chapter.5
* * *
「準備しておけと云っただろう」
「声が聞こえませーん」
また記録更新。
抜刀された刀が首筋をなぞる。
いい加減にしてほしい。此方は殺戮嗜好ではないのだ。
足をぶらぶらさせてベッドでもう来るだろう陛下を待っていたら此れだ。
ベッドはふわふわなので押し倒されたところで痛くないが首には傷が残りそうだ。
「お前は莫迦だ。我に殺されたいなどとほざくとは」
そんな事を云った覚えない。
殺してくれて構わないと、そういったまでだ。
「ああ、いっそ此のまま犯せば嫌でも出ていきたくなるか」
此の人は、悪魔か。
太腿を撫でる手に危険を感じながらも抵抗はしなかった。
犯すなら、少し卑猥な云い方になるがとっとと其の欲望の塊を挿れれば良い。痛みに啼く私を笑えば良い。
其れをすれば私は嫌だと陛下から逃げるのに。
此の人は、莫迦だ。
「陛下。私犯されても此処に残りますよ」
太腿を撫でる手が止まった。
「嫌われたかったですか?
駄目ですよ、命の恩人をどうやったら嫌えるんです。判りません」
刀をベッドに投げだしたと思うとふらつくように後ろに下がる陛下。
其れと同時に身を起して陛下に近づくと怯える様に逃げられた。
「駄目ですよ。嫌ってなんかあげません」
「・・・面倒な女を拾ったものだ」
「今さら遅いですよ陛下」
「お前に陛下と云われるとムカつくな」
其の発言にムカつく。
此方は敬意を表して呼んでいるのにっていうのは嘘だけど。
「特別に名を教えてやろう。◆□◆;//¶――※◆====―★―☆―†※だ」
「ごめんなさいさっぱり判りません。」
「だろうな。此処の者の名前は聞き取れない」
「ならなんで教えたんですか」
「というわけで我の事は適当に呼べ」
「莫迦」
抜刀した。
抜刀したよ此の人。
「我を、なんと?」
「えっと、矢張り陛下で」
なら良いと仕舞われた刀。
あーあ、また殺人未遂記録更新。
「陛下。私決めました」
何をだと目だけで伝える陛下の首に腕を絡めて口づけた。
結構、勇気が必要だった。
「私、陛下を惚れさせてみせます。だから貴方は私に愛をください」
少し気になったのだ。
愛に飢えた陛下から与えられる愛は何色なのだろうと。
「我がお前なんかに惚れる訳ないだろうお前は莫迦か」
「惚れるのが怖いですか?」
抜刀しかけた手を両手で食い止める。
流石に一日に何度も殺されちゃたまらない。
「阿呆か。お前などに惚れる訳ない。よって怖くも無い」
「じゃあ、楽しみにしててくださいね」
サラサラの髪に触れると何だと訝しげに眉を寄せる。
「綺麗な髪。私とは大違い」
少しくせ毛の変に青みがかった黒髪。
陛下よりも劣っている私の髪に陛下が触れた。
「少し歪んで居るが質は良い。手入れを怠らなければ其れなりに整う筈だ。まあ、お前には無理そうだがな」
鼻で嗤った陛下に絶対に陛下よりも綺麗な髪にしてやろうと誓った。
「陛下。珈琲ありますか?」
「ある。イアーにもあるのか」
「ありますよ沢山。良かった、じゃあ淹れてきてください。飲みましょうよ」
陛下が固まった。何。
「良い度胸だな格下。我を給仕に使うか」
「ちょっ、今格下って云いましたよね、酷くないですか」
「事実だろう。お前が淹れろ」
「何処にあるか知らないんですって」
其れもそうだと頭を鷲掴みにする手を放した陛下がついてこいと部屋を出ていく。
酷過ぎるぞあいつ訴えろ!
