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狂信戦記(オリジナル版)  作者: SOL
第1章 Religious Planet
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第9話 【産神問答〜その2】

元の世界には戻れない!

ここから出ることはできない!

ゲームクリアすれば解放される?

そして…この世界での“死”は本当の“死”を意味する…


事実!

絶対的事実!!

自分の力ではどうにも覆せない絶望的事象を前に、冒険者達は混乱してみせる自由さえ失っていた。



腹を据えるしかないと理解したのか?

もしくは、種存本能が覚醒したのか?


冒険者達は、先ほどと打って変わり、先を争うように実務的な質問を投げかけだした。



アイテムは使えるのか?

クエストやレイドの仕様はどうなっている?

食事や睡眠はどうすればいい?

改宗は可能なのか?



生き残るためには情報は少しでも多い方が良いにきまっている。

冒険者達は、実務的実践的な質問を続けた。



中には、


通貨の価値を調整するための仕組みはどうする?

治安維持のための警察機能は存在するのか?


といった社会学分野のような質問も飛び交った。



PKプレイヤーキルのペナルティは変わりないのか?

などという物騒な質問まで出る始末だった。



『はいはい、はいはい〜!

気持ちは分かるけど、質問がいきなり細かくなってきたよー』

スクルドは苦笑いしながら冒険者達を制した。


『そうですねー

では、とうですー

リリプラの基本的な仕様は、いままでと変わりないです。

クエストやレイドの生成など、いままでどおり、システムが管理していきます。

時間管理エンジンなんかもこれまでどおりの仕様です。

物価や治安維持という社会学的な分野は…

んー

これはシステムではなく、人が集まるところに自然発生的に構築されていくものだと理解しています!

そのあたりは、あなたたちの知性に期待しておりますよー』


多くの質問に一括ひとくくりの包括的な解答をぶつけた後、スクルドは思い出したかのように付け加えた。


『あ、ひとつ重要な質問がありましたね!

睡眠と食事!

下界と違って肉体を魂の依り代としていない、いまのあなたたちにとって、睡眠も食事も必須事項ではありません〜

むしろ無駄な仕組みだとも言えちゃいます〜

でもね、でもね!

無駄のない人生なんて面白くもなんともないっ!

それがあなたたち人間の矜持きょうじだと私は理解しているつもりですー』

スクルドは冒険者達に微笑みを投げかけた。


『リリプラのエンジニアとして、私の判断と権限の元にぃ!

なんと、睡眠欲と食欲も組み込んじゃいましたっ!

時間管理エンジンにしっかり組み込んで構築してますから、バグの心配もないですよー

みなさん、安心して眠くなったり、お腹を空かせたり、しちゃってくださいねー』

スクルドは悪戯っぽく答えた。



なんなんだ?

この緊張感の欠片もない眼鏡女神は??

冒険者達は、くすりと吹き出した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




どうやら、質問はそこそこ出尽くしたようだ。

当初の混乱が嘘のような、落ち着いた沈黙が広がった。



しばらく沈黙が続いた後、ひとりの男性冒険者がそっと手を挙げた。


「シータ!」

綠水は彼を知っていた。


シータはロキを主神とする完全魔法特化の冒険者だ。

敵の攻撃を回避しながら多重詠唱を行うその戦闘スタイルは、【神速の魔導師ライトニングソーサラー】の二つ名で、他の冒険者をして一目置かせしめる存在だった。



「さきほどの牛鬼との戦闘…

俺は幸運にも、スキルを発動させることができたが、

これからの戦いでは幸運や偶然といった不確実なものに頼るわけにもいくまい…

この世界でのユーザインタフェースの使い方を詳しく知りたい…」

シータは冷静な口調でスクルドに質問した。



『ほむほむ!

キミはロキの子だね!

自力でスキル発動させるなんて、すごいすごい!

とんでもない有望株だねー

ロキのヤツが羨ましいなあ!』

スクルドは眼鏡の奥で目をクリクリ輝かせながら、はしゃいでみせた。


『では、とう

ロキの子!

