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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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33/35

これでよかろう?

 ある日、室内の掃除が一段落ついてくつろいでると、玉尾さんがやって来た。


 「久しぶりじゃのう、義隆。元気そうで何よりじゃ」

 「玉尾さん、おはようございます。どうぞ、上がってください」


 春以来たまに稲荷山を下りて歩き回ってるらしいけど、今日は朝からこっちに来るなんて珍しい。パンの食べ比べでもしたくなったんやろか?

 ともかく、食卓まで案内する。するとみんなが反応を示した。


 「あ、お婆さま! いらっしゃい!」

 「玉尾殿、久しぶりですの。最後にあったのはお盆前でしたな」

 「まぁ、玉尾さんじゃないですか。おはようございます」

 「うむ、皆元気で何よりじゃ。妾もこの通り、病ひとつしておらぬぞ」


 周りからの挨拶を受けながら、玉尾さんは俺の勧めで椅子に座った。その隣に美尾ちゃんがやって来る。お銀ちゃんとの遊びは中断みたいやね。

 お雪さんがお茶を用意する中、俺達は食卓を囲んで椅子に座った。


 「なぁ、お婆さま。今日は何しに来たん? うちらと遊ぶんか?」

 「今日は義隆に用があって参ったのじゃ」

 「え、俺ですか? なんかありましたっけ?」


 わざわざ玉尾さんが俺のために来てくれるなんてどんな用事なんやろ? 想像がつかん。

 手にした湯飲みからお茶を一口すすった後、着物の袖口からやたらと厚みのある封筒を取り出してこちらに差し出してきはった。


 「これは支度金じゃ。半年も遅れて済まぬの。今度は金の板のように面倒なことがないよう、人の使う紙幣を持って来た」

 「はぁ、なんや随分と厚みがあるようですけど、いくらなんですか?」

 「確か、一番高い紙幣が三百枚あるはずじゃぞ」

 「え? つまり、三百万円ってゆうことですか?」


 玉尾さんは俺の疑問に対して鷹揚に頷いてみせはった。けど、あんまりに突然なことでまるで現実感がない。

 じっとしてても埒が開かんから、とりあえず封筒の中を覗いてみる。うお、ほんまに札束っぽい。

 取り出してみると、無造作に輪ゴムで縛ってあっる使い古された一万円札が三つもあった。素人目には本物の紙幣のように思えるんやけど、なんで輪ゴムで縛ってあるんや?