キッチンは無いっていったくせに、あるじゃないか。
でもフライパンが無い。鍋とかガス台とか。
「おかしな話、城にガスを通し忘れた愚か者が居てな。
なんとかつなげたといったが食事を作れない。毎朝毎夜食事は作られて届けられる。面倒にもほどがある。
まぁ、どちらにしろ我は作らないがな。
其処に必要な物はすべてある。作ってとっとと持ってこい」
なんで私がまるでメイドみたいになってるんだ。
まあ問題はないけれど。
此処は陛下がぎゃふんというような珈琲を淹れてやろう。
陛下が珈琲を飲むのだから豆から挽くのだと思って居たがそんな事はしないらしい。意外と哀しくなる陛下事情。
「陛下。珈琲淹れてきてあげましたから味わって飲んでくださいよ」
「上からだな」
「陛下の真似してみました」
いちいち嫌味が飛び交う会話。
砂糖も牛乳も何処にあるか判らなかったのでブラックだ。
もともとブラック派だから私は良いが、陛下があの顔で甘党だったら笑ってやる。
陛下のもとにカップを置くと口に含んだ陛下が腕を引っ張って思わず陛下の胸に倒れこんだ此方の唇に苦みのある液体を流し込んできた。
「・・・ん」
「毒はなしだな。協力感謝するぞ」
普通に毒入りかと聞けば良いだろう。
私が本当に暗殺者なら毒入りかと聞かれてもいいえっていうだろうけど。
私のファーストキス!なんていえない。
先に口づけたのは私だから。
「陛下。女性の唇奪うのはいけません」
「莫迦女。我の唇を奪うとは随分な事だな」
「女性は良いんですー」
「女が何処に居る」
「目の前に居るでしょう!其れに莫迦女って云いましたよね!」
「言葉のあやだ。目の前か、格下しかいないな」
「だから格下ってやめてくださいよ」
「では売春婦。」
「喧嘩売ってます!?買いますけど」
「高いぞ」
「借金しますよ」
「五月蠅いな」
「貴方の所為です!」
傍から訊けばどうなんだという会話。
だが此処には私と陛下以外誰も居ない。
人は何処に居るんだろう。
あの廊下の向こう?
「陛下。誰か居ないの?」
「我が居る」
「そういう意味じゃなくて。此の城には他に誰かいないのかと」
「此処は王のみが許される空間だ。
お前の行動範囲外の廊下の向こうに上級官吏が居るが何故だ?」
「なんとなくです」
矢張り莫迦だと嗤われる。
人を莫迦莫迦云ってると友達なくすからね。
「そういえば陛下、部屋の窓から見えた景色が綺麗だったのですが」
「外には行かせんぞ」
「何故」
「此処に残ると云った以上、お前が逃げるのを我は全力で阻止するから安心しろ」
何を何処をどう安心すれば良いの。
「じゃあ、一緒に外行きましょうよ。気分転換に」
「・・・今ある仕事にひと段落ついたらな」
そうだ、此の人は顔が良くても口が悪くても悪趣味でも一応陛下なのだ。
「どんな仕事?」
私に手伝えるものだったら手伝いたい。
流石に衣食住支えられて居るのは申し訳ないから。
「農民の税問題と空気汚染について改善を求める者達の処遇および対応についてだ」
「うわぁ」
無理無理。そういうの無理だ。
「お利口にしておけ。書物は一生じゃ読み切れんほどあるからな」
「・・・Yes, Your Majesty.」
お利口にってまるで子供に対してじゃない。
「お前に仕事を与えよう。一日に何度か我に珈琲を運んで来い」
カフェイン中毒か。
「Yes, Your Majesty.」
綺麗な蒼い瞳が私を睨んで思わず目をそらす。
「良いな」
「判りましたよ」
いろいろ考えた。
私には地球で、親が居て、友達がいて、学校があって、其れなりに楽しんで普通の日常を送って居た筈なのに此の非凡な環境が何故こうも居心地が良いのだろう。
一番小さな円がリィフューズ。此処。
三番目の円が地球。私の前居た場所。
一番大きな円が天。存在是非は不明。
では、二番目は?
