第10話 【産神問答〜その3】
うわっ…
イングリッド…
前から思っていたが、なぜあの人はいつもあんなに尊大な態度なんだろうか…
悪い人ではない…
悪い人ではない…と思う…
でも、こんなときでも…どうにもあの人は苦手だ…
綠水は眉をひそめた。
周りの冒険者達も、空気の読めない居丈高な冒険者をある種、哀れみの眼差しで見守っていた。
「我が主神アマテラス!
色々とここまでのことは承知した!
では、真理とやらにアクセスした我々は、リリジャススキルは使えるのようになったのか?」
イングリッドが力強く質問した。
『なるほど…
えっとそれはですねー』
『それは私が答えましょう』
スクルドを制してアマテラスが発した。
『私たち神々が何らの制限なく神意を顕現できるこの世界において…
リリジャススキルは実装済みと言って差し支えありません!
あなたたちの信仰値が一定に達したとき、それは発動します!
そのとき、あなたの主神である私は、
もう一度あなたと相見えることになるでしょう』
アマテラスはイングリッドに向かって優しく微笑んだ。
「はっ!
この命、主のために!」
イングリッドはたいへん満足気に発した。
はぁ…やれやれだ…
大仰に両膝をついて跪くイングリッドを見て、綠水は溜め息を吐いた。
「あのー」
イングリッドに続いて、綠水の隣にいたアインスウィルが手を挙げた。
まるでイングリッドの小芝居を無視するかのようなタイミングだった。
「いまの私たちの姿…
これって現実世界での姿ではないですよね?
ゲームアバターの姿の私は、以前の私とは別人なんでしょうか?」
アインスウィルの混乱はまだ治っていないようで、悲痛な面持ちで質問している。
『おお!良い質問だね!
でも、難しい質問だねー
どう答えたらいいだろうか…』
スクルドは腕組みして頭をひねってみせた。
『たしかに、あなたたちの下界での姿とこの世界での見た目は違うんだよねー
そういう意味では別人と感じてしまっても無理はないです!
でも、下界での肉体とこの世界でのアバター…
これらは全て単なる“魂の依り代”なのですよ?
あなたたちは、下界での魂の依り代を失って、代わりにこの世界で魂の依り代を得た!
依り代は変わっても中身の魂は変わってませんよね?
魂とは自我の本体のこと、あなたたちの意識の本体です!
魂こそが個性の根源であって、肉体などの依り代は単なる上っ面ということなんですよ?』
スクルドは熱心に説明するが、質問したアインスウィルは呆然としている。
『んー簡単に言うとー
見た目は変わっても、“あなたはあなた”ということですよー
別人なんかじゃないので安心して!』
これ以上の説明を諦めて、スクルドは乱暴に結論づけた。
アインスウィルは狐につままれたような表情をしたが、最早これ以上の追及をする気力はない様子だった。
ここまで長時間にわたり、まるで大学での哲学講義のような問答が続いて、たしかに、冒険者達の疲労はピークに達していた。
さすがのスクルドも少し疲れてきているように見える。
『さすがに疲れてきたねー
私たちの想定していた問いも、ほとんど出尽くしたことだし、そろそろ御開きとしてもいいかなー?』
スクルドの促しに異論を唱える冒険者はいそうになかった。
終幕する機が熟した…との雰囲気が誰もを満たす。
しかし、綠水だけは終幕に納得できずにいた。
いや…
ダメだ!
まだはっきりさせなきゃいけないことがある!
綠水は、そっと左手を挙げた…
うわぁ…
オレの空気読めなさ…
イングリッドどころじゃないよ…
綠水は無性に自身を糾弾したいような、憂鬱な気分になりながら問いを発した。
「スクルド…
あんたの見事な質疑応答にすっかり納得させられかけたけど…
そもそも、あんたたち神は、何の目的でこんな大掛かりなことをやっている?
あんたたちは、オレたちに一体何をさせようとしている?」
『おおっと!
これもいい質問だ!
でも質問がふたつあるねー』
スクルドはいつもの軽口で仕切りつつ、ちらりと他の2柱の神に目配せした。
目配せに応じてアマテラスは無言で小さく頷いた。
カーリーは小さく独りごつ。
「勘の良い童は嫌いではないがのう…
勘の良すぎるのは早死にのもとじゃぞ…」
女神達の間で何か一瞬のやりとりがあったように見えた後、スクルドは綠水の方に向き直って発した。
『大サービスで両方の問いに答えましょう!
ただし、これでファイナルアンサーとさせてもらうからねー
では、ひとつめ、何の目的で?に対する答!
みんなは“終末”って知ってるかな?
科学文明の発展によって人々が神々を軽んじて遠ざける…
とても残念なことに、いま下界はそんな状態であることは神々の間で論を俟たないんだ…
私たちを軽んじて遠ざけてしまった、あなたたち人間は、霊的な堕落の状態にあります!