 「随分と使い込まれた紙幣じゃの。もらえる物にけちを付けるわけではないが、もっと新しい紙幣の方が良いのではありませんか?」

 「妾もそう思ったんじゃがの。そうでもないらしい」

 「その言い方ですと、ご自身で工面されたのではないんですか?」


 お銀ちゃんの質問に対して微妙な返答をした玉尾さんは、更にお雪さんから尋ねられてやや悩ましげな表情をされる。


 「妾自身が人の世に疎い故に、伝手を使って支度金を用意したんじゃよ。以前返してもろうた金の板と引き替えにな」

 「しかし、あの刻印のない金の板を換金するのは危険じゃと義隆が話しておりましたが」

 「うむ、それは妾も承知しておる。故に伝手を使ったんじゃよ」

 「伝手? なんやろ?」


 美尾ちゃんは不思議そうに首をかしげてるけど、これはこれ以上追求したらあかんことやな。その証拠にお雪さんもお銀ちゃんも突っ込まへんし。


 「義隆よ、これだけあれば当面はどうにかなるじゃろう?」

 「ええ。何もせんでも一年間生活できますやん」


 それを聞いた玉尾さんは満足そうに頷いた。いやそれにしても、こんなあっさりと大金を用意するなんてすごいなぁ。


 「ということは、これで当面の生活費に問題はなくなったというわけじゃな」

 「そうですね。よかったじゃないですか、義隆さん」

 「あーそうなんですけど、こんな大金をもらえるなんて予想外やったなぁ」


 多くても数十万くらいやと考えとったのに、まさかの三百万円。どーしよ、これ。


 「なぁ、お婆さま。さっきお銀ちゃんもゆうてたけど、なんでこの紙幣ってみんなよれよれなん? 新しいのなかったん?」

 「まだ答えておらんかったな。それはな、使い古した紙幣の方が足がつきにくいからと聞いておる」

 「足がつきにくいって、なんか危ないお金なんですか、これ?」


 身代金を要求するときにピン札より使い古したやつを要求するって話はよう聞くけど、今の玉尾さんの話やとなんかそれに近いよなぁ。


 「問題はない。何かあってもそなたに累が及ぶことはない故に、安心して使うがよい」

 「まぁ、そうゆわれるんなら」


 確かに嬉しいけど、素直に喜べんお金やなぁ。これを突っ返すわけにもいかんし、一応懐に入れておくとするか。


 「そのままにしておくと危ないですから、すぐに銀行の口座に入れておいた方がいいですよね」

 「いや、これは箪笥預金するしかないなぁ」

 「箪笥預金とはなんじゃ?」

 「手元に置いておくとゆうことですよ、玉尾さん」

 「なんで銀行に預けへんの?」

 「こんな大金一度に銀行へ入れたら怪しまれてしまうからや。ほら、金の板の換金と同じようなもんやねん。銀行と取引したことは全部記録に残るし」

 「うわぁ、今の世の中って銭の管理が厳しいんやなぁ」

 「実のところ税務署対策ってゆう意味合いの方が大きいんやけどな」


 別に悪いことではないんやけど、どうゆうわけか税務署ってこうゆうところに鋭いねんな。もっとも、俺みたいな非常勤講師の動向なんていちいち調べとらんねやろうけど。


 「思った以上に金銭に関する取り扱いは厳しいんですね」

 「俺らのような一般人は普通は気にする必要なんてないけどな。大金が動く場合は特に大変らしい」


 このもらった支度金は、今後少しずつ使っていくことにしよう。どうせ俺の稼ぎだけやといつかは破綻するんやし、嫌でも使うことになるはず。


 「あーでも、そうなるとうちとお銀ちゃんが働く意味ってなくなるんかなぁ」

 「そんなことありませんよ」

 「そうやん。美尾ちゃんとお銀ちゃんの働く意味がないってゆうんやったら、俺とお雪さんの働く意味もないやん」

 「これで丸一年何も働かずに生活できるんじゃったか? 生活の助けにはなるが、労働の価値を下げるものではないじゃろう」


 原則としては不足分を補う形でしか使わんつもりやしな。稼ぐ額が多いほどいいことに変わりはない。その辺りをみんなで説明すると、美尾ちゃんもようやく納得してくれたらしく、表情に明るさが戻った。


 「よかったぁ!」

 「あの亜真女の仕事は面白いからな。これからも続けていきたいの」

 「うん、まだ二人にしか話を聞いてへんけど、これからもっとたくさんの話を聞きたいよね!」


 どうも二人はあの仕事を気に入ってるらしい。確か取材したんって、お銀ちゃんと玉尾さんやったっけ?


 「さて、これで妾の用は済んだ。そなたらは、これから何かすることでもあるのかえ?」

 「お銀ちゃん、なんかある?」

 「いや、何かして遊ぼうと思っとったところじゃが」

 「これから北野天満宮に行こうと思っておる。ついてくるか?」

 「行く!」


 真っ先に美尾ちゃんが手を上げる。玉尾さんはその頭を愛おしそうになでた。


 「ふむ、その辺りに良い家があるか探してみるのも悪くないの」

 「私も今日は何もありませんからお供できますよ」

 「そうやなぁ。それじゃみんなで一緒に行くか」


 俺だけ反対する理由もないしな。それに、たまにはどこかに出かけたいし。


 「決まったようじゃの。なら、今から行くとしようか」

 「「わーい!」」

 「戸締まりしてきますね」

 「三人は玄関で待ってて。すぐ行くから」


 俺は玉尾さんからもらった札束から何枚かの紙幣を抜き取って、近くに置いてあった財布の中に入れる。まさかいきなり役に立つとはな。

 そして、残りは封筒に再度しまって棚の中に入れた。きちんとした保管場所は後で考えるとしよか。


 「義隆ぁ、まだぁ!?」

 「今行く~!」


 待ちきれん美尾ちゃんから早速催促がかかってしもた。早ういかなあかん。

 俺は台所と居間の電気を消すと、小走りに玄関へと向かった。

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