女神は憐れな小虫を見るような視線を綠水に向けた。
「まさに、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや…よの?
童よ?
主は全ての神が自分達の味方とでも思っておるのか?」
カーリーは綠水に問い掛けてきた。
「敵とか味方とか知るかよ!
“終焉の魔”とやらを倒す、
“終末”とやらを退ける、
それだけの話だろうが!」
綠水は即座に答え返す。
「なんとも稚拙で自分勝手な理解じゃのう…
綠水よ…では、主にひとつ問おうか!
主は、“自分の敵と敵対する者”これをどう評価する?」
カーリーがさらに問い掛けてくる。
「突然なんの謎掛けだ…?」
「…………」
戸惑う綠水をカーリーは無言で見つめている。
「そ、そうだな…
いまは敵か味方か分からない…他勢力??
オレは、そう思う…が?」
女神との間合いを慎重に保ちながら、綠水は自信なさげに答えた。
「ふむ…正答ではないが…
まあ、よい答じゃな…
敵の敵は味方などとぬかしおったら、即座に捻り殺しておったところじゃ!」
物騒な状況で、さらに物騒な台詞を吐くのは戦女神の性なのか。
カーリーはさらに続けた。
「敵の敵は少なくとも味方ではないぞ?
綠水よ、まずはそれを肝に銘じておくがよい!」
「つまり、オレの敵を“終焉の魔”とすれば、“終焉の魔”の敵である他の冒険者や神々はオレの味方ではない…
そう言いたいのか?カーリー!」
「そういうことじゃ!
まず、他の冒険者のことを考えてみるか?
この世界に閉じ込められて、冒険者どもはこれからどうなると思う?
まあ、大半の奴は日和るじゃろうな…
そして残された少人数の中から行動する奴が出てくるじゃろう!
だが、その行動が必ずしも主の理想に沿うものかは分からんぞ?
そいつは敵とは言えぬか?
また、進んで堕落する奴も出てくるじゃろう…
其奴らは主の理想を進んで壊そうとするじゃろうな」
“ある母集団における全体の数値の大部分は、全体を構成する内の一部の要素が生み出している”
パレートの法則か…
大半の人間が日和る…
カーリーの言うとおり、たしかに、そうなっていくだろうと綠水も思った。
そして、日和らない人間の全員が正しい行動をするとも限らない…
これも、残念ながら反論の余地がない。
元来、綠水は、他人を信用することはあったとしても、他人を信頼し切って自らを委ねることのできない性質だった。
そんな綠水がカーリーの発言を論破する術を持たないのは当然のことだった。
「………」
黙り込む綠水を尻目にカーリーは言を続けた。
「つぎに、神々じゃが…
冒険者らの信仰心を高め下界に神意を顕現させる!
この点においては全ての神の意見は一致している!
だか、一致しているのはそこだけじゃ…
終末とどう向き合うかについては、神々の中に二つの勢力があってのう…
ひとつは終末を避けようとするもの
ひとつは終末を避ける気のないもの
大きく分けるとこの二つの立ち位置があるのじゃ!
…気づいておったか?
スクルドも主らに『終末を避けるために戦う』とは一度も断言しておらぬぞ?」
「神意顕現の手段は一致しているが、神意顕現の目的は一致していない…ということか…」
綠水は誰に答えるともなく呟いた。
もうカーリーの言いたいことが何なのか察しがついていた。
「ふっ…
腑抜けた頭が少し覚めてきたようじゃな?」
カーリーがにやりと笑みを浮かべる。
「つまり、あんたが言いたいのは、終末の後にくるという最後の審判のことか?」
綠水はカーリーに恐る恐る問うた。
「ヤハウェじゃあるまいに、そんな洒落た言葉は使わぬよ…
人間どもの堕落が終末を招いた!
我らヒンドゥーの神は全てを破壊し尽くし、下界を創造し直す義務がある!
つまり、生のための死であり再生のための殺戮である!
綠水よ…先ほどの下郎を思い出してみよ…
思い出すだけで虫唾が走るが、あのような有象無象が蔓延るのが、この世の常よ…
主も一度滅びるべきだとは思わぬか?」
---カン…カラカラカラン
聞きたくない答えだった…
相手が神というだけで、終末の恐怖から逃れたくて勝手な期待を抱いていた…
綠水はカーリーの問い掛けには答えず、力なく黒剣を離し落とした…
「綠水…
主は我を悪鬼羅刹と思うか?」
そう言うカーリーの瞳は哀しみを帯びているようにも見えたが、綠水には最早、女神の真意を図るだけの気力はなかった。
…なんだよ
…すでにオレらは詰んでるんじゃないか
…ちくしょう
綠水の耳にはカーリーの声は届いていなかった。




