SS1 実地研修
強制レベリング開始とともに、姉や他のメンバーたちの生活環境を改善すると、父親は約束した。
確かに姉たちは、クランの本部にいる間は――週に二、三日ほどではあるが――地下ではなく自室で眠るようになった。食事は食堂でみんなと一緒だし、お風呂にも入っている。
だが、様子がおかしい。
妙に口数が少ないし、せっかくのお休みだというのに、部屋に閉じこもって出てこない。
それに、物音に対して過敏になった、ような気がする。
食事中、メルモがナイフとフォークを落としたことがあったのだが、カチャリと硬質な音がした瞬間、姉たちが真っ青になって飛び上がったのだ。トワなどはテーブルを乗り越えて父親の椅子の背後に隠れてしまい、シズから作法がなっていないと叱られた。
心配になったミユリは、ひとり父親の部屋を訪れ、相談してみることにした。
「今は、強制レベリングが始まったばかりだからね。ある程度、基本能力が上がるまでは、頑張ってもらうしかないよ」
強制レベリングとは、通常ではない方法を使って一気にレベルを上げる作業のことである。方法としては、おもにふたつ。冒険者ギルドから大量の魔核を購入して経験値を吸収するか、レベルの高い冒険者に深い階層につれて行ってもらい大きな経験値を内包する魔核を譲り受けるか。
しかし父親によると、“暁の鞘”はまったく別の方法をとっているらしい。
「父さま」
「なんだい?」
お手伝い用員とはいえ、攻略組族の一員。自信を持って意見をすればよい。ハリスマンの教えに従って、ミユリは勇気を持って聞いてみた。
「その方法を教えていただくことは、できますか?」
父親は口元に微笑を浮かべ、頷いた。
「もちろん」
でも、他の人には言っちゃいけないよと、父親は釘を刺してきた。クランにとって有益な情報を漏らすことはできない。そう考え頷いたミユリだったが、
「真似をすると、死ぬからね」
父親は言葉を飾らない。時おりどきりとする言葉を口にする。
淡々と語られた内容は、ミユリからしても常識外れの方法だった。
まさか、“死の階層”と呼ばれる地下二十一階層を、単独で掃討するだなんて!
驚くとともに、ミユリの心の中にはどこか寂しい気持ちが湧き起こっていた。
姉たちは冒険者として、どんどん先に進んでいく。
なのに自分は、立ち止まったまま。追いかけることすらできない。
子供、だから。
衝動的に父親を見上げたが、ミユリは我慢した。せめて我儘を言わないことが、自分に出来ることなのだと考えたからである。
「あー」
父親は頭をかいた。
「ミユリも卒業したら、行ってみるかい?」
「え? で、でも」
自分の力によらずレベルを上げることに、それほど抵抗はない。だが、ただでさえ忙しい父親に迷惑がかかってしまうのではないかとミユリは考えたのだ。
「まあ、ミユリが冒険者になる頃には、俺も暇になっていると思うし」
軽い感じで言って、父親はミユリを抱きしめた。
「それに。俺は父親として、ミユリに何もしてあげられなかったからね。少しくらい我儘を言ってくれた方が、助かる」
「……」
父親は嘘をつかない。余計に飾りつけた言葉も使わない。だからミユリは素直に甘えることにした。
「父さま。お願いします!」
「うん」
冒険者育成学校には“飛び級制度”がある。学力や武術の成績だけでなく、内申点においても最高の成績をおさめなくてはならない。
だが、死ぬ気でやれば不可能ではないはず。
この時、ミユリは心に決めた。
一日でも早く冒険者になるために、“飛び級制度”に挑戦してみよう。
そしていつか、シェルパである父親とともに、無限迷宮に潜行するのだ。
「ああ、そういえば」
意気込むミユリの頭を撫でながら、父親が何かを思い出したかのように聞いてくる。
「もうすぐミユリの学校の、実地研修があると思うんだけど」
「はい。すでに申し込んであります」
「実は――」
ミユリは毎朝、銀髪の初老の紳士ハリスマンが運転する馬車で冒険者育成学校へ通う。
“暁の鞘”の本部と学校は同じ区内にあるため、徒歩で通学してもそれほど時間はかからないのだが、防犯の意味もあるそうだ。
実際、半月ほど前に、人気のない通路で数人の悪漢たちに行手を遮られたことがあった。
