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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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山奥でひっそりと生きてます

 お盆が過ぎました。この時期を境に暑さは和らいでゆきますが、まだ残暑というほどには涼しくありません。


 「こう暑いと外に出たくなくなんなぁ」

 「全くじゃ。こうして涼しい部屋に籠もるのが一番じゃな」


 元気印の二人、美尾ちゃんとお銀ちゃんでさえもまだ外には出たがりません。もちろん私もです。熱さには人以上に弱いですからね。

 そうそう、私、今日はお休みなんですよ。ですから、掃除や洗濯をするときに少し外へ出ることはありますが、それ以外のときは朝からずっと家の中にいます。


 「あーやっと一段落ついたぁ」

 「あら、義隆さん。作業は終わったんですか?」

 「今までやってたやつはね。まだ他にもあるけど、一旦休憩ですわ」


 自室からやって来られた義隆さんが、やかんのお茶を湯飲みに入れて飲み干します。そして立て続けにもう一杯。


 「はぁ、うまい。あれ、お雪さんも休憩ですか?」

 「ええ。晩ご飯の用意はまだ早いですし、今はあの二人を見ています」

 「ああ……ありゃ、今度はブラックジャックかいな」


 前はポーカーという遊びを盛んにやっていたはずですけど、もう飽きたのでしょうか? しかし、どこでその知識を手に入れたんでしょうね?


 「さぁ、お銀ちゃん、どうすんの?」

 「むむむ、ここは強気に攻めねばなるまい。ヒットじゃ!」


 しばらく様子を見てると、どうも美尾ちゃんが親をしているようです。上機嫌らしく、お耳ぴこぴこ、尻尾ゆらゆらとさせています。ポーカーのときはお菓子を掛けていたようですけど、今回は何も掛けてないようですね。純粋に遊戯を楽しんでるみたいです。


 「お雪さんはやらんのですか?」

 「見てるだけでも楽しいですよ」

 「まぁ、あの二人の場合は、見てる方が楽しいんでしょうけどね」

 「酷いですね。その通りですけど」


 お互い視線を交わして笑い合います。

 再び視線を戻して美尾ちゃんとお銀ちゃんを見ていましたが、義隆さんがふと何かを思い出したように尋ねてきました。


 「あ、そうや。お雪さん、いつ頃山に登るんです?」

 「毎年十月いっぱいで仕事を辞めて、十一月に山へ登ることが多いですね。でもこれは、仕事をやめる時期と部屋を出る時期が一ヶ月単位でしか調整できないからです。今回は仕事のことだけを考えたらいいんで、十一月いっぱいまで働けますよ」

 「十二月に山へ入れば間に合うんですか?」

 「ええ。以前ですと十一月中に入ってないと駄目でしたけど、最近は十二月にずれることが多いです」

 「ということは、十一月まではこっちにいて、十二月から出て行かはるわけですね」

 「ええ」


 今年の冬の予定についてでした。そう言えばまだ話をしていませんでしたね。

 ああそれなら、私の方からも言いたいことがありました。


 「あ、そうだ。私の方からお願いがあるんですけど」

 「珍しい。なんですか?」

 「来年も居候させてもらえますか?」


 申し訳なさそうに、おずおずとお願いをします。私は自分が美人だということを知っていますから、大抵の男の人でしたらこれで了承してくれるっていうことも知ってるんですよね。ただ、義隆さんの場合は例え貧乏神であっても頷くんでしょうけど。


 「今まで人里ではひとりでも苦になったことはなかったんですけど、ここって妙に居心地が良くて。たぶん、美尾ちゃんやお銀ちゃんが、あんな風に楽しく暮らしてるからだと思いますけどね」

 「ははは、そりゃどうも。まぁ、どうせ部屋も余ってますから、来年以後も泊まってもらっていいですよ」


 義隆さんは照れたらしく、視線をそらしました。

 そのとき、居間から歓声と悲鳴が聞こえてきました。どうやらまた決着がひとつついたようです。




 今夜の晩ご飯は肉じゃがです。ここでは牛肉とじゃがいもと玉葱と糸こんにゃくを使ってます。味付けは家主さんである義隆さんに合わせてあるんですよ。私ですと薄すぎますから。

