chapter.2
* * *
「お前、何者だ」
徒者だ。云いませんとも。
私に刃物を向ける男性を観察する。
端整な顔立ち、重く高そうな剣、其れに素人目に見ても判る上等な服。
此の人は、貴族か何かだろうか。
其の前に質問に答えた方が良いのだろうか。
「私、紅紫です」
親が遊んでつけたのだ。
弟は、紅蒼。
紅いのか蒼いのか判らない。
私の発言に対して、端整な顔を歪めて睨んだ。
「誰が名前を聞いた」
「何者、という質問に答えただけですが」
種族人間ですとでもいえば良かったのか。
「我が聞いたのは、そう云う事では無い。何故此処に居るのかということだ」
其れは私がききたい。
井戸に落ちたからです。云える訳がない。
「此処は何処ですか?」
私は誰、とノリで云いたいけれども此の人には通用しなさそうだ。
というか、此の美青年、人?
「此処はリィフューズ。我が治める世界。」
「ああ、いえ此の世界でなく此の部屋はという意味なんですが」
今此の世界を知っても意味がない。
「・・・・・・・・・・・・・、」
無言で、見下ろされた。
其のリィフューズとかいう世界が此処というけれど私は地球で生まれた日本人だ。
「此処は、我の執務室だ」
ああ、矢張り仕事部屋なのか。
「そうですか。では泊めていただき有難う御座いました。
此の御恩は一生忘れません。其れではしつれいしま――」
「待て」
何処に行く心算だ、とソファから起き上がって扉に直行した私の背に刃先をむける。
「此処は数え切れない罠、門外には数百人の騎士。
此の世の王が住む城として、世界最大級の悪戯――じゃなく護衛が施されて居るにもかかわらずお前は此処に入った。どうやってだ。何者だ。」
悪戯で罠をしかけるってどうなのだろう。
「何者、といわれましても何処にでもいる平凡な学生です」
いつものような説明をすると、心底不思議そうな顔でこう問われる。
「学生とはなんだ」
色々驚いたけど、先ず背中にある刃の矛先が私じゃなくなっただけ良しとしよう。
「学生っていうのは学校に通う徒のことをいいます。」
話すなら一回坐りましょうよと提案し承諾してくれたのでソファに腰掛けて簡易な説明をする。
でも、学生が判らないなら
「学校とは何だ」
そうきますよね。
「学校っていうのは、義務教育で・・・紙とペン借りていいです?」
流石に学校の仕組みを口先だけで説明出来るほど語句を知らない。
「我に物乞いか」
「お願いです、物乞いなんてしてません」
口のきき方に気をつけろ、と机の上に乗っていたいかにも高そうな万年筆と和紙のような紙が投げられる。
「・・・どうも」
素直に礼を云う事が出来ないのは此の人の態度の問題だ。
「先ず、学校を説明するには義務教育を知ってもらいたいんですけど判りますか?」
「知るか」
何故こうも上からなのだろう、まあいいけど。
「国や政府などが子供に受けさせなければならない教育の事です。
多くの国で普及されていますが、私の居る所では7~12歳で小学校、13~15歳で中学校というところに通わなければなりません。
其処では主に、読み書き、算道、地理などを勉強します。」
説明がわやわやになってきた。
そして、わざわざ貸してもらった紙とペンが使えていない。
「で、其処に通うのが学生です。」
無理やり終わらせた感が満載だ。
「ようするに、幼子が国に云われて勉学に励むための建物が学校で、其の幼子を学生というわけだ。」
「・・・そうですね」
とても簡潔にまとめてくれた。
私の今まではなんだったのだ。
「で、次は貴方です」
「我か?」
「此の世界はリィフューズとかなんとか云っていましたがどういう処なんですか?