地球よりも小さくリィフューズよりも大きい場所は何?
説明が無かったが、必要ないからか判らないからか。
さっぱり判らない。
此の世界で未だ陛下以外の人を見た事がない。
多いのか、少ないのか。
少なくとも農民、といっていたから地球と同じように職業は別れて居るのだろう。
現在読んで居る書物はファンタジー系で陛下が云うにはどの家系でも小さい頃に聞かされるようなお話で地球でいう御伽草子みたいな有名な話らしい。
読んでいて面白いというと、"齢4,5ほどの者が読む書物だ"と笑われた。
年齢の数え方が同じなら相当屈辱的だが面白いから仕方ない。
ノックもせずに陛下が食事を運んでくる。
確かに、此の世界の王たる陛下に食事を運ばせるのは何か申し訳ない。
「あの、私が食事取りに行きましょうか?」
「基本的に此の空間には王以外は入れない。お前を例外として。
そしてお前はあの廊下より向こうに一人で進ませる気はない。
よってお前が取りに行くことは不可能。以上だ」
可愛くない陛下だ。人の提案をそんな無下にしたら痛い目見るんだから。
今日はビーフシチューのようなものだ。
味も結構類似して居る。
料理名を聞いたらまたよく判らない言葉が連なった。
ベッドの上で食べるのはどうも申し訳ない。こぼしてしまったら、というかんじで。
「陛下は私が来る前は何処で食事を?」
「あの部屋だ。資料を見ながら」
うわぁ、仕事人間。人間かはよく判らないけれど。
「独りで?」
「何度云えば判る。此の空間には王以外立ち入り禁止だ」
よく判らない制度。
けれど独りで食事というのはどうも物寂しい。
「じゃあ、此れからは一緒に食べれますね。二人ですよ、嬉しいでしょう?」
「全然嬉しくないな。キーキー五月蠅い奴が横に居ると食事が不味くなる」
「じゃあなんで此処で食べるんですかうるさくて悪かったですね」
「お前に食事を渡して我は一度仕事部屋に帰って自分も食べてまたお前の部屋に食器をあずかりにくるのはめんどうだからだ」
あっさり正論に近いものが並べられて反応に困った。
確かに二手間だ。
「私の居たイアーは190位の国で構成されてて国によって言語が違って顔立ちとかも全然違ったんですけど私は其の中で日本って場所に居たんですよ」
「・・・日本?」
「矢張り知らないですよね。また今度和菓子作ってみますね」
「和菓子?」
「日本の伝統菓子・・・・?みたいなものです。ちっちゃくておいしいですよ。甘いし。材料さえあれば、ですけど」
「毒はいれるなよ」
失礼な発言だが、食べてくれるという事だ。
陛下の話を聞くからに、此の世界は国は一つしかなく、其の為名前もついていない。しかし言語は統一されて居るにもかかわらず訛りが酷く言葉が通じない地方もあるとの事。
しかも海はなく、広大な湖が其処等其処等にあるらしい。
「そういえば王以外此の空間立入禁止なら陛下の両親は?」
矢張り陛下が王になる前に死んだのだろうか。
でもただ年齢的に交代というのもあり得る。
「死んだ」
「・・・ごめんなさい」
「生ける者の死は絶対だ。其の謝罪は死に対しての侮辱だ。死だとしても其れは其の者の人生の最後。侮辱は筋違いだ」
そんなこと初めて云われた。
「だが、我としては確かにあの死に方は不憫だったと思う」
「事故か、何か?」
「そうだな。お前が我を惚れさせて見せたら、話してやろう」
親の死を駆け引きの品にするとか、罪深き王。
「紫」
初めて名を呼ばれて振り向くと嫌味に嗤った陛下が髪を撫でる。
「我を惚れさせてみろ。
其の前に我に惚れたなら、お前の負けだ。殺してやる」
かくして、生命を賭けた恋愛ゲームの始まりだ。重すぎだろ。
* * *