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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第1章 Religious Planet
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第12話 【預流者】

妖しくも美しい褐色の肌と真紅の髪

常は閉じられている眉間の第三の眼(アジュナチャクラ)

四本の腕のひとつには三叉戟さんさげきが握られている


一度でも見れば、その姿を忘れるはずもない異形の戦女神いくさめがみ


緑水の前に三度みたび、殺戮と破壊をつかさどる女神カーリーが現れた!




なんでカーリーが!?

突然の降臨に綠水の緊張は一瞬で臨界点に達した。



「おうおう

そう気色けしきばむでないわ、わっぱよ!」


「…なんで、あんたがここに?」

綠水は、いつでも抜剣できるよう、背の黒剣に意識を尖らせる。


「昨日は、スクルドがでしゃばりすぎおって、われの出番がまったくなかったからのう…

このままマハーメール山に帰るのもつまらんではないか?」


いやいや…

あんた弩派手どはでに牛鬼を燃やし散らしてたし…

なんなら、冒険者も燃やし散らしかけてたし…

心の中で思いっきりツッコミを入れておく綠水。



「少しは興を添えようとぬしらの街を見て回っておったところ…

昨日の面白きわっぱを見つけた!

そういうわけじゃ!!」

カーリーは無駄に御満悦な表情をしている。


覚者かくしゃでもないのに自力で阿頼耶識あらやしきに触れた、面白き阿呆あほうわれがそのまま捨て置くとでも思ったか?」


うわぁ…

なんかニコニコしてるぞ…

もしかして、とんでもない女神に目をつけられたのか?

団子屋の一件がなければ、ここでカーリーに捕まることもなかったかもしれないのに…

綠水は、名も知らぬ二人組の三下冒険者達のことを思い出し、恨めしく思った。



「なあに、暫しわれを楽しませてくれればよいだけじゃ!

少し喋るぐらいなら、アマテラスも怒るまいて」

宙に浮かぶカーリーが太鼓橋に降りてくる。


「今日のぬしは腑抜けておるようにも見えたが…

先ほどの姿には少なからずたぎるものがあったぞ!

善を勧め悪を懲らしめるか…

大した勧懲かんちょうじゃのう…」

太鼓橋の高欄こうらんにもたれかかりながらカーリーが言った。


「そんなんじゃないさ…

善とか悪とか関係ない…

理不尽に奪う者が許せないだけだ」


「ほう…

奴らはぬしから何か奪おうとしていたかのう?

奪われそうだったのは団子屋のNPCどもではなかったか?」


「!!

そういう問題じゃない!

力で他人を踏みにじるやつが目の前にいた!

それを見過ごせるはずがないだろう!?」

綠水は語勢を強めて答えた。


「あはははははは!!

一切衆生いっさいしゅじょうの救済をしたいのか?

ぬしはアマテラスではなくミロクに帰依きえしたほうがよさそうじゃのう」


「からかわないでくれ…

オレは、誰もが虐げられることなく心穏やかに過ごしていける世界を望んでいるだけだ…

誰もが理不尽に蹂躙されることのない世界…

そのためなら、オレはこの命をくれてやってもいいと思っている!!」

不意に漏れてしまった本心に綠水自身、驚きを抱いた。




たしかに昔から理不尽なものに対して、決して受け入れたくないという感情を持ってきた…

奪う者に対する強い憎悪

奪われる者を守れない自分に対する強い絶望


綠水は、他人と関わることをできるだけ避けるようにして、これまで生きてきた。

避けることで憎悪と絶望に蓋をしてきた。

他人と接するときには、自分の心根こころねを悟られぬよう、いつでも愛想よく振る舞ってきた。

自分の持っている憎悪と絶望を他人に知られたくなかった。


綠水を知る者は誰もが彼のことを『冷静で大人びた雰囲気なのに人あたりが良い』と評する。

それは現実世界でもMMORPG世界でも変わりなかった。


だが、綠水の感情はいままで常に遥か埒外らちがいに置き捨てられ続けてきた。

綠水自身が置き捨て続けた。


それがいまここで大きく弾けて剥き出しになっていた。



「………

ぬしは歪んでおるのう…

他人を守りたい?

いや…それだけではなかろう?

ぬしからは抑圧、不条理、抗えないものへの強い怒りと殺気を感じる…

それが生まれついてのものなのか、生い立ちによるものなのかは分からぬが、ぬし末那識まなしきは酷く歪んでおる…

ぬし…そのままじゃと早死にするぞ?」

カーリーは綠水の顔をじっと見つめながら告げてきた。


「………」

末那識まなしきとは潜在意識のこと。

不意に自分にひそむ闇があらわになり、綠水は黙りこくった。


「まあ、その歪み…

われは嫌いじゃないがな…」

カーリーは綠水に向かって優しく微笑んだ。


「しかし、それだけ歪んだ末那識まなしき阿頼耶識あらやしきにまでアクセスできたとはのう…

まったく驚きじゃ…

さすが、預流者の才(よるしゃのさい)のひとりといったところか」


預流者の才(よるしゃのさい)??

預流者よるしゃとはたしか、悟りの入り口に立った聖者のことだよな?」


「何人かの人間が無意識とはいえ自力で阿頼耶識あらやしきにアクセスしてスキル発動に至った…Eastイースト Serverサーバー日本マップで起こった異常事態には他の神たちも強い関心を示しておる!

自力でスキル発動に至ったぬしらのことを、真理に至る可能性を持つ者と評価し、預流者の才(よるしゃのさい)と呼んでおる神がおるのじゃ」


「はは…

過大評価甚だしいな…

そんなことより、他の神たちってどういうことだ?

日本マップ以外にもオレたちのような冒険者がいるのか?」


綠水に質問されカーリーは、もたれかかっていた高欄こうらんを離れ反対側の高欄こうらんに向かって歩く。

カーリーは橋の高欄こうらんに両手をかけ天を仰ぎ見た。


「そうさのう…

ぬしは、この世界に呼ばれたのは自分達だけだと思っておるか?」


「!!

なるほど…

ドバイとニューヨークだったか?

あんたら、そこでも同じことをしたってわけか?」



リリプラのサーバーは大きく3つに分かれていた。

Eastイースト Serverサーバーは約300万人がプレイしているサーバー。

日本、韓国、中国、インド、東南アジア各国、オセアニア各国にこのサーバーが割り当てられていた。

Midミッド Serverサーバーは約200万人がプレイしているサーバー。

ロシア、東欧、中東各国、エジプト、アフリカ各国にこのサーバーが割り当てられていた。

Westウエスト Serverサーバーは約500万人がプレイする最大のサーバー。

欧州各国、イギリス、北米各国、南米各国にこのサーバーが割り当てられていた。


超高機能翻訳エンジンを実装しているというリリプラでは言葉の壁というものは問題にはならなかった。

いま思えば、これも神々による超科学レベルの仕組みだったわけだが…


そして、リリプラのオフラインイベントはEastイースト Serverサーバーについては東京、Midミッド Serverサーバーについてはドバイ、Westウエスト Serverサーバーについてはニューヨーク、世界三会場で開催という触れ込みだったことを綠水は思い出した。



「うむ…日本と同じく、各イベント会場には3柱の神が顕現けんげんし、すべて滞りなく終えておる!

ドバイは、雷神ペルンと女神イシス、そしてエンジニアは女神ウルズが担当した…

ニューヨークは、唯一神として人間どもに最も知られるヤハウェとアステカの女神コアトリクエ、そしてエンジニアは女神ヴェルザンディが担当…

こんなところかのう」


カーリーは他のイベント会場でのことを説明したが、綠水はひとつ腑に落ちなかった。

「オレたちがあんたに斬殺されたことは、ドバイやニューヨークの参加者連中には伝わっていなかったのか?

時差を考えれば、普通ならパニックになって、開催前にイベント中止になるよな?」


「ああ…そのことか…

そこらへんは、スクルドが実に上手く処理した…

何のニュースにもなっておらぬ!

われがやり過ぎてしもうたからのう…

暫くスクルドのやつには頭が上がらん」

カーリーは飄々(ひょうひょう)と答えた。



やり過ぎのひと言で首を落とされたこっちの立場にもなれ!

この駄女神!!

綠水は、喉まで出かかっていた言葉を飲み込んで次を続けた。


「なるほど…現状はつかめたよ…

ありがとうカーリー

日本以外に冒険者達がいるとしても、

オレが預流者の才(よるしゃのさい)と呼ばれたとしても、

結局、オレがこの世界でやること、やりたいことには何の影響もない!」


カーリーと話をしているうちに、自分の中の迷いが払拭されてきたように思える。

綠水は最早迷いなく宣した。


「カーリー、あんたはオレを歪んでいると言った…

だが、歪んでいようとも、そんなことはどうでもいい!

何と言われようとも、オレは不条理や理不尽には折れない!

そして終末の運命とやらにも命を賭して戦う!!」



決意を表した綠水をカーリーは真剣な眼差しでじっと見つめている。



「あ…あは…

あはははははははは!

はははははははははは!!」

突然、女神は身体を揺すって哄笑こうしょうした。



「青い!

青いのう!綠水!!

終末の運命に命を賭して戦う…だと?

たかが人間風情がどうしようというのだ?

ぬしのそのおこがましさ…

虫唾が走るわぁぁぁぁっ!!!」



---カッ!!!!

突然、カーリーの眉間の第三の眼(アジュナチャクラ)が開いた!


---ドゴオォッッッ!

三叉戟さんさげきの棍の部分で激しく払い打ちつけられ、綠水は抜剣する間もなく大きく吹き飛ばされた。



「ぐっ…

い、いきなりなにをする?」

綠水は、すぐさま起き上がり抜剣しようと黒剣の柄を握る…


「!!!!」

綠水の目の前にはすでにカーリーの三叉の槍頭があった!


「……………」

カーリーは冷たく鋭い眼つきで綠水を見下ろしている。


「立て!わっぱ

先ほどのぬしの覚悟が本気だと言うのならば…

いま、この不条理に抗ってみせるがよいっ!!!」



---キィン

綠水はゆっくりと立ち上がって抜剣した。


カーリーの表情は真剣だ…

興が過ぎたというわけでもなさそうだ…



オレはこの死地を生き延びることができるだろうか?


これまでに感じたこともない死の予感に包まれながら、綠水はゆっくりと間合いをとった。




あたりはすでに闇夜…

ここはエドの外れの太鼓橋…

からすやまであとすこしの場所だった…


本物の神格との初対決がいま始まる!

2017/06/12 04:03 ルビ位置調整

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