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京の街を散策してもらおう

 人の町を案内してほしいと頼まれてるわけやけど、名案が浮かばんかったんで、ちょっとお出かけをするという感覚で街を回ってみることにした。なら、電車に乗って少し遠出をした方がええやろう。現代の人の街についてなんも知らんってゆうなら、ふらふらと歩き回ってるだけでも面白いはず。

 そんなことを考えつつ、俺は京阪電車の伏見稲荷駅に向かった。より近いJRを使わんかったのは、単に京阪電車の方に乗り慣れているからという理由だけやったりする。

 途中、踏切に驚いたり疎水──正確には鴨川運河──に目を見張ったりと色々反応が面白おもろい。ただ、それをのんびり眺められていたわけやない。とにかく色々と質問してくる。俺の狙いは当たったわけや。


 「はぁ、やっと着いた」

 「ほほほ、誠にそなたは良い案内役じゃの。妾の目に狂いはなかったわけじゃ」

 「珍しい物だらけやね、人里って!」


 普段なら数分もかからん道のりに何倍も時間がかかって俺は疲れた。まぁ、楽しんでもらえてるんならええやろ。

 目の前に現れた京阪の伏見稲荷駅は、主要な部分の柱は朱色で壁は白色と神社を模した駅や。今ではこんなもんって俺も受け入れてるけど、始めて見たときはなんて悪趣味な駅なんやって思ったもんや。まぁそれは、JRの駅も同じなんやけどな。


 「なんか稲荷の神社みたいやね」

 「あれをまねてるからな」

 「なぜそのようなことをするんじゃ?」

 「ここが伏見稲荷大社に一番近い駅ですよって、見るだけでわかってもらうためなんとちゃいますか? 目印くらいの意味やと思いますけど」


 それはともかく、電車に乗るため三人分の切符を買おうとした俺やったけど、どうせならということで二人に自分の切符を買ってもらうことにした。少し背伸びしながら操作する美尾ちゃんを見て俺と玉尾さんはほっこりする。思わずお持ち帰りしたくなるようなかわいらしさやな。

 そして自動改札機を通して構内に入るわけやけど、ここで面白いことが起きた。

 俺と玉尾さんが自動改札機を通り抜けた後、今度は美尾ちゃんが通り抜けようとした。けど、切符を自動改札機に入れて取り出した後、美尾ちゃんが構内に入ろうと進んだらピンポーンという警告音と共に行く手を阻まれたんや。


 「ふえ!? なんで!?」


 突然目の前を四角い板で遮られた美尾ちゃんは驚いて混乱してる。うん、あれは俺でも驚くさかいにしょうがない。いきなり出てくるもんな。


 「うち、お婆さまと同じようにやったのに、なんで通せんぼされんの!?」

 「駅員さん、すんません」

 「あーはいはい、いいですよ~」


 駅員がにこやかに機械を操作して自動改札機の四角い板を開けてくれると、美尾ちゃんはつんのめるようにして玉尾さんに抱きつく。その顔は半泣きや。


 「お婆さまぁ!」

 「ほほほ、もう大丈夫じゃぞ」

 「うち、あれ嫌いや!」


 あーあ、すっかり拗ねてしもたなぁ。でもそんな姿もかわいらしい。




 電車内でもあれこれと二人から質問を受けいたせいもあって、乗ってる時間はあっという間に過ぎた。


 「うわぁ」

 「これは、なんとまぁ」


 地下鉄の駅みたいになってる出町柳駅から地上へと上がった玉尾さんと美尾ちゃんは、周囲を見たとたんに目を見張った。お稲荷さん近辺と違って、鴨川のすぐそばやから見晴らしがええしな。


 「それじゃ、とりあえず下鴨神社へ行きましょか」

 「うわ、これが川かぁ」


 俺のかけた声が耳に入っていない美尾ちゃんは、初めて見る大きな川に感動してた。それをほほえましく見つつも、玉尾さんが手をつないで美尾ちゃんを引っ張ってゆく。

 俺達は橋を渡って三角州の南端に入った。ここからひたすらまっすぐ北に進むと森の奥に下鴨神社がある。昔はこの三角州一帯が神社やったらしいけど、今はごく一部だけが残るばかり。全てを歩き回るのにそれほどかからん。ただ、さすがに外部の喧噪がほとんど聞こえない程度には森に囲まれてるけどな。その分観光客がぎょうさんおるけど。


 「伏見稲荷の神社も騒がしいけど、ここも騒がしいなぁ」

 「催事があるわけでもないのに、なぜこれほど人が集まるのじゃろうな?」

 「みんな暇なんかな?」

 「まぁ、ある意味間違ってへんねやろうけど」


 思わず苦笑いしてしもた。あんまりにもまっすぐすぎる言い方や。


 「しかし、これでは神社の静謐さが乱れてしまうじゃろうに」

 「いやぁ、どこも食っていくのが大変なんですよ」

 「いつの世もそう変わらぬが、それにしても神社はどこも商売に励みすぎやせんか?」

 「そんなにぎょうさん銭を稼いで何に使つこうてんねんやろな?」

 「ははは、なんやろうね?」


 とりあえず無料で回れるところは一通り回る。美尾ちゃんは神社のあれこれを聞いてきたけど、玉尾さんはそれより観光客や現代的な道具なんかに興味を示してた。それぞれ気になることは違うんやな。




 「さて、それじゃ一通り見て回ったから休憩しましょか」

 「どこで休むん?」

 「せっかく下鴨神社まで来たんやし、みたらし団子を食べられる店に行くつもりや」

 「ほう、団子とな。そう言えば、まだ美尾には食べさせておらなんだな」

 「団子かぁ。どんな味がするんやろうなぁ」

 「たまに帰ってくる娘さん夫婦は、お土産って持って帰ってこんかったんですか?」

 「土産話ならいくらでもあったがのう」


 どうやら物を差し入れる習慣はないらしい。人間やと当たり前なんやけどな。まぁ、狐の姿で荷物を抱えるのも難しいやろうしなぁ。

 また食べたことのない物を食べられると喜ぶ美尾ちゃんを先頭に、俺達は下鴨神社の北西の外れにある店へと入った。


 「今度は店の中で食べるんか?」

 「うん、休憩するってゆうたやろ」


 案内された席に座りながら俺は美尾ちゃんの質問に答えた。二人はまだ平気そうな様子やけど、実は俺が疲れたからやったりする。運動不足の三十代には、自宅からお稲荷さん、下鴨神社と回るのはなかなかきつい。

 お茶を差し出しにやってきた店員にみたらし団子を三人分注文する。注文の品がやってくるまでの間の美尾は、しきりに厨房へと視線を向けていた。


 「お待ちどうさんです~」

 「うわ、これが!」

 「ほう?」


 店員が俺達の目の前に置いていった皿の上には、たっぷりの黒いたれがかけられた団子が並んでいた。串ひとつにつき五つの団子でそれが三本や。少しお焦げの付いた団子とたれの香りが猛烈に食欲をそそる。


 「あれ、なんでこの団子、一番端のひとつだけ離れてんの?」

 「厄除けのためにこの団子を作って食べておったそうじゃ。そのひとつ離れている団子が頭で、残りは手足じゃったはず」

 「それやとこの串が胴体なんか」


 手に取った一本を美尾ちゃんは笑顔で見る。

 しゃべってばっかりいても仕方ないから俺は二人に食べることを勧めた。たれをたっぷりと付けた団子をひとつ、どちらも口に入れる。


 「うわ、甘いなぁ!」

 「意外とあっさりとしておるの」


 俺も同時にひとつ食べてみたが、確かにたれは甘さ全開というような感じやない。少なくとも砂糖が口の中に張り付くような感じやないな。これが上品な甘さというやつなんか? 普段の俺には縁がないなぁ。

 それと、団子の食感も普段食べ慣れているものと違う。少しお焦げが付いているところからもわかるとおり、表面上は香ばしい。そして団子の中は完全に餅として練り上げられているんやなくて、わずかに餅米みたいな感触がある。


 「うずらの丸焼きも良かったけど、こっちもええなぁ」

 「以前みたらし団子を食べたときは何もついておらなんだが、このたれはこの店特有のものなのか?」

 「え、たれの付いていないみたらし団子ってあるんですか? みたらし団子ってゆうたらこのたれが必ず付くもんやと思ってたんですけど」


 意外やな。後で調べたところ、昔は団子のみか醤油だれを付けて食べとったらしい。あのたれはだいぶ後になってから作られたと聞いて驚いた。

 他にも、玉尾さんのみたらし団子の話や美尾ちゃんの団子を食べた感想などを聞いたり、俺からは最近の食べ物の事情について話をしたりする。話し始めると意外に面白かったのでつい話し込んでしまう。そのため、みたらし団子を再度注文することになった。

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