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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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災いは向こうからやってくる

 そろそろお盆も近くなってきたある日の夕方、うちはお銀ちゃんと遠出をした後、義隆の家の近所まで戻ってきた。


 「お銀ちゃん、残念やったね」

 「う~む、まさか先約がいるとはなぁ」


 今日もお銀ちゃんの取り憑く家の候補を見てきたんやけど、既に他の妖怪が取り憑いててあかんかった。結構良さそうってゆうってただけに、お銀ちゃんの落胆ぶりは見てて可哀想やったなぁ。


 「ずっと引きずってても良うないし、元気出そ?」

 「そうじゃの。次の候補を探すとするか!」


 あ、お銀ちゃんが少しずつ立ち直ってきた。少し時間がかかったけど、やっと元に戻ってきてくれた。よかった! やっぱり元気なんが一番やもんね!


 「あらぁ、御前さんところの二人やないの!」


 もうすぐ家に着くというところで、うちらは後ろから声をかけられた。甲高い声で、やたらと突き刺さるような声色や。


 「あ、安田はんやん」

 「お、おう。こんにちはじゃの」


 振り返ると予想通り近所に住む安田はんやった。確か義隆がゆうには独身中年女性なんやったっけ? お銀ちゃん曰く、嫌みな行かず後家や。


 「まぁ、美尾ちゃんは相変わらず浴衣なんやね。どこかでお祭りでもあったんかなぁ? 御銀ちゃんはいつも変わったしゃべり方するわねぇ。その言葉遣い、直した方がええんとちゃう?」


 そう、これやこれ! この安田ってゆう人、ほんまに嫌みったらしいんや! 義隆のご近所さんやから我慢してるけど、嫌やわぁ! お銀ちゃんの顔も引きつってるやん!


 「な、何かようですかの?」

 「嫌やわ。単に見かけただけやから、声をかけてあげただけやん。それよりこの前、あんたらんところの御前さん、また新しい女の人を連れ込んだんやって?」

 「新しい女の人?」

 「そうそう! 美尾ちゃんみたいに和服を着た無茶苦茶美人な人らしいやん。木村さんがそうゆうてたよ?」


 木村のおばちゃーん! なにゆうてくれてんの!

 それでその和服を着た無茶苦茶美人な人って、お婆さまなんと違うかな。亜真女はんのことは安田はんも知ってるやろうし。


 「元々冬山さんと一緒に住んでる上に、最近引っ越してきたお隣の川谷さんとも仲が良いってゆうのに、その上また他の女の人を出入りさせはるなんて、御前さんは何考えてはるんやろうねぇ? こんな小さい子らを育てる環境と違うと思うんやけど」


 うわ、なんや腹立つな! 義隆のおらんところでこんなことゆうんか! しかも、何も言い返せん小童や思うて好き放題ゆうなんて! 木村のおばちゃんは単に面白がってゆうてるだけやけど、この人は口調や態度からこっちを馬鹿にしてることがわかってかなんわ!


 「そんなんうちらにゆうてどうしたいんですか?」

 「え? どうもなにも、単にあんたらも大変やねぇって言いたいだけやん。人様の家に首を突っ込むようなことはできひんし」

 「首は突っ込まんが、口は出したいというところか?」


 それまで上機嫌にしゃべってた安田はんは一瞬顔を引きつらせた。お銀ちゃんも我慢の限界が近いらしい。


 「ま、大人に口答えするなんて、御前さんはどんな躾をしてはるんや?」

 「子供だからとて無条件に大人の言うことを聞けば良いというものでもないじゃろう。大体、良くしてくれてる宿主の悪口を鵜呑みにする方が問題じゃ。恩を仇で返せというのか?」


 お銀ちゃんの言葉に安田はんは言葉を失う。そして、「人の好意を無にするなんて」なんて呟きながら去ってった。やーい!