あなたは、戦闘時の極限状態の中、きっと無意識で自分というものの根源を思い浮かべたはずだよ?

それが、この世界でリリプラのユーザインタフェースを展開するためのコツみたいなもんなんだ…』


スクルドが答えを言い切る前に、シータは納得したようにうなずいた。

静かに両眼を閉じ、右腕を宙にかざしたシータの身体が一瞬光を帯びた。


「なるほど…な…」

---ピロリロリーン


軽い電子音とともにシータの身体が緑色のヒールエフェクトに包まれた。



『おぉ〜!!

うまい、うまい!

あなたはもう使い方をマスターしたようだね!』

スクルドは、シータに対して驚いたようなそぶりをみせた後、他の冒険者達の方に向き直って続けた。


『これ、とても重要だから、いまからみんなにレクチャーしときますね!』


『まず軽く両眼を閉じてください!

弛緩と緊張!

思考はゆるめながら、意識は集中していきますー

そこから自分の深層意識にダイブします!

そうだなー

自分の大切にしているもの…

人でもペットでも、物でも価値観でも、なんでもいいです!

“他に譲れないもの”をイメージしてみてください!

イメージできましたか?

深層意識にダイブしたら、次は世界の集合意識にアクセスしますよー

集合知とか真理とか…

あなたたちがそう呼んでいるものへのアクセスですが、

完全アクセスの必要はありません

少し触れるだけで充分なのです!

あなたの譲れないもの…なぜそんなに譲れないのか?

少しだけ深く考えてみてください…

それで…扉は…開きますっ!!』

スクルドは、まるで催眠術師のように冒険者達を導いた。




---カアァッッ!

この場に居る冒険者達の身体が光に包まれる!


綠水もアインスウィルも光に包まれた。

綠水の視界にはリリプラのユーザインタフェースが展開している。



こ、これは…

さっきの導入はまるで瞑想じゃないか?

末那識まなしきにダイブして阿頼耶識あらやしきにアクセスできたということ…なの…か??



数多あまたの宗教家が求めて止まないもの…


集合知

集合的無意識

世界記憶

アカシックレコード

星の記憶

阿頼耶識あらやしき

そして、真理や悟り


様々な世界でそう名づけられた“概念”にオレたちは触れたのか?

綠水はいま自分たちに起こった事象を、直観的に正しく理解していた。



『ほぅ…

わっぱ

末那識まなしき阿頼耶識あらやしきを感じるか…

なるほど!

日輪の巫女神は良いものを飼っておるわ!』


気づくとカーリーが好奇の眼差しで綠水を見ていた。


『………』

カーリーに話題を振られたアマテラスは沈黙している。



この世界の根本概念は唯識ゆいしき…なのか…?

大学の講義で出会い、実は密かにとりこになっていた唯識ゆいしき論とこんな形で再会するとは…


「偶然などなく全ては必然…ということか…」

綠水は苦笑しながら呟いた。




『はいはい、はいはい、はいぃ〜

みんな無事に発動できたようだねー

一度、意識して発動できたユーザインタフェースは、これからはお手軽に出し入れできるから!

ジャンジャン使ってみてね!』

スクルドが緊張感なく説明してきた。



晴れてこの世界での武器を手に入れたとはいえ、


訳の分からないまま、

訳の分からない説明をされて、

訳の分からない現象が起きている、


冒険者達は誰もが疲弊し切っていた。



『そろそろ、みんなお疲れの様子だねー?

他に質問がないなら、そろそろ御開きにするよー??』

憔悴しょうすいした冒険者達の様子を見て、スクルドが促す。



すっかり女神達のペースで進んできた質疑応答だったが、


もういいだろう…

今日はもうゆっくり休みたい…


冒険者同士、アイコンタクトで閉幕に向けての空気が醸成されていった。



ところが、そんな空気感に臆することなく立ち上がった猛者があった!


「我が主神アマテラスに質問がある!」

周りの空気など微塵も読む気なさげに、居丈高いたけだかに立ち上がって発言したのはイングリッドだった!

2017/06/10 17:38 ルビ位置調整

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