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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第1章 Religious Planet
12/45

第11話 【暗雲低迷】

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



空が真っ赤に染まっている


あれは全てが燃え消えてゆく様なんだろう…


大地が真っ黒に埋め尽くされている


あれはおびただしい焦げた肉片だ…


天にも地にも魔物達が欣喜雀躍きんきじゃくやくと乱舞している


嗚呼、オレはなんてちっぽけで無力なんだろう…



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



空が真っ黒な太陽を抱いている


馬の頭をした魔物が力まかせに赤児あかごを引き裂いていた


牛の頭をした魔物が無数の棘のついた金棒で老人を叩きねていた


そうか…ここは地獄か…


ごめん…オレには助けるだけの力がないんだ…


涙が溢れてきて止まらない…



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



オレは真っ暗な道に立っている…


この場所は知ってる…


子供の頃に住んでいた北陸地方の田舎街だ


オレの前には、ふたつの人影があった


「父さん!母さん!!」


オレが必死に駆け寄ろうとすると、母がそれを制止した


こっちに来てはなりません…そう言っているように感じた


その瞬間、両親の身体を赤黒い邪悪な炎が包んだ



なぜ奪われる…

なぜオレたちはいつも理不尽に奪われる…


嗚呼あああぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!


オレは声にならない叫びをあげた



鈍く光る死神の鎌が暗闇から突如として振り下ろされてくる



嗚呼あああぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!


オレたちは奪われるためだけに生きているんじゃないぃぃっっっ!!



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「はっ!」


---チュンチュン

---チュンチュンチュン


小鳥達のさえずりが聞こえる。

優しい朝の陽射しが小窓を照らしている。



「夢…か……」

綠水は起き上がると、柄鏡えかがみを手に取って、鏡に映る自分の顔を見た。


「なんて顔してんだ…」

鏡に映ったのがゲームアバターの外見だったことには、いまさら驚きもしない。

夢で泣き腫らした目をみっともないと感じただけだった。



---ドタドタドタドタドタ


「だだだだだだ、大丈夫ですか?綠水さま!!」

1階の帳場ちょうばから慌てて階段を駆け上がってくる音が聞こえた。


「ささささささ、叫び声が聞こえましたが、綠水さま平気ですか!?

平気ですか、平気ですか、平気ですかぁ〜〜〜??」

からすやの看板娘さくらがひどく心配した様子で声をかけてくれた。



「ご、ごめん、ごめん…

ちょっと嫌な夢を見ただけだから」

綠水はふすまの向こうに優しく告げた。



「ほっ…」

さくらの安堵の溜め息が聞こえた。


「そうですか!

それならよかったです!

今日は朝食を用意いたしましたので、お召し替えが済まれましたら、広間までお越しくださいね」


「さくら、ありがとう!すぐ用意する」

ユーザインタフェースを展開してプレートアーマーとマジックローブと黒剣を装備した。


「ほんとに一度発動してしまえば、お気軽に出し入れできるんだな…」

綠水は昨日のスクルド達との問答を思い出しながら、自分の左脚にそっと触れた。

牛鬼の爪でえぐられた傷は、アインスウィルのお陰で完全に治癒している。


「なにが、『睡眠欲と食欲も組み込んじゃいましたっ』だ!

眼鏡女神め…

まさかゲームの中で本当に寝て食べるとは思いもしなかったよ…」


---ぐうぅ〜〜

気分が沈んでいても生理現象は待ってくれないか…

なんともリアリティ溢れる仕様なこった…


綠水は、食欲に抗うことなく、素直に食事をいただくため、昨日の疲労が残る身体を引きずり階段を下りることにした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




エドの街はいつもと変わりなく見えた。


冒険者会館に入ってみると、つい先日までと打って変わって、読みきれないほどの量のクエスト依頼書がゴールデンカルサイトの壁面に所狭しと貼り出されていた。


通常運転…

ゲームとしてのリリプラは、呆れるほどに通常運転だった。


「普通すぎて、むしろ腹が立つ…」

綠水は独り吐き捨てた。



それでも、変わりなく動いているのはNPCキャラ達ばかりで、現実世界に戻れなくなった冒険者達は皆、一様に暗い面持ちをしていた。



昨日の問答で、全ての冒険者は、女神達からのとうを受け止めた。

正確には受け止めざるを得なかった。


だが、これから自分達に降りかかるという災厄を、納得して受け入れた冒険者がいただろうか。

いや、いようはずがない。


エドの街を当てもなく彷徨うろついている冒険者達の顔は、皆どこか顔色がんしょくを失っている。

昨日の今日で自分を取り戻し切れた者がいないことは明らかだった。


屋内から出て来ず、人知れず涙にき暮れる冒険者も少なからずいたことだろう。



綠水も、とりあえずエドの街に出てみはしたものの、これから自分が具体的に何をすればよいのか、皆目見当がつかない。

所在なげに街を歩き続けるだけだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




いきつけの道具屋

いきつけの鍛冶屋


エドの街をひととおり回り歩くには、思いのほか時間をくうものだ。

日が西の空に傾き始めている。


エドの“街ぶら”で丸一日を無駄に費やした綠水だったが、一度頭の中をまっさらの白紙にしたい…と思っていたので、その目的は達せられたといえよう。



そろそろ、からすやに戻って明日からのことを自分なりに整理するかな…

定宿じょうやどの方角へ向かって歩みを進め始めたそのとき、綠水の目に物騒な光景が飛び込んできた。



二人組の男性冒険者が、団子屋の町娘に向かって抜剣している!