 また二人だけになると、うちらは安田はんに対して怒りをあらわにした。


 「あーもー、腹立つなぁ、あのおばちゃん!」

 「全くじゃ、鬼女みたいなやつじゃな! いや、鬼婆か?」

 「ほんまやな! どうせなら木村のおばちゃんを見習ったらええのに」

 「いや、町内に拡声器は二つもいらんじゃろ」


 何気にお銀ちゃんが酷いことをゆうたような気がするけど、まぁええんと違うやろか。

 ようやく落ち着いてきたところで再び歩こうとすると、今度は別の知り合いと出会った。


 「お、座敷童と妖孤やんけ」


 貧乏神やった。最近見かけへんかったから久しぶりやな。


 「久しぶりじゃの。取り憑く家でも探しておるのか?」

 「いや、最近まで取り憑いとって、今はぷらぷらしとるところや。取り憑くんはもうちょい先やな。お前はまだ見つからんのか?」

 「うむ、今日も様子を見に行ったんじゃが、先約がおってのう。また別の家を探さんといかん」

 「もうええ加減観念して居候先んところに取り憑けや。なんでそんなに意固地になってんねん。宿主はええやつなんやろ?」

 「う、うむ」

 「かぁ~、むっちゃもどかしいな! ガキの色恋見せられとるみたいや。何百年生きとんねん。お前は生娘か!」

 「何でそんな話になるんじゃ!?」


 なんやだんだん話がずれてきてるような気がするなぁ。取り憑くお家のことを話してるんと違ったん?


 「なぁお銀ちゃん、生娘って何?」

 「そ、それはまだ知らんでいい! 時期が来れば玉尾殿が教えてくれるじゃろう!」


 そうなんや。今度お婆さまに聞いてみることにしよっと。


 「ところで、さっきしゃべっとったオバハン、えらい感じ悪かったなぁ」

 「見ておったのか」

 「ああ。別れるまで待ってたんやけど、御前っちゅーんか? その宿主、えらい言われようやん。まぁ、前に聞いた話からすると、端から見たらしょうがないんかもしれんけど」

 「けど、うちらに面と向かってゆわんでもええやん!」

 「まぁなぁ。あれ、たぶんわかっててわざとお前らにゆうとるんやろな。いやぁ、性格悪いなぁ」


 やっぱり他人から見てもそう思えるんや。あの安田のおばちゃん、近所でも嫌われてるもんなぁ。かろうじて村八分にされてへん、ってみたいやし。


 「そんで、実際のところはどうなんや? お前らの宿主は誰にも手ぇ出しとらへんのか?」

 「もちろんじゃ。義隆は潔癖じゃぞ! おかげでわしの体もきれいなもんじゃて!」

 「え!? お前生娘なんか!?」

 「なんで話をそっちに持って行こうとするんじゃ!?」


 あれ、また話がずれてきてる。お銀ちゃんの顔がちょっと赤いなぁ。生娘ってゆわれるんは恥ずかしいことなんやろか?


 「そなた、あんまり美尾の前で下品なことばかり言うと、玉尾殿にかじられるぞ?」

 「伏見御前か。そっちの妖孤は縁者なんか?」

 「孫の美尾じゃよ。随分とかわいがっておるからの」

 「おお、そりゃまずいな! そんじゃこの辺で止めとこか」

 「お婆さまはそんなに怖いん?」

 「ああそりゃ怖いでぇ。逆らった奴には情け容赦なしやからな! お前も、おばあちゃんの前ではええこにしとるんやで」

 「う~ん、怒ったところなんて見たことないけどなぁ」

 「美尾はよい子じゃからの」

 「ははは! そりゃええこっちゃな!」


 二人してうちを見てにこやかに笑う。小童扱いは嬉しないんやけどなぁ。


 「さて、伏見御前様に目ぇつけられへんうちに逃げるとしよか!」

 「あ、なぁ、行くとこないんやったら、さっきのおばちゃんのところに行ったらどうやろう?」

 「美尾、あの安田のところに貧乏神を行かせるのか?」

 「うん。別に破産させるまでやなくてもええから」

 「孫は孫でなかなか恐ろしいやんけ」

 「う、うむ。ときどき妙に現実的じゃったり、しっかりしたりするんじゃよな」


 今度は二人とも神妙な顔つきでうちを見る。あれ、なんか変なことゆうたかな?


 「せやな。前に飯食わせてもろたし、ちょっと祟ってやろか! で、そいつの家はどこなんや?」


 お銀ちゃんに安田はんの家の場所を教えてもらった貧乏神は、そのまま笑顔で去って行った。ふふふ、少しは人の痛みを知ったらええんや。

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