『へへ、いい馬車に乗っているじゃねぇか。さぞかし――ぐはぁ!』
台詞を言い終える前に、悪漢たちは倒されていた。クラン“暁の鞘”の御者と庭師と剣術指南役を務めるハリスマンは元冒険者で、引退した時のレベルは十三。しかも剣術を極めている。
『ミユリ殿、お騒がせしました』
悪漢たちを彼らの服で縛り上げ、馬車の荷台に積み上げると、ハリスマンは何事もなかったかのように馬車を走らせたのであった。
悪漢たちがどうなったか、ミユリは知らない。ハリスマン曰く「適切に処理をした」とのことだったが、おそらく衛兵の詰所に出頭させたのだろう。
「ハリスさん、いってきます」
「はい。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
冒険者育成学校の正門を潜ると、学年を問わず多くの生徒たちがミユリに視線を向けてくる。入学した時からそうだったので、もう慣れっこだ。
これまでは一定の距離には誰も近寄ってこなかったが、最近は少し様子が違う。
「ミ、ミユリさま! ごきげんよう」
明らかに待ち構えていた様子で声をかけてきたのは、小柄な金髪の少女、クラスメイトのキャティだった。貴淑女としての教育を受けており、言葉遣いや物腰が丁寧で、ちょっとだけ気位が高い。
「おはよう、キャティ」
「おはようございます、ですわ」
ややぎこちないながらもにこりと笑って、キャティはミユリの左隣を歩き出す。
さらに後方から声がかかった。
「よう、ミユリ! はぁ、はぁ」
「おはよう、ジタン」
全力で走ってきてミユリの右隣に並んだのは、同じくクラスメイトのジタンである。こちらは直情的な性格で、時おり問題を起こすこともあるが、いつも元気いっぱいだ。
大きく息を乱している少年を、キャティがじと目で見据えた。
「ごきげんよう、ジタンさん。いくらミユリさまとお話したいからといって、朝から騒がしいことですわね」
「う、うるさいぞ。お前はどうせ、待ち伏せしてたんだろうが」
「そんなことありませんわ。たまたま、偶然ですのよ」
「偶然が十日も連続で続くかよ」
「続きますわ!」
ミユリを挟んで言い争いう光景も、もはや風物詩のような感じになっている。
「しかし、いよいよだな、ミユリ」
「うん。みんな同じ班になれてよかったね」
最近話題に上がるのは、三日後に迫った実地研修の話だった。
冒険者育成学校の生徒たちが、現役の冒険者とともに無限迷宮の浅階層を探索するというカリキュラムである。
「わたくしは、少しだけ怖いのですけれど。みなさまの足手まといにならないよう頑張ります」
特に四年生は初潜行ということもあり、お嬢さま育ちのキャティは緊張している様子。
彼女は本気で冒険者を目指しているわけではない。それでも実地研修に参加したのは、自分と同じ体験を共有したいがためであることを、ミユリは理解していた。
「心配しなくてもだいじょうぶだよ。僕たちに同行してくれる冒険者パーティは“悠々迷宮”といって、実力は確かな人たちみたい。それに、事前に現地の下見もするらしいから」
「ミユリさま……」
感激のあまり瞳を潤ませるキャティ。負けず嫌いのジタンが強引に話を奪いにかかった。
「へ、へぇ。そんなことよく知ってんな」
「うん。父さまが、教えてくれたんだ」
父親の話をするとき、神子と呼ばれるこの少年は、他人を寄せ付けない神秘のヴェールがふわりとはずれて、柔和な子供らしい表情を覗かせる。
「そ、そうか。それなら――いいんだ」
自分でも訳のわからない理由でジタンは真っ赤になり、ついと目を逸らした。
何やらほんわかした気配に挟まれながら第一学級の教室に入ると、クラスメイトたちが次々と挨拶してくる。そしてミユリの席に集まり、担任の教師がくるまでの時間を惜しむかのように雑談するのだ。
「あの二人、今日もいるな」
「お顔が怖いですわ」
「ご挨拶しても、無言のまま頷くだけですし」
だが、ここ最近は警戒するようなひそひそ話が増えていた。
原因は、教室の出入り口付近に陣取っているひと組みの男女である。二十代のなかばくらいで、ともに禿頭。表情は薄く、鋭い視線で油断なく周囲の様子を観察している。
