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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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もふもふへ至る道、再び

 お雪さんが連れてきて以来、たまに山姥の千代さんが遊びに来るようになった。今では美尾ちゃんとお銀ちゃんの二人でも留守番するのに問題はないけど、やっぱり信頼できる大人の姿をした人がいてくれるのは心強い。


 「ひひひ、さぁ、二人とも、どうするんや?」

 「うちはもう一枚引く。ヒットや!」

 「わしは、わしは……美尾がヒットしたとなると、くぅ、悩むのう」


 千代さんを含めた三人は居間でブラックジャックをしてた。今はなぜか千代さんが親をやってる。前に遊んだときに教えてもらって最低限のルールは把握してるらしい。

 そんな三人を尻目に、俺は現在台所で料理中や。今日は夕方の少し早めの時間に帰れる日やったから、俺が晩ご飯を作ってるってゆうわけや。三人の歓声や悲鳴がちょうどいいBGMになってて楽しい。


 「ああ!? バーストしたぁ!」

 「ふははは! そういつもうまくいくものではないということじゃな!」

 「わしは十七じゃが、お銀はいくつじゃ?」

 「なんじゃと!? また僅差で負けたのか!」


 今回は千代さんが勝ったらしい。

 ちなみに、この三人はそれぞれ特徴のある戦い方をしてて面白い。美尾は直感でどうにかするタイプで、当たると神がかり的な強さを発揮するけど、外れるとさっぱりってゆうむらのある戦い方をする。お銀は論理的に戦うタイプで、非常に堅実な試合運びをする。むらはないけど調子に乗った相手には分が悪い。そして千代さんは心理戦で有利に立とうとするタイプのようや。直感は美尾に劣り、技術的にはお銀に及ばんけど老練な戦い方をする。まぁ一言でゆうと、嫌らしい戦い方なわけや。

 それぞれの性格が表れて見ている分には面白いんやけど、このブラックジャックは全体的に美尾が一歩抜きんでてるなぁ。今回は派手に失敗したようやけど。


 「ただいま戻りました~」

 「お雪さん、晩ご飯はもうちょっとなんで、そっちで遊んどいてもらえますか」


 こっちはもうあんまりやることもないから、待っててもらったらええやろう。


 「あら、そうですか。みんな、何して遊んでるのかしら」


 洗面所から戻ってきたお雪さんにそう伝えると、再び料理に集中する。お雪さんは素直に居間へと行ってくれた。さて、あと少しやね。




 本日の晩ご飯は、キャベツの千切りを添えたとんかつ、大根の煮物、わかめと豆腐の味噌汁、そして白米や。これを用意したわけやけど、全部をひとりで作ったわけやない。とんかつは総菜のやつやし、大根の煮物は下準備を前日にお雪さんがやってくれてたりする。まぁ、これが俺の限界ってわけやな。