 みんながいただきますと唱和してから一斉に肉じゃがへとお箸を入れます。


 「おお、じゃがいもがほくほくじゃの」

 「お肉ちょっと堅い?」

 「すじに当たったんか? 食べられる?」

 「うん、いける。これくらい噛めるもん」


 美尾ちゃんのお肉に若干問題があったようですけど、それ以外は大丈夫そうです。


 「そうや、お雪さん。さっきの話で気になったことがあるんですけど」

 「はい? なんでしょう?」


 美尾ちゃんとお銀ちゃんがひたすら肉じゃがをついばんでいる中、義隆さんが私に話しかけてきました。箸を止めて次の言葉を待ちます。


 「さっき、人里ではひとりでも苦にならないってゆうてましたけど、山にいるときってひとりやないんですか?」

 「ああそのことですか。基本的にはひとりですよ。ただ、山にいるのは私ひとりだけじゃないんで、たまに他の知り合いと会うことがあるんです」

 「知り合い? 冬の山に誰かいるんですか」

 「ええ。山姥やまんばですよ。昔は山道を往来する旅人をよく驚かせていたそうです」

 「最近じゃと登山客なんかを驚かせておるんじゃろうか?」


 牛肉と玉葱を噛んでいたお銀ちゃんが、口の中の物を飲み込んでから話に加わってきました。美尾ちゃんはお耳をぴこぴこさせてこちらの話は聞いているようですけど、まだ肉じゃがを食べるのに忙しいようです。


 「そういう話も聞いたことはありますね。でも、近頃は道が整備されすぎていたり、人が賢くなっていたりしてあんまり驚いてくれないそうですよ」

 「道が整備されすぎてるってどうゆうことですん?」

 「ここ数十年で山中の道もアスファルトっていうもので作られるようになったでしょう? そうなると、小径こみちとの見分けがつけやすいんで、思ったところに誘導できないそうなんです」

 「人間の側からすると、遭難しないんで結構なことなんですけどねぇ」

 「商売上がったりだって嘆いてました」

 「どこも大変じゃのう」


 糸こんにゃくをお箸で一塊つかみ上げたお銀ちゃんは、それをそのまま口へといれました。


 「それで、お雪さんはその山姥と会ってるんですか」

 「はい。普通は山の中を行ったり来たりしてますが、たまに山姥の家に寄ることもあるんですよ。というか、少ないですけど私にも手荷物があるんで、家に置かせてもらってるんです」

 「まさか雪女と山姥が共生してるなんて思いもせなんだなぁ」

 「普段は世間話をするくらいなんですけどね」

 「うち、一回会ってみたいなぁ」


 食べることは一段落したらしい美尾ちゃんが、ようやく会話に参加してきました。他の全員が注目します。


 「なぁなぁ、お雪はん、そのお雪はんの知り合いと会ってみたい」

 「そうやなぁ、俺も会ってみたいなぁ」

 「それじゃ連れてきましょうか?」

 「え、そんな簡単に来てくれるもんなんですか?」

 「最近はあんまりやることがなくて暇してるでしょうから、声を掛ければ喜んで来てくれますよ」


 基本的にひとりでいることが多い私達妖怪ですが、誰にも相手にされないというのは寂しいですからね。


 「それじゃ、機会があったら連れてきてもらいますか」

 「はい、いいですよ」

 「どんな人なんやろうなぁ」

 「聞いた話じゃと、姿は貧乏神みたいらしい。ただ、貧乏にされることはないそうじゃが」

 「へぇ、よかったな、義隆。これ以上貧乏にならへんみたいやで」

 「貧乏神が来ても平気やったんやから、そりゃどうもないやろ」

 「ふふふ、でも、怒ると怖いですよ。なたを振り回して襲いかかってきますから」

 「悪夢じゃな」


 義隆さんと美尾ちゃんが凍りついてしまいました。怒らせると怖いのは確かですけど、いつも通りにやっていれば大丈夫なんですけどね。面白いのでもう少しこのままにしておきましょう。

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