彼らは大地母神教団に所属する高レベルの冒険者であり、警備員として派遣されているのだという。
密かに共謀して、気軽にミユリと話ができる雰囲気作りを目指していたキャティとジタンは憤慨していた。
「学校側は、いったいどういうつもりなのかしら。これでは落ち着いて勉学に励めませんわ」
「オレ、ちょっと文句言ってくる!」
「お待ちになって。末端の者と話しても意味がありませんわ。それよりも、お父さまとお兄さまにお願いすれば、きっと裏から圧力を――」
「品位に欠ける言動は慎みたまえ」
と、隣の席から冷たい声がかけられた。
第一学級の級長を務めるイグナスである。生真面目な性格を表すかのように、眼鏡の奥に鋭い目が光っている。
「彼らは、我々を守るためにここにいるのだよ。感謝こそすれ、邪険に扱うことはない」
「オレたちを?」
「何からですの?」
イグナスはため息をつく。
「君たち、王都雑報くらい読みたまえ」
王都雑報とは、王都内で発行されている高級情報誌である。上流階級の家であれば定期購読しているはずだが、子供たちが好む読み物ではない。
「最近、王都で“迷宮主義者”たちの活動が活発化しているみたいでね。念のための措置だろう」
「迷宮主義者……」
その言葉を、最近ミユリは父親から聞いたことがあった。
「迷宮の意思を尊重し、“終焉”を迎えることこそが運命だと考える人たち」
「その通り」
ひとつ頷くと、イグナスは眼鏡の位置を直した。
「記事によれば、ここ数年、王都の冒険者たちの実績が奮わないこともあり、少しずつ“迷宮主義”に賛同する人々が増えているそうだ。迷宮攻略など行わず、静かに“終焉”を待とう、とね」
王国各地に存在する地下迷宮。その最深部には迷宮核があり魔物を生み出す魔素を放出している。迷宮核は時とともに少しずつ成長していき、ある時点において大爆発を起こし、地上を高濃度の魔素で汚染すると言われている。
これが、“終焉の予言”だ。
「そんなの、意味ないじゃねぇか!」
「そうですわ。努力もせずに楽な方に流されるだけだなんて」
冒険者育成学校に通う者としては、許せない主張だった。ジタンとキャティが口々に反論したが、この場で叫んだところで意味はない。
再びイグナスはため息をつく。
「彼らにとっての一番の敵は、迷宮攻略を目指す冒険者たちなのだろう。その育成を担うこの学校が標的にならないとは限らない。それに――」
ミユリに視線を向けたところで、
「はい、みなさん、ごきげんよう。席についていらして? 朝の会を始めますよ」
担任の教師がやってきたので、生徒たちは慌ただしそうに解散し、それぞれの席についた。
冒険者育成学校の生徒による実地研修は、無限迷宮地下一階層の南東部、約四分の一ほどの領域を専有して行われる。ちなみに、地下二階層へと続く主要順路からは大きく外れているので、一般の冒険者たちに迷惑がかかることはない。
第一迷宮砦内の大広間。今回参加する三十二名の生徒たちが集まっていた。七つの班に分かれており、それぞれに護衛役の冒険者と案内役のシェルパがつく。
まずは班ごとに集まって、互いに自己紹介をすることになった。
第一班のメンバーは、ミユリ、キャティ、ジタン、イグナスの四人だ。
現役の冒険者およびシェルパとの顔合わせとあって、みな緊張を隠せない様子だった。
「初めまして。第一班の担当となりました、迷宮道先案内人のロウです」
しかしミユリは、別の意味で緊張していた。
ミユリがロウから、第一班担当のシェルパになったことを伝えられたのは、つい先日のこと。
いつかシェルパである父親とともに無限迷宮へ――ミユリの一大決心はあっさりと叶ってしまい、心の準備が間に合っていない。
しかもロウは変装ししていた。
といっても、おさげをやめて眼鏡をかけただけ。
「みなさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
“レベルアップの儀”で、ミユリの父親の姿を遠目に見ているはずだが、礼服を着た紳士と大荷物を担いだシェルパが同一人物とは気づかなかったようだ。
「あー」
続いて、髭面の男が、気だるそうに挨拶した。
