chapter.6
* * *
陛下と恋愛ゲームをスタートさせたは良いもののどう惚れさせればよいのだ。
さっぱり判らない。
まあ為せば成る!適当にやっていけば良い。
夕食を終えて睡魔と闘いながら陛下の仕事部屋へ珈琲を運ぶ。
廊下は本当に静かで、陛下は王であることからしても特別感満載だ。
天井が高く、シャンデリアが豪華だ。
異世界トリップでもしなきゃ絶対に味わえない待遇だ。
王と喋り、大量の書物を勉強もせず読みふける毎日。
贅沢過ぎる。
両手でトレイを持って居る為、ノック出来ずに女性としてはどうかと思うが足で扉を開けて中に入る。
「陛下・・・・」
怖い。
考え事しながら歩いて居たから、普通に注意して居れば気づいただろう入ってくるなオーラに気付けなかった。
なんだ、あの不機嫌。
何故頭を抱えている。
「・・・何だ」
「珈琲」
「おいておけ」
相当不機嫌だ。
仕事でも増えたのだろうか。
陛下の机に近づきながら机の上に置いてある資料を覗き込むが、読めない。
「何か問題でも?」
「・・・19区の連中の騒動についてだ」
「19区?」
そうか、国は無くとも区くらいは別れて居るか。
19もあるのか。実はもっとあるかも。
「19区は失業者の集まる区全体が暴力団のような処だ。どうにかしなくてはと思っても腐るほどある職場で首にされるのはどう考えても自業自得だ。其れで何処かの店を襲うなど・・・餓鬼すぎるな」
目を覆って現実から目を背けるように椅子に凭れる陛下。
意外と完璧人間ではないのだ。
「我は忙しい。其処等の死などしるか。勝手に死体の肉喰って生き延びておけ」
怖っ
確かに此の世界全体の人口からしたら小さな死かもしれないが。
「王も大変ですね。平凡な私にはさっぱり」
「平凡?誰が」
「私が」
「お前は非凡だ。普通じゃない変人だ」
「私は普通の人間です」
「非凡だ。変人だ。異常だ。おかしい」
酷過ぎる。其処まで云われる筋合いはあるのだろうか。
「非凡なのは陛下です。何百居る中のたった一つの王の椅子に座るのだから」
「誰かがなる。其れがたまたま我だっただけのこと。
お前はどう考えても非凡だ。何故、いきなり芥置き場に放られてそんな風になじめる。まるで以前住んでいたかのように慣れているな」
「環境変化に、あまり影響されないだけです」
そうかと興味なさそうに返事した陛下が資料を見ながら何やら読めない文字を書き込む。
「お仕事、がんばってください。じゃあ、おやすみなさい」
「・・・ああ」
此の人はそう云えばどこで寝るのだろうとか思いながら部屋を出る。
「あ、陛下。また今度桃太郎伝説やシンデレラでも話してあげます」
「桃太郎伝説?シンデレラ?」
「面白い童話ですよ」
此れで面白いと若し陛下が云ったら、小さい子が好きな作品だと教えてあげよう。
仕返しとか、悔しいとかではない。違うのだ。
そういえば、陛下が移動しろと云った日の夜、私はソファで横になって其のまま眠ってしまったけれど朝起きたら部屋に居た。
きっと陛下が運んでくれたのだろう。
礼を云おうと思ったが、忙しそうだし重かったとか文句云われるだろうからやめておいた。
* * *
「起きろ」
「・・・ん」
「犯すぞ」
「・・・ん」
「襲うぞ」
「・・・ん」
「面倒な奴だ」
「・・・んんっ!」
「やっとか」
やっとか、じゃない。
人の身体の上にのって太腿を撫でてきて首筋に吸いついて変態か。
「・・・陛下。何」
「朝だ」
「知ってます」
「起きろ」
「起きました」
抜刀しかけた陛下に嫌でも睡魔が逃げていく。
此の人は恐ろしすぎる。
「何ですか・・・もう少し寝かせて」
「軽く紹介したいやつが色々居るんだが、未だ寝るか」
そういわれては起きなくては。
お世話になっている身、挨拶くらいしたい。
・・・なんて?
"異世界から来ました人間です。どうぞよろしく!"
駄目だ。此れは駄目だ。
"陛下を惚れさせるために頑張って居ます。ご協力ください!"