私は地球という世界の住人なんですけど」
真逆、異世界トリップっ!?なんてオタクの弟なら喜びそうだけど私は生憎嬉しくない。
「其れをよこせ」
私の手元にある何もしていない紙とペンを渡すと小さな綺麗な円を描いた。
よく男子が、円が綺麗に描ける人は変態なんていかにも餓鬼くさい事を云って居るけれど此の人はどうなのだろう。
其れの上から、二重三重と円を4つ。
矢張り、綺麗だ。
「此の一番小さい円が此処、リィフューズ。一言でいうならば他世界の芥置き場だ。
お前がいう地球とは文献でしか知らぬが此処だろう」
3つ目の円を指して其処にイアーと書き込む。
「イアーって何ですか」
「お前等のいう地球は此処ではそう呼ばれる」
場所によって呼び方が違うのか、変な感じだ。
一番大きな、4つ目の円を指して其処には天、と書き込む。
此処にも漢字があったのか。
新しい発見!・・・・・・小学生か。
「天、って神様の住まう処、ってことですか?」
「然り。我も見た事は無い。存在するかも判らぬ未知の世界。」
「ならなんで天の存在を知ってるんですか」
存在を判らないなら、誰も知らないのだから存在を問う事も出来ないじゃないか。
誰か天、という存在を知っている者が伝えたとかそういうのなのだろうか。
「知るか」
3文字で私の疑問は一蹴される。
「で、此処が吐き溜めっていうのはどういう事ですか?」
ぎろり、と睨まれた。
「吐き溜めとはいっていない。芥置き場といったのだ」
あまり変わらないじゃないか。
いったらまた睨まれるだろうから黙っているけれど。
「此処は、他世界の住民の負感情、穢れ、そう云うものを請け負う世界だ」
其処を治める王は、複雑な表情で以上だと終わらせた。
用済みというように紙とペンを王が放る。
私の顔面にあたる。
無言で王の方を向くと、悪びれもせず変な面だと鼻で嗤った。
此の世界の住民とは、どうも相性が合わないらしい。
「でもどうして其の別世界に来てしまったんでしょう」
思い当たるといったら黒猫くらいだ。
というか、其れ以外あり得ない。
革の首輪を考えても。
「多分、誘われたのだろう。百年に一度くらいある」
此の人何歳よ。というかもう人じゃないじゃない。
「あの黒猫にって、事ですか?」
「猫?なんだ其れは」
どうやら、猫は存在しないらしい。
学校といい、地球の事はあまり知らないのだろうか。
「まあ可愛らしい動物のようなものですよ」
「あれは下僕だ。あれだけが他世界を行き来出来る。情報を集めるのが仕事だ」
「あれだけがって、じゃあなんで私は行けたんですか」
「知るか、偶然だろう」
人の苦しみを、そんなひと言で。
此れから如何すれば良いのだろうか。
「此の世界って、仕事口とかあります?」
「腐るほどな」
其れならば良かった。
何処かで働いてとりあえず帰る手段が見つかるまでどうにか生き延びよう。
「じゃあ、いろいろ有難うございました」
礼を告げて立ち上がった時に後ろからチャキ、と刀を抜く音が聞こえた。
「帰らせると思うか?」
「殺される理由・・・・・・・ありませんよね?」
おおありだ、と反対の壁まで逃げようとする私の腕を捕える。
「暗黙のルールで、他世界と干渉していけない
お前の居たイアーともう一つの世界は他に世界があるなど思って居ない。
此処も同じ。我以外、上級官吏くらいしか知らない。
此処で秘密が漏れたら困るのだ」
「何が困るんですか」
別にいいじゃない、ヘー違う世界があったのみんな仲良くしたいね。
何がいけないのだ。
「其れで過去実際に全世界痛手を負った。なんとしても其れだけは防がねばならん」
「私、死にたくないんですが」
明確な生きなくてはならない理由は無いが、矢張りそう易々と死ねない。
「帰り方も知りませんし、余計な事を云う理由もありませんし。」
そして未だ読み終わって居ない本がたくさん。
「貴様など信用できるか」
「ならば何故話したんですか?」
目の前で、そういえば名前知らない、此の世界の王が端整な顔を歪めた。
「どういう意味だ」
「混乱して居る私に適当な事言って追い出せば良かったじゃないですか。
お前は頭がおかしいのだと、そういってしまえば良かったのになんでわざわざ此処は地球じゃない事とか他世界がある事を教えたんですか。
情報漏洩を防ぎたいなら、普通そんな浅はかなことしませんよ」
暫く思案したようなそぶりの後、
「気まぐれだ」
吐き捨てる。
「兎に角、殺す」
「す、ストップ!待って、早まらないでください!生きて居れば良い事たくさんありますよ!!」
「此方とて殺したいわけでは無い。見苦しい命乞いはよせ。其れと生きて居れば良い事沢山あるのは現時点で関係ない」
「冷静に返さないでください焦ってる私なんかみっともないじゃないですかいえ違いますそうじゃなくて!」
一つだけ、気になったのだ。
命乞いとかは其の疑問解決後で良いだろう。
「なんだ」
「はい、此の世界には地球には無い書物はありますか?」
黙って私の腕を引いた此の国の王は部屋内にある扉を開いて其の中に私をおしこんだ。
広がった、景色。
「うわぁ・・・・・」
「我の蔵書だが、此れは一部に過ぎない」
一軒家以上の高さのある吹き抜けの部屋の壁には隙間なく本が詰まっている。
「矢張り殺さないでください」
「命乞いは聞かないといっただろう」
だって、此の書物の量。
しかも此れはたった一部なんて。
此れ等凡て読むまで死ねないでは無いか。
「よ、良いこと思いつきました!私天才!ナイスアイディア!私を此処に置いてください!」
「・・・は?」
意味が判らない、と今日だけで何回か判らないが端整な顔を歪める。
「だって私は貴方の知らない地球をたくさん知ってますから、貴方にとって便利な情報もあるかもしれませんし。
学校といい、猫といい、地球人からしたら常識ですし知らない事多いでしょう?」
「情報を吐く代わりに殺さないで下さい、と?」
「ついでに此処の書物を読ませてください」
本当は此方が主ですけど。
「本が好きか?」
「はい。」
好き。大好き。
「そうか、ならば良い。部屋を与えよう。好きに使え」
―――――――――――・・・・・・・・・・何故、こんなにあっさり決まるのだ。
「はい?」
「お前が云ったのだろう、厭なら良いが」
「いえ、有難うございます」
重要だから二回云う。
なんでいきなりこんなにあっさり決まった。
「本好きに悪い奴はいない」
まさにだ。
此の人は神様だ。
とりあえず、暫くの平穏は手に入れた。
「しかし変な行動したら、直ぐに斬る」
筈だ。
* * *