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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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21/35

どこで手に入れたんや、それ?――義隆から見た場合――

 「う~ん……」


 俺は椅子に座り、目の前の食卓に置いた通帳と各種レシートを睨みながら唸ってた。

 当たり前の話やけど生活するには金がかかる。そやからみんなして一生懸命働いてるわけなんやけど、思うように稼げてるんはごく一部の人間だけやろう。もちろん俺は多数派や。

 何が言いたいのかとゆうと、生活が苦しいんや。一人で生活してたときはまだ何とかなっとったけど、さすがに美尾ちゃんとお銀ちゃんの面倒を見るとなると全く余裕がない。基本的に食費しか発生せんからまだ助かってるけど、何かあったときは貯金に手を出さんといかん。


 「先月でこれくらいかかってますから、今月はもっとかかるでしょうねぇ」

 「風邪で医者の世話になった上に、授業を二日間休んでしもたしなぁ」


 俺の隣に座って一緒に考えてくれてるのはお雪さんや。食費の一部を出してくれてるということもあって、家計簿をつけるときは一緒に悩んでくれる。今晩も先月の生活費の計算を手伝ってもらっているところや。


 「やっぱり私ももっと食費を出します。家賃がかからない分余裕がありますし」

 「けど、それじゃ一緒に住んでる意味が薄くなりますやん」

 「そんなことないですよ。敷金礼金を始めに、水道代、電気代、それに光熱費なんか全部出してもらってますから大丈夫です」


 俺は無言で考える。たくさん出してもらえるほど俺が楽になるのは確かや。ただ、美尾ちゃんとお銀ちゃんを居候させてるのは俺なんやから、それをお雪さんにまで負担させるのはどうなんやろう。夫婦じゃあるまいし。

 と、そこまで考えて思わず苦笑した。そんなことを当たり前のように思いついたことにや。この春からの生活を振り返ってみると、俺が旦那でお雪さんが嫁、あの二人は子供みたいな感じで生活してた。そら近所のおばちゃんらに誤解されるわけや。


 「義隆さん?」

 「ああいや、何でもないです。それと、生活費の件ですけど、毎月赤字になったらその分だけ更に出してもらうってことでどうです?」

 「私は構いませんけど、それでいいんですか?」

 「ええ。どうせこのままやと来月は確実に赤字ですさかいに」


 一般の企業と違って学校には夏休み、冬休み、春休みという超大型連休がある。この間は授業がないから俺のような非常勤講師は途端に無収入や。短期集中講座なんかを担当できるとその限りやないけど、それでも大幅な収入減には違いない。

 そのことをお雪さんに説明する。


 「そうでしたか。それでは二ヶ月間の収入は私が引き受けることになるんですね」

 「額が大きすぎる場合は俺の貯金を少し削りますから、あんまり気負わなくてもいいですよ」

 「いいえ、任せてください」


 そうゆうてお雪さんはにっこりと笑って返してくれた。

 とはゆうてくれるものの、お雪さんの収入かてそんなに多いわけやない。この辺りがなかなか困ったところやった。まぁ、悩んでても収入は増えてくれへんし、支出は減ってくれへんねんけどな。




 翌朝、いつも通り俺らは起きて身支度を整えて朝ご飯を食べる。季節は梅雨から初夏に移ろうという時季なもんやから、冷房が欠かせんようになってきた。

 一見するといつもの朝の風景なんやけど、今朝は少し違和感があった。


 「美尾ちゃん、どうしたんや? 元気ないな」

 「え、そんなことないよ? うちはいつも通りや」


 俺が問いかけると頑張って笑顔を作ってくれるんやけど、微妙にいつもと違うよなぁ。


 「お銀ちゃん、さっきから私と義隆さんの顔を見てますけど、何か付いてますか?」

 「ん!? いや、そんなことはないぞ。気のせいじゃ」


 そして、お銀ちゃんはお銀ちゃんでやっぱり挙動が怪しい。隠し事をしてるのか、それとも何かを窺ってるのか。

 俺はお雪さんへと視線を向けると、向こうも同じように顔を向けてきた。どう見てもやっぱり変やんな?

 いつもと違う様子を見咎められたことが後ろめたかったんか、その後は二人とも食べるペースが早うなった。いつもなら話をしながらゆっくり食べるのに。


 「馳走になった!」

 「おひそうさまへひた!」

 「美尾ちゃん、口の中のものを飲み込んでからしゃべりなさい」

 「……んくっ。ごめんなさい」


 お銀ちゃんに合わせようと最後は無理矢理口の中に食べ物を詰め込んだ美尾ちゃんが、お雪さんに叱られた。珍しいな。

 二人は自分の食器を台所の流しへと持って行くと洗い始める。その間は終始無言やった。


 「ごちそうさまでした。美尾ちゃん、お銀ちゃん、私の食器もお願いね」

 「うん、そこに置いといて!」


 お雪さんが席を立つと同時に美尾ちゃんが食卓にやって来て食器を流しへ持って行く。ついでに俺のも片付けてもらった。


 「それじゃ私は仕事に行ってきますね」

 「あ、はい。いってらっしゃい」

 「気をつけてな」

 「頑張りや~」


 今日はお雪さんが丸一日働く日やからこれから出勤や。化粧もせずすっぴんのままで家を出る。女の人からしたらこれは驚異らしい。まぁ、日差しを浴びて弱ることはあっても劣化することはないもんなぁ。人間にはどうやったって勝てんわな。