 「わしはとんかつとキャベツを一緒に食うのがええのう。いくらでも入るわい」

 「ほう、この大根の煮物はようできてるやん。口の中で溶とけるようや」

 「ほんまやね。さすが義隆や。でも、うちはこっちのお揚げさんの方がええけど」

 「出汁の仕込みはお雪さんにやってもろたんやけどな」

 「でも最後の仕上げをしたのは義隆さんじゃないですか」


 今日は千代さんも加えて五人で食べる。遊ぶにしても食べるにしても、たくさんいると賑やかで楽しいなぁ。


 「あ、そういえば、千代さん、お雪さん。山にいる人外って二人以外にもいるんですか?」

 「妖怪か。まぁ、おることはおるけど……あーそうゆうたら、最近あいつ見てへんなぁ」

 「あいつとは誰のことじゃ?」

 「後追い小僧のことや」

 「ああ! あの子のことですか。確かに最近見てないですね」

 「後追い小僧?」

 「山道を歩いてたらな、後ろから無言でついてきよんねん。けど、随分な照れ屋でな、振り向いたらすぐに隠れてしまうんや」


 近年やとストーカー扱いやな。昔やから許される人外やなぁ。


 「けど、道路が立派になってからは見かけんようになってしもてなぁ。どこにおるんやろう」

 「それらしき者ならば、何年か前に街中で見かけたことがあるぞ」

 「え、お銀ちゃん見たことあるん?」

 「ああ。あっちこっちで人の後をつけておったが」

 「普通にストーカーやん、それ」

 「人の後をつけるのは本能みたいなものですからねぇ。我慢できなくて山から下りたのかもしれませんよ」


 お銀ちゃんの見た後追い小僧が千代さんの知り合いと同一かはわからんけど、なんか怖いな。生粋のストーカーとは。




 晩ご飯を食べた後は、全員で居間に移ってトランプを使って遊ぶ。ポーカー、ブラックジャックを始め、ばば抜き、七並べ、大富豪と色々遊んでゆく。


 「ほぅれ、ここで革命じゃ!」

 「ああ!? うちの切り札が! なんてゆうことすんのん! お銀ちゃん酷い!」

 「ひひひ、切り札やからゆうても、最後まで残せばええってゆうもんやないわなぁ」

 「私はあんまりやることは変わりませんねぇ」


 俺達は今、大富豪をやってる。これで三回目なんやけど今回は俺が一抜けできた。手札が異様に良すぎたからや。

 それで今は残る四人がやってるんやけど、今の革命で流れはお銀ちゃんに傾いたようやな。逆に美尾ちゃんは劣勢になったようやけど。


 「う~ん、どうしよう」

 「今どんな手札なん?」

 「え? えっとなぁ、こんなんやねん」


 あぐらをかいて座ってる俺のところに身を寄せてきた美尾ちゃんに、俺は顔を寄せて手札をのぞき込む。うわ、こりゃ確かに革命されるときついわな。


 「あ~、これは……」

 「どうしたらええと思う?」

 「美尾、そなたの番じゃぞ」


 悩む美尾ちゃんが目を潤ませて顔を向けてくる。いや、そんな泣きそうな顔をせんでもええやん。

 美尾ちゃんの手札を確認した後、場に出された札と他のみんなの手札の枚数を見る。革命の首謀者であるお銀ちゃんの勢いはもう止められんやろうな。問題は千代さんとお雪さんやけど、千代さんの手札はどうなってるんかようわからん。一方のお雪さんは、さっきの言葉を信じるならば手札には極端な数字はないってゆうことやろう。


 「そうやなぁ。今回はパスやな」

 「え、パスすんの!?」


 美尾ちゃんの手札は両極端な手札しかない。しかも革命が起きた今やと価値の低い方が少し多い。幸い手札の数そのものは少ないから、びりっケツになるのを避けられるような作戦を立てるしかないよなぁ。


 「じゃぁパス」

 「ひひひ、次はわしやな」


 他の面子は順調に手札を減らしていく。美尾ちゃんの手札は現在三枚、五、十一、十三や。今まで出された手札を思い起こすと、まだ十二以上の札はわずかにある。それが出されたときが勝負やな。