「おいおいおいおい!

なんだこの団子は?

こんなクソマズイもんで金を取ろうってかぁ?

ああぁぁん!?」

身体の大きい冒険者が凄んでみせる。


「クソ女神が食欲をシステムに組み込んだとかどーとか、ほざいてやがったから食ってやったのによぉ!

お前ら、オレ達をナメてんのかあぁ!?」

細身の冒険者も後に続いて凄む。


「めっそうもございません!

冒険者様のお口に合わないものをお出ししてしまい、申し訳ございませんでした!

なにとぞ、お許しを」

団子屋の店主らしき男が店内から飛び出してきて、町娘を庇って土下座した。


「いーや!

許せんなぁ!

どーしてもっていうんなら…

店主ぅ!ここで腹切ってみろよぉ!」


「ぎゃははははは!

そりゃいいや!

NPCって死んだらリポップするんかぁ?」


「ひぃーひっひっひっひぃーはぁ!

草不可避!草不可避ぃ!

死んでもリポップたあ、お前ら便利だなあ!

おいっ!!」


下卑げびた笑いで店主を見下す二人組冒険者。

店主と町娘は震えている。



「おい…

いい加減にしろよ…」

綠水は、冒険者達と店主の間に割って入り、静かに抜剣した。


「はあぁ?

なんだお前??

俺らはムシャクシャしとんじゃあ!

関係ないガキは引っ込んでろっ!!」

デカブツは節操なく、同じ冒険者の綠水にまで凄んできた。


「!

黒剣に黒ローブ!

闇夜の鴉(ダークネスクロウ)!?

こいつ、昨日、自力でスキル発動してたヤツだ…

や、やべえよ…」

闇夜の鴉(ダークネスクロウ)は綠水の二つ名だ。

細身の方は綠水のことを知っているようだった。


「お前ら…

NPCに八つ当たりか?

だっせぇ…

そんなに辛いんなら…お前が腹切ってリタイアしろよ…

このゲームから!」

闇夜の鴉(ダークネスクロウ)は冷たく言い放った。


「うるせえぇぇぇえ!

だぼがあぁぁぁぁぁ!

殺すぞっ!!!」

デカブツは剣を構えていきなり突進してきた。



「風よ…劔を捲き込めっ!

エリアル・ファング!!」


---キィィィィィィィィィン


甲高い金属音。

デカブツ冒険者の大剣が宙に舞い上がったかと思うと、数回転して地面に落ち刺さった。


エリアル・ファングは武器に風の牙をまとわせる、攻防一体のスタンダードスキル。

実戦向きスキルを好む綠水が多用する、短文詠唱のエンチャントスキルだ。


綠水は黒剣をデカブツの鼻先に突きつけた。


「たた、たかがNPCになにマジになってるんだよ?」


「冒険者とかNPCとか関係ない!

オレはお前らみたいに、力で他者の自由を…尊厳を…

踏みにじるヤツが許せないだけだ!」


「かっ、カッコつけんな!

ここはもう平和な日本じゃない!

弱い奴は強い奴に黙って従えばいいんだよ!

それがこの世界だ!そうだろうが!?」


---スッ

綠水の表情が消え切る。


「へえ?

なら、オレより弱いお前らは、黙って死ねばいいんだよな?」

綠水は黒剣を静かに振り上げた。


「こここ、ここはタウンエリアだぞ?

タウンエリアでHPバーは減らねえ!

PKプレイヤーキルはできねえぞ?」

無様に尻もちをつきながら、デカブツはまだ強がっている。


「ああ…

一昨日まではそうだったな…

いまはどうなってるか…試してみるかい?」

黒の魔法剣士は冷たく微笑んだ。


「ぐっ!!!

おっ、覚えてろよ!

闇夜の鴉(ダークネスクロウ)!」


二人組の下卑冒険者は、三下キャラの手本を示すかの如く、捨て台詞を残して走り去っていった。




「はぁ…」

綠水は汚いものを払うように黒剣をひと振りしてから、剣帯で背中に止めた鞘に納剣した。



「ありがとうございます!

ありがとうございます!」

団子屋の店主が綠水の手を握りしめながら何度もお礼を言ってくる。


「父と私を助けてくださって、本当にありがとう…」

団子屋の町娘が目をうるうるさせながらお礼を言ってくる。


「すげえぞー剣士さん!

スカッとしたやっ!」

周りで見ていた町人達もはやし立ててきた。


綠水は赤面した。

「いやっ

礼を言われるようなことはしてないから…

と、とにかく無事でよかった!

じゃ、じゃあ!」

なんだか気恥ずかしくなって、ぶっきらぼうにその場を後にするのが精一杯だった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ふう…

成り行きとはいえ、今日はとんでもないことに巻き込まれちゃったよ…」

綠水は、エドの街の外れにある太鼓橋まで戻ってきていた。

太鼓橋を渡れば、からすやまではあと少しの距離だ。


すっかり日も暮れてしまい、太鼓橋の上には綠水以外の人影はない。


そのとき…

あたりの空気がざわつく気配がした…


「あーはっはっはっは!

なかなかに興が乗る見世物じゃったぞ…

やはりぬしは面白いのお!

わっぱ、あらためてわれのものにならぬか?」


突然の声には聴き覚えがあった。

綠水は、声の方向、太鼓橋上の空を仰ぎ見た。


「カーリー!!」


周りの空気が凍りつく。


昨日の今日でなんということだ…

綠水は太鼓橋の上で総毛立った。

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