プロローグ 【始まりの日】
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意識が明滅するなか、オレはいつかインターネットで観た動画のことを思い出していた。
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ひどく画質の悪いそれは、どこぞの国のテロリスト達が外国人観光客の首をダガーナイフで切り落とす動画だった。
テロリスト達による狂乱の宴の犠牲者は、そのとき既に事切れていたように思うが、肝心の首がなかなか落ちない。
『ごっ…ごりゅ…ごりゅっごっ…』
動画から吐き気が込み上げる音がしたかと思うと、
『慈愛深き神の御名において!』
という主旨の英訳テロップが画面に流れてきて、胸糞の悪さはピークに達した。
観るんじゃなかった。
そう思いつつパソコンを閉じようとしたら、テロリスト達はチェーンソーなんかを担ぎ出してきやがった。
チェーンソーかよ!
漫画やアニメのようにスッパーンと落ちるものではないのだなぁ?
そのときのオレは、呑気に本気にそう思っていた。
そんなことを思い出していた。
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記憶の旅から戻って、オレは力なく立ち尽くしている誰かの“カラダ”を力なく眺めていた。
あぁ。
あのシャツお気に入りだったのに、あんなに真っ赤に染まっちゃあ、もう着れないなぁ。
またもやオレは、本気に呑気にそう思った。
いまオレの瞳に映っているのは、間違いなく自分の“カラダ”なのだろうけど。
まさか、自分の“クビ”がこうも簡単に切り落ちるとは。
まさか、一太刀でスッパーンと切り落ちるものだとは。
そして、切り落ちてから何秒経っただろうか。
これはきっと脳のオーバークロックというやつだろう。
カラダから切り離されたオレのクビは、
〜いや正確にはオレの脳と表現するべきだろうか〜
超高速で今日の記憶を手繰り寄せた。
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今日のオレは、1年前に発売開始された【Religious Planet】というゲームのオフラインイベントに参加していた。
【Religious Planet】は、いわゆるMMORPGといわれるジャンルのゲームで、発表以来、どのゲームランキングサイトでも常に1位の座に座り続けるバケモノタイトルだった。
ゲーム内での行動制約が一切ないと言っても過言ではない、自由度の高いゲームシステム。
サービス開始から現在まで一度もダウンしたことのない、超絶安定のサーバー。
どこをとっても、一度【Religious Planet】をプレイすると、過去のMMORPGタイトルが全てクソゲーに感じてしまうほどの神タイトルだった。
もちろん、御多分に漏れることなくオレも寝食を忘れてレベリングに没頭してきた。
ところが不思議なことに、それだけのゲームを創り上げた【LOGOS】という運営会社は、他のゲームタイトルは一切手がけていなかった。
また、メディアなど公の場に会社の人間が出てくることも一切なく、何もかもが謎に包まれた運営体制であった。
そんな【LOGOS】が【Religious Planet】の配信開始1周年オフラインイベントを開催すると発表したものだから、プレイヤー達は全員例外なく色めき立った。
イベント当日は、参加者に新拡張パックが先行配布されると言うからなおのことだった。
オフラインイベントには参加資格があって、配信開始から1年間でレベルカンストしている猛者のみということだったから、参加資格なきプレイヤー達は発狂寸前だったに違いない。
イベント当日、幕張の会場に足を踏み入れることができたのは選ばれし5000人。
アジア圏のプレイヤーがプレイする【East Server】には約300万人のユーザーがいるということなので、とてつもなく狭き門だったわけだ。
もちろん、オレはそんな無理ゲーにも屈しない選ばれし真の猛者〜世間では廃人とも言うらしいが〜だったので、今日のオフラインイベントを欠席する手はなかった。
オレは、そりゃあもうイベントを楽しんだ!
グッズを買い漁った。
ゲームの世界観を解説した展示物を隅から隅まで鑑賞した。
そして、イベントのクライマックスがきた。
オレ達猛者ども全員の手には、会場入場時に手渡された新型の専用携帯デバイスがあった。
このデバイスで各猛者は【Religious Planet】にログインして新拡張パックのチュートリアルを受けるという計らいらしい。
完全なるマルチデバイスを実現しているとは、なんたる神システム!
新型デバイスを惜しみなく配布するとは、なんたる神運営!
会場のアリーナへ誘導されながら、オレのココロは踊りまくっていた。
そのとき、アリーナに設置されたステージ床から3人の美女達がせり上がってきて、オレの視線は漏れなく奪われ切った。
オレはこの美女達を知っている。
そう、彼女達のコスプレは完璧だった。
日本神話のアマテラス
北欧神話のスクルド
ヒンドゥー教のカーリー
【信仰による恩恵・福音・加護・利益】を【キャラクタースキルの源泉】とする【Religious Planet】の世界観において、いずれも人気のNPC達のコスプレだったから、オレ達のボルテージは一気に最高潮に達した。
できることなら、もっと近くで拝謁の栄に浴したかったものだ。
「神に選ばれし冒険者達よ。いま一度、私たちに力を貸してください。」
アマテラスに扮した美女が発した。
「信仰を示すのです。さすれば汝らに加護を与えん。」
スクルドに扮した美女も続く。
新拡張パックのチュートリアルが始まったようだ。
オレ達猛者ども全員は、女神達に促されて【Religious Planet】にログインした。
刹那!
あまりの刹那!!
『カーリー!!待って!!!』
というアマテラスの怒声が聴こえてきた。
そして、オレの記憶は停止したのだった。
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オレ達はどうしてこんな目にあった?
ヤツらはなんのためにこんなことをした?
会場にいた5000人は全員切られたのか??
オレの“クビ”を切り落としたカーリーは、まさか本物の女神カーリーだとでもいうのか??
色々と考察したいことは尽きなかったが、脳のオーバークロックもそろそろ終わりに近づいているとオレは察していた。
無価値で無意味な人生だったと思った。
神も仏も信じていないが、いまは生きたいと祈った。
神も仏も信じぬ者は救われぬ…だ。
オレは確かに、いま死んだ。
2017/07/04 05:14 文脈微調整