あなたたち人間は“終末”を色々な言葉で語ってきましたよね?
末法
カリ・ユガ
ラグナロク
アルマゲドン
エトセトラ、エトセトラ〜
単刀直入に言いますね!
人間に“それ”が迫ってます…
最悪の大禍です…』
『大禍は大禍
大禍は逢魔が…
このまま進行すれば、まもなく下界に“終焉の魔”が顕現することになるでしょう…』
スクルドの答にアマテラスが静かに割って入った。
『こほん』
スクルドが咳払いして、答を続ける。
『続けるね!
あなたたち人間が私たちへの信仰心を失ったために、私たちは下界に顕現することが出来なくなっています…
私たち神が下界に顕現するための因果律は、あなたたちの信仰心なの…
逆に“魔”が下界に顕現するための因果律は、人間の悪意、憎悪、恐怖心なのね!
これは…いまの下界に溢れてるよね…』
スクルドは悲しそうな表情をした。
一瞬、言葉に詰まっているようにも見えた。
『実は、“終焉の魔”の顕現は一部始まっています…
下界に“終焉の魔”を届かせないための高次結界…つまり“蓋”のようなものが、このReligious Planetの世界なのです!
そう…Religious Planetのモンスター達は“本物”なのですよ…』
言葉に詰まったスクルドをアマテラスが代弁した。
気を取り直してスクルドは続けた。
『続いて、ふたつめの答〜!
あなたたちに何をさせようとしてるのか?
だったよね!
もう分かったと思うけど…
下界が“終焉の魔”で溢れ返る前に、私たちが下界に顕現できるだけの信仰心を積んで欲しいの!
あと…
ついでに、Religious Planetで塞ぎ留めている“終焉の魔”を減らしてもらえると嬉しいかな!』
ファイナルアンサー…
最後の最後に、とんでもない大暴露が来たぞ…
ここまでも散々、驚きは限界突破してきたが…
“終末”…だ…と?
綠水も、他の冒険者達も、それを受け入れるだけの心の余裕を最早持ち合わせていなかった。
まるで他人事に感じてしまうほど壮大すぎる話だった。
『ちょ、ちょっと重すぎたかな?
でも、私たちにはあなたたちの力が必要なのです…
“終末”が訪れ切るまでに、あなたたちの信仰心によって、私たちを下界に顕現できるようにしてください…
お願いは、それ…だけです…』
スクルドは申し訳なさそうに答え終えた。
冒険者達は完全なる沈黙に包まれている。
『では、これで質疑応答を終えます!
あなたたちの主神は、いつもあなたたちを見守っています!
がんばってね!』
スクルドが閉幕の挨拶らしき発言をすると、
3柱の女神達は、いまある宙よりさらに高みに舞い上がりながら眩い光に包まれだした。
「まて、まだ聞きたいことがある!」
綠水が叫んだ。
「おっ?
アマテラスの子がまだなにか言ってるぞ」
綠水の叫びにスクルドが反応した。
「オレはこの世界で目覚めるときに、
チュートリアルは終わった!と謎の声に告げられた!
あれはどういうことだ?
あの声はあんたたちと同じ神なのか?」
綠水は、舞い上がる女神達に届けと、精一杯の声を張った。
「あぁ…
あれを記憶に留めてしまってるのか…
ゼウスのやつ…まったく勝手なことをしてくれたものだ!
他神の子に唾つけるなんて、女以外にもなんて節操なしなんだ!」
スクルドはぶつぶつ言いながら右手を口の横に添えた。
『アマテラスの子〜!
聞こえるかーい?
あれは、バカな男神の戯言だから、忘れていいよーー!!
全部まーちーがーーい!!』
ええ??
なんだそりゃ??
綠水は全然納得できなかったが、女神達の姿は薄く消え始めている。
もう冒険者達からの質問には答えてくれないだろう。
『あ、そうそう!
牛鬼との戦いで、スキルを自力発動させた人らには、
早く休息をとることをお勧めしまーす!
かなりの負荷が魂にかかったはずだからー!』
スクルドの最後の声が聞こえた。
その瞬間、ひときわ眩い光に包まれ、女神達は完全に消え去ってしまった。
多くの冒険者達は、緊張の糸が解けたかのように、その場に座り込んだ。
冒険者達の頭の中に眼鏡女神の声が響きわたる。
『新拡張パックの導入確認…
新拡張パック向けチュートリアル完了…
本日、レベルキャップは100まで解放しました!
リリジャススキルも実装しました!
それでは…冒険者のみなさん、よきゲームライフを!!』
なにが、よきゲームライフだ…
最後までふざけた眼鏡女神だ…
綠水もすっかり力が抜けて、砂浜に大の字になって寝転んだ。
綠水の横ではアインスウィルもへたり込んでいた。