 「よし、これで終いじゃ! ははは、義隆に続いて二位じゃ!」


 お銀ちゃんが上がる。これはわかってたことやから驚きはない。問題はここからや。千代さんの手札が読めんのが厄介やなぁ。あの人、パスの使い方がうまいねんな。


 「それじゃ、次は私ですね」


 お銀ちゃん以上の手札を誰も出せんかったんで、隣のお雪さんが手札を新たに出す。あ~これは無理やなぁ。


 「う~、パス」


 こうゆう我慢のときってゆうのは辛いよな。美尾ちゃんが尻尾をしょんぼりとさせてる。


 「ひひひ、わしも終わりや。ほれ」


 次に抜けたんは千代さんやった。出された手札は十二。これはいける。


 「美尾ちゃん」

 「うん。それじゃうち、これ出すな」


 そうゆうて美尾ちゃんが場に出した手札は十一やった。それに対してお雪さんは六の札を出してくる。こっちはあと二枚で向こうは一枚。

 今度は美尾ちゃんが五の札を出した。そして、お雪さんの顔色を窺う。その顔は苦笑い。首を横に振るのを見て、美尾ちゃんの表情が明るくなった。


 「やったぁ!」


 場にある札を全部どけて十三の札を出した美尾ちゃんが、喜びのあまり俺に抱きついてきた。


 「う~ん、負けてしまいましたねぇ」

 「あー、最後のは七ですか。それは厳しいなぁ」


 俺の予想通り、お雪さんの手札は真ん中の数字が集中してたみたいやな。


 「ひひひ、びりっケツはそんなに嫌やったんか、美尾」

 「うん! ほんまはもっと早う抜けたかったんやけどなぁ」

 「お銀ちゃんに革命されちゃいましたからね」


 しきりにパスばっかりしてたから何か狙ってるとは思てたけど、革命やったとはな。


 「しかし、美尾が四位になれたのは義隆のおかげなんじゃから、相応の対価を支払ってやってはどうじゃ」

 「対価って?」

 「ふむ、例えばじゃな……ああ! あれじゃ、もふもふさせてやってはどうかの?」


 気付けば俺のあぐらの上に座ってた美尾ちゃんは、一瞬考えるそぶりを見せてから体を強ばらせた。そして俺も思い出す。ああ、そんなこと前にゆうてたなぁ。


 「義隆、その、触りたい?」

 「うん、触りたい。とゆうか、もう俺の体に当たってるやん」


 美尾ちゃんに椅子代わりとして座られてるから、さっきから尻尾が俺に当たってる。美尾ちゃんもそれに気付いたらしく、微妙な顔をした。


 「まぁ、ちょっとくらいやったら、ええよ?」

 「そんじゃ触るな」


 遠慮すると次に触れる機会がいつ来るかなんてわからんから、ここは素直に触っとくとしよう。


 「おおっ、もっふもふやでぇ!」

 「美尾の尻尾になんかあんのか?」

 「あー、千代殿、実はな……」


 俺が美尾ちゃんの尻尾を堪能している間、お銀ちゃんは千代さんにこれまでの経緯を説明してた。けど、俺はそんなん関係なく美尾ちゃんの尻尾を触り続ける。


 「う、うちの尻尾ってそんなにええんか?」

 「むちゃ触り心地ええやん。顔を埋めたいくらいや」

 「えっ!?」

 「う~ん、何か新しい境地に達しつつあるんじゃないでしょうか」


 お雪さんが困った様子になってたけど、とりあえず無視して尻尾を触り続ける俺。美尾ちゃんの体がさっきより強ばったような気がするけど、今は気にせん。


 「なぁ、美尾ちゃん、ちょっと尻尾動かしてくれへんか?」

 「……うん」


 おお、ちゃんと尻尾の筋肉が動いてる! まるで俺の手の内から逃れようとしてるみたいやけど、もちろん逃がすわけがない。

 そうやって散々堪能した後、俺はようやく美尾を解放した。そしてそこで我に返る。


 「あれ、みんなどうしたん?」

 「どうしたん? ではなかろう。そなた、今まで美尾に何をしていたのか覚えとらんのか?」

 「まぁ、義隆が尻尾に執着してるんは、ようわかったけどな」

 「なんかうち、汚されたみたいや」

 「大丈夫ですって。美尾ちゃんはどこも汚れてませんよ。汚れているのは義隆さんです」


 何気にお雪さんの評価が厳しい。そんな、誰にかて特殊な趣味はあるやろうに。

 美尾ちゃんは俺のところを離れてお雪さんのそばにいる。すっかりしょんぼりとしている美尾ちゃんはお雪さんに優しく頭を撫でられてた。


 「この家の居心地はええんやろうけど、問題は家主である義隆の趣味嗜好か。なかなか厄介やな」

 「全くじゃ。わしもいつ狙われるや知れたものではない」


 お銀ちゃん、人の趣味を勝手に尻尾フェチからロリコンに変化させるのはやめていただきたい。


 「もう満足したからやることはないって」

 「一度だけで満たされるのか? とてもそうは思えんが」


 俺がこの話題を終わらせようとしてるのに、お銀ちゃんはそれを阻止しようとする。もうええやん。

 結局、この話は寝るまで続く。この日を境に、俺には尻尾フェチ属性とロリコン疑惑がついてしもた。理不尽やなぁ。

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