駄目だ。此れも駄目だ。
まあ、為せば成る!という事で其の場で考えれば良い。
という名の、現実逃避。
「上級官吏。どうせ名などお前には判らんだろうから適当に呼んでおけ」
頭を下げたいかにも頭の良さそうな眼鏡の男性。
黒髪で優しそうだ。
「よろしくお願いします。紅様」
「あ、此方こそ」
様をつけられると慣れないが、まあ良いか。
「主に雑用などしかしない給料泥棒だ。友人も少ない可哀想な奴だ。優しくしてやれ」
「・・・はぁ」
そんな事云われる方が可哀想だ。
「王。彼の人が来て居ますが」
そんな事も気にせず笑顔で陛下に連絡。部下の鑑や。
「追い返せ」
即答。
彼の人って誰だろう。
「ですが彼の人の父が」
「追い返せ。五月蠅い奴は御免だ。契もいい加減破棄しようと思って居るのだから」
「ですが」
「我に命令か。良い度胸だ」
「真逆。勘違いなさらぬよう」
不機嫌になった陛下から笑顔で逃げていった上級官吏。駄目な部下や。
「陛下、彼の人って誰?」
「形だけの婚約者だ」
流石、王だからそういう人がいるのか。
普通に上級官吏は人間に見えた。そうか、なんだ普通に人がいるのか。
行動範囲外の廊下を抜けて時々メイドさんみたいな人に会いながら広い廊下を歩いて少し階段を降りてある部屋に入って、此の人だ。
「良いな。戻るぞ」
また来た道を戻り始めた陛下の横に並んで居るとすれ違う人の視線が凄い。
貴方誰、というか。
「陛下、仕事は終わりました?」
「火急の物はな。出かけたいのか」
「いえ、忙しいなら別に。書物もありますし」
そうかと呟いた陛下の口からまた言葉が漏れる。
「其処、罠」
「へっ!?」
いきなり上から何か降ってきたと思って何とか避ける。
「くそっ、よけたか。ちなみに其処もだ」
壁から穴が開いたかと思って直ぐにどく。
そうか、世界最大級の罠って此れか。知らせるのが遅い。
「どれ位仕掛けてあるんですか」
「そうだな、我の趣味・・・・でなく、そうだ、上級官吏の趣味で千個ほど。
"悪戯☆"で済む程度のものもあれば"あ、死んじゃった。"程度のものもあるから気をつけろ」
此の人の趣味で人を殺すのか。
そうか、だから先刻濡れた男性にもすれ違ったのか。最低だな、陛下。
「全部位置の把握を?」
「当然だ。我が引っ掛かっては元も子もない」
策士策に溺れれば良いんだ。
もっとも、策に溺れる様な愚者は策士ではないが。
「今日は如何する心算だ」
「本」
だろうなと笑った陛下が私の行動範囲内の廊下前の扉をくぐって其れに倣う。
仕事部屋に入る陛下に珈琲を頼まれながらキッチンとはもう云えない給湯室に向かう。
今日は歴史関連の本でも読もうか。
「んっ・・・んんっ」
「よく啼くな」
傍から訊けば如何わしそうな会話。
だが、結局は私はまた殺されそうになって居るだけである。
特に何かした覚えはないのだが、二番目の円の存在について尋ねたらこうなった。何故。
「ん・・・陛下」
「余計な事は云わぬと誓え」
「・・・手、離してくれないと誓えません」
「其れだけよく喋る癖によくもまあ」
なんだかんだいいつつも手を離してくれる。
「誓え」
「陛下に忠誠を誓いますー」
そうじゃないだろうとまた殺されかけると思ったら伸ばされた手は首の裏にあてられて声帯のあたりに口づけられた。
いきなりの事に慌てふためいていると陛下が嗤っている。
「・・・何するんですか」
「お前には殺戮は無意味だからな。此方の方が効果あるかと」
確かに効果はてきめんだった。
「顔紅いぞ?」
「・・・気の、所為です」
自分からする分には問題ない。恥ずかしいとは思わない。けれどもされるのは恥ずかしいというのはおかしいだろうか。
「此れから逆らったらこうすれば良いのか」
嫌な事に気づかれてしまった。
もういいや、読書を再開しよう。
読みかけの頁を開いた処で陛下に取り上げられる。
「我が来てやったんだ。奉公しろ」
何故そうなる。来てくれと頼んだ覚えはない。
「仕事は?」
「火急は終えた」
「じゃあ出掛けましょう」
其れも良いかと偉そうに頷いて立ちあがった。王なのにそう簡単に外に出て良いんだ。別に捕らわれの身と思って居た訳じゃないけれど。
「で、何処に行くつもりだ」
「私が知るわけないです」
「其れはそうだ。では選べ。拷問部屋、武器店、猟奇殺人愛好家いきつけの店」
なんかどれも微妙。
「じゃあ、任せます」
心底嫌そうな顔した此の人。
「知ってます?此れデートって云うんですよ」
「嫌な響きだ」
「デートじゃ手を繋ぐんですよ」
手を伸ばすと手首を掴まれる。
ひねくれ者め。
「細いな。食事量を増やすか」
「今のままで十分。女性は此れ位ですよ」
細いと連発してくる陛下と階段を下りる。
どんな世界が広がって居るのか楽しみだ。
本屋は広いだろうか。古本屋も好きだけど。
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