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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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30/35

恩を仇で返しちゃいかんよね

 とある昼下がり、珍しくお雪さんが電話で誰かと話をしてた。近くを通ったときには話が終わった頃やったらしく、内容については全くわからんままや。


 「ありゃ、珍しい。電話ですか」

 「ええ、千代さんっていうんです。ほら、以前お話しした山姥ですよ」

 「へぇ、山姥の千代さんかぁ……え、山姥!?」


 なんで普通に電話してるんですか!? あんまりにも自然な言い方やったんで危うく聞き流すところでしたやん!


 「そうです。千代さんって携帯電話を持ってますから、こうやって連絡が取れるんですよ」


 便利な時代になりましたよね、ってお雪さんは更に言葉を付け加えてきたけど、重要なんはそこやない。


 「その山姥の千代さんって携帯電話使えるんですか」

 「ええ。以前から契約しろって勧められるんですけど、かける相手なんてほぼいませんでしたから未だに持ってないんです」


 すげぇ、山姥が雪女に携帯電話の契約を勧めるんか。その発想は全くなかったな。人外が文明の利器を使ってるって未だに違和感あるもんなぁ、俺。


 「それで、何の話をしてたんです?」

 「前に山姥に会いたいって義隆さんが言ってたでしょう? ですから、今日来てもらうことになってるんです。それで、最寄りの駅に着く時間を教えてもらったんで、今から迎えに行くところなんですよ」

 「そうゆうたら、そんな話をしてましたよねぇ」


 今思い出した。冬の山でたまに世間話をする仲やったっけ。わざわざ来てくれはるんか。

 それにしても、当たり前のように電車に乗ってるんか。周りの人はどんな反応してるんやろ? ああそうか、変身くらいできるか。


 「迎えに行くんでしたら、俺も一緒に行った方がいいですか?」

 「いえ、家でお出迎えする準備をお願いします」

 「ああそうか、そっちもやらんと駄目ですね。わかりました」


 お雪さんは俺に必要なことを伝えると玄関へと向かった。さて、お茶の準備をするか。




 それから三十分ほどして、お雪さんは山姥の千代さんを家に案内してきた。俺は美尾ちゃんとお銀ちゃんも引き連れて玄関で迎える。


 「ひひひ、わしが山姥の千代や。人間とやりとりするときは、御岳千代おたけちよと名乗ってんねん」


 見た目はまるで貧乏神のように、どうにもみすぼらしい格好をしている。更に頭髪は、芸術は爆発だ状態や。貧乏神って名乗られても違和感は全くないな。

 とりあえずこちらも名乗ってから奥へと入ってもらう。食卓で席のひとつに座ってもらってお茶を差し出した。


 「いやぁ、お雪から電話がかかってきたときは驚いたわ。今まで何度勧めても携帯電話を持とうとせんかったのに、どうしたんやって聞いたら、男の家に転がり込んでるってゆうんやもんな。思わず我が耳を疑ったわ」

 「俺は千代さんが携帯電話を持ってるって聞いたときに驚きました。失礼やけど、山姥と携帯電話がつながらんかったんで」

 「ひひひ、まぁ、妖怪なんぞ人からすれば過去の遺物みたいなもんやからな。けど、わしらかて生きていかなあかんから、ある程度は人の道具を使えるようにならんとあかんやろう」


 非常に現実的な山姥さんで内心驚く。お雪さんのときも結構驚いたけど、千代さんの場合はその上をいくな。


 「というか、山奥って電波届くんですか? それに、充電するための電気はどうしてるんです?」

 「携帯電話を使うときは大抵人里の中かその近くにおるから電波は届くし、充電もなんとかなんねん」

 「あれ、お雪さんと同じように冬だけ籠もってるんですか?」

 「いや、わしは年中山を降りたり登ったりしとるよ。そやから冬の山で会うのもそんなないなぁ」

 「逆に街中でばったりと出くわすことがありますけどね」

 「そうや! 何年か前に出町柳でうたときなんかほんまに驚いたわ」


 お茶をすすりながら千代さんは俺の質問によく答えてくれる。えらい気さくやな。


 「のう、千代殿。山姥のそなたは、山の中で旅人を驚かせておったんじゃろう? 今は何をしておるんじゃ?」

 「今も人を驚かせとるぞ。ただ、昔のように家に泊めるということはもうしとらんけどな」

 「なんでしてへんの?」

 「今は昔みたいに歩いて何日も山を抜けるということがなくなったからや。立派な道を作って、その上を自動車ってゆう鉄の塊がぎょうさん往来するようになったからなぁ」


 どうも妖怪家業も楽ではないらしい。気ままに生きているようで、なかなか難しいみたいやな。


 「なぁ、昔は家に泊めてどうやって驚かしてたん?」

 「まず若い女に化けてな、ひとりで旅してる男を誘うんや。それで家に泊めてある程度くつろがせたところでこの姿に戻ると、男は驚いて逃げていくってゆう寸法や」

 「そんなに簡単にひっかかるものなのか?」

 「ひひひ、そりゃもう面白いように引っかかるぞ。見てくれに騙される奴ばっかりや」

 「でもそれって危なくないんですか?」


 男が驚いて逃げるってゆうけど、その美人な姿のときに襲われたらどうするんやろう。そこまでして驚かせる理由もわからんが。


 「もちろん、そうゆう奴もぎょうさんおったけど、みんな返り討ちにしてやったわ、ひひひ。お前さんはどうじゃろうなぁ?」

 「ははは、いやぁ、何もせぇへんのと違いますかなぁ」

 「ほんまかぁ?」

 「うん、義隆は変なことなんてせぇへんよ」

 「そうじゃの。義隆が女に手を出すところなんぞ想像できん」

 「ふふふ、そんな勇気なんてないですもんね」

 「え? 俺信頼されてるんと違ったん!?」


 みんなのあんまりな反応に俺は愕然とした。そんな馬鹿な!? もっと信頼されてると思ってたのに!


 「なんや、ひとつ屋根の下に四人で暮らしてんのに、誰にも手ぇ出してへんのか?」

 「お客さんに手を出したらまずいでしょ!?」

 「まぁそうなんやけど、そんなそぶりもないんか? それは男としてどうなんや?」

 「どうせぇっちゅーんですか!」


 どっちに転んでもあかんって、そりゃないですやん! そんな俺と千代さんのやり取りを見て周囲は笑う。


 「そうじゃ、せっかくやから試してみよか?」


 千代さんはそうゆうと、目の前で変身する。美尾が変身するときと同じで、ぼふってゆう音と白い煙が現れた。


 「うぉ!?」


 いきなりのことにも驚いたけど、変身後の千代さんは確かに美人やった。こう、なんてゆうんやろか、派手さはないけどお淑やかな感じやな。


 「ふふふ、どうやこれ? これでも何とも思わへんか?」


 と、しなを作りながらこちらに色目を使ってきた。口調も声色も姿と同じようにさっきとは全く違う。けど、なぁ。


 「あー、確かに美人やとは思いますけど、さっきの姿を知ってるから……」

 「しもたなぁ。先にこっち側を見せとくべきやったかぁ」


 千代さんは残念そうに体の力を抜く。最初にこっちの姿を見てたらどうなってたんやろ。


 「そうだ、義隆さん。千代さんは今晩ここに泊まってもらうつもりですけど、よろしいですか?」

 「え? ああ、いいですよ」

 「そうや。千代はん、トランプして遊ぼ! お銀ちゃん、みんなでトランプしよ!」

 「ふむ、それは良いの。千代殿、どうじゃろう?」

 「西洋の遊びやったな。遊び方を教えてくれるんなら」

 「やった、ブラックジャックしよ!」

 「いや、ポーカーじゃろう」

 「ばば抜きや七並べやないんか」


 美尾ちゃんとお銀ちゃんの提案に苦笑いしつつも俺達は全員が居間に移る。千代さんの実力はわからへんけど、最初は何をやっても美尾ちゃんとお銀ちゃんが勝ちまくるんやろうなぁ。

 夕飯の支度まではまだ時間があったんで、お客さんの千代さんを含めて珍しく五人であそんだ。

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