 それで、俺はこれから何をすんのかとゆうと、期末試験の問題を作る。基本的に去年の使い回しになるんやけど、さすがに全く同じとゆうわけにはいかんしな。文面を変えたり選択肢の順番を変えたり新しい問題に差し替えたりと、できるだけ少ない労力で去年までと違うように作り替えていく。

 そういった作業を俺は食卓でやってる。自室からノートPCを持ってきてな。美尾ちゃんやお銀ちゃんとすぐに話ができるようにと、一緒に住み始めて以来こういう形で作業をしてる。

 けど、今日は朝一番からどちらの様子がおかしいんで、二人の様子を見るという意味もあったりする。その二人は居間でなにやら密談中や。見えんところでしたらええのに、なんでわざわざ見えるところで内緒話をするんやろうな。


 「なぁ、二人とも、一体何を話してるんや?」

 「ただの雑談じゃよ。なぁ、美尾」

 「うん、大した話やないよ。気にせんといて」

 「そうゆわれてもな。こっちをちらちら盗み見されると気になってしゃーないねん」


 俺の言葉を聞くと一瞬視線を逸らせて再び内緒話。俺はあくまでも蚊帳の外らしい。疎外感を感じてちょっと寂しいなぁ。


 「うちらちょっとお外に出てくるわ」

 「うむ、取り憑く家の視察じゃ」

 「新しい候補が見つかったんか?」

 「そうじゃ。また貧乏神に先を越されてはかなわんからな!」

 「お昼には帰ってくるし、ご飯は用意しててな~」


 なにやら慌ただしく玄関に向かっていくおちびちゃん二人に、俺は言葉をかけ損ねて黙ったままやった。なんやろう、すごく気になってきた。




 「「ただいまぁ!」」


 美尾ちゃんとお銀ちゃんは出かける前にゆった通り、昼前に帰ってきた。出かける前と違うところはやたらと上機嫌ってゆうことやな。


 「おかえり。何かええことでもあったんか?」

 「え? ううん、そんな大したことはないよ?」

 「下見をした家は眼鏡にかなわんかったが、散歩したと思えばよかろう」


 やっぱりはぐらかされた。そしてのまま二階へと上がっていく。

 その後、昼ご飯のときに問いただしてみたけど、言を左右にして答えてくれんかった。なんやろう、もやもやする。

 夕方にお雪さんが帰ってくると相談したものの、「今は諦めて様子を見ましょう」と苦笑いしながら返された。

 そして翌日の早朝、尿意を我慢できずに便所へ向かった帰りに、お茶を飲むために台所へと立ち寄った。


 「はぁ、すっとした。ん、なんやこれ?」


 食卓の上に何やら板のような金属が置いてある。電気を点けてよく見ると金色に輝いてる。まるで金の延べ棒やな。更に、その板を文鎮代わりにして紙が一枚置いてあった。


 「えっと、『ご自由にお使いください』? これのことなんか?」


 俺は手にとってそれをしげしげと見つめた。小さいのに意外と重くて少し驚く。俺がネットの画像で見た金の延べ棒やと必ず何らかの刻印がされてるはずなんやけど、これにはそれがない。無茶苦茶怪しい。けどおかしいな、昨日寝る前にはこんなもんなかったのに。


 「あら、今朝はお早いですね」

 「おはようございます。いや、便所に行きたかっただけです。また寝ますよ。それよりお雪さん、これ何やわかります?」

 「はい? これは……金ですか?」

 「みたいに俺も見えたんですけど、実際のところはどうなんやろなぁ」

 「しっかりと鑑定してもらわないといけないですけど、たぶんこれ本物ですよ? 私、以前見たことがあるんで」


 俺はお雪さんの言葉に驚いた。一度見たことがあったら見分けられるもんなんか俺にはわからんけど、お雪さんの驚きは本物のように見える。ただ、こういったもんに縁遠かったせいか、いまいち実感が湧かんねんなぁ。


 「なんでうちの食卓にそんな大層なもんがあるんです?」

 「さぁ、そこまでは私にもわかんないですよ」

 「それと、その金の延べ棒の下に書き置きがあったんやけど……」

 「これって、お銀ちゃんの字ですか?」


 その文字に見覚えがあるらしいお雪さんが首をかしげながら呟いた。なんやえらい回りくどいな。


 「問いただした方がいいんでしょうね」

 「さすがに本物となりますと、どこから手に入れたのかも気になりますからね」

 「そうゆうたら昨日からなんやこそこそとしとったなぁ」


 あの二人のことやから悪いことはしてへんねやろうけど、出所が怪しいことには変わりない。


 「とりあえず、あの二人が起きてくるまで待ちましょう。私達だけで考えていても何も思いつかないですから」

 「そうですねぇ。一体何を考えてこんなことをしたんやろ」

 「ふふふ、案外義隆さんの生活が苦しいことを察したのかもしれませんよ」


 まぁ、この三人からしたら俺なんていろんな意味で頼りないんやろうけど、そこまでどうにもならんわけやないんやけどなぁ。

 ともかく、話の続きは本人らが起きてからにするとしよう。

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