「どーもぉ。冒険者パーティ“悠々迷宮”のリーダー、ブルゥワだ。ま、番付表に載るようなレベルじゃないから、誰も知らないと思うがな」
いきなり自虐的な自己紹介をされても、生徒たちは反応に困ってしまう。
「そんでもってこっちがメンバーの……」
「ビム。先に言っておくが、おじさんじゃなくてお兄さんだからな」
「オンゴだ。魔物が出たらオレたちがやっつけるから、泥船に乗ったつもりでいるんだぞ」
「それじゃあ沈んじまうっつうの」
「がっはっは!」
生徒たちは静まり返っていた。
三人ともに三十代半ばの中年男。身につけている装備品は、薄汚れた革鎧と錆びついた小剣で、お世辞にも手入れが行き届いているとはいえない。
何かを言いたそうに、ミユリは父親の方を見た。
ロウはかすかに肩をすくめると、今度は生徒たちに自己紹介をするよう促した。
上流階級の家に生まれた子供たちは、物心つく前から礼儀作法を叩き込まれる。緊張はしても人見知りはしないし、目的意識を持ってはきはき話す。
ブルゥワたちは感心したように目を丸くしていたが、
「ミユリと申します。将来の夢は冒険者になることです。よろしくお願いします」
ミユリの自己紹介の時には、口元を引き締め、互いに視線を交わし合った。
続いて、ロウが研修内容と注意事項を説明した。
「今回の実地研修は、あくまでも“体験”が目的です。事前に決められた順路を逸脱することはありませんし、魔物と遭遇しても、冒険者の方々が対処します」
基本的に危険はないが、迷宮内には魔素が充満して、ひとの身体に悪影響を与えることがある。
初潜行ともなれば、なおさらだ。
「ですから、気分が悪くなった時には遠慮なく申し出てください。絶対に無理はしないこと。いいですね?」
仕事人の顔をした父親に戸惑いながらも、ミユリは熱心に頷いた。
「それでは、出発しましょう」
“迷宮門”の奥にある階段を降りると、人工物は完全になくなる。
「冒険者育成学校でも習っているかと思いますが、迷宮は蟻の巣を平面にしたような構造になっています。今、歩いているのが通路で――」
少し進むと、開けた空間に出る。
「ここが、広間です」
天井と壁が光苔で覆われているため、ぼんやり白く輝いている。まるで雲の中のような景色だ。
「みなさん、これを見てください」
ロウが指し示したのは、地面に残っていた冒険者のものらしき足跡だった。
「光苔の成長速度は常に一定ですから、苔の厚さでおおよその時間経過が分かります」
足跡を覆う光苔を調べることで、この広間にいつ冒険者が立ち入ったのかを推定することができるのだという。
「一度倒した魔物たちが再出現するまで、三日はかかります。つまり真新しい足跡があれば、比較的安全な場所といえるわけですね」
「ふむ、なるほど。実に興味深い」
迷宮学に興味があるというイグナスは、虫眼鏡を取り出すと、四つん這いになって足跡を観察した。
「光苔を食べると腹を下して脱水症状を起こすとのことですが、本当ですか?」
「そのまま食べると、そうなります。ただ、魔素を吸収する特殊な金属とともにひと煮立ちすれば大丈夫です。不味いですが」
「ほう。ちなみに、どんな味がしますか?」
熱心に質問を続けるイグナスに対し、ロウは感心したように答えていく。
「お、おい。最初の広場で――」
たっぷり時間を使ってから、少し進む。
「ここに、薬草が群生しています。芽が出たばかりですが、これはヒールポーションの材料となる“癒し草”ですね」
「あら、可愛いですわ」
キャティがしゃがみ込んだ。
「“癒し草”は、生育状態によって効果が変化します。成熟したものほどゆっくりと、しかし大きく。若いものほど素早く、体力が回復します。ちなみに“癒し草”のふた葉のみを使ったものを、活秘薬といって」
「あ、知っておりますわ。緊急時に使う高価なポーションですわね」
「その通り」
にこにこと、ロウは頷いた。
「ですが、高価なポーションは対費用効果が悪く、駆け出しの冒険者にとっては負担になることもあります。ですから通常は、緊急時と休憩時に使うポーションを分けたりします」
「そうなんですの」
ボルテック商会の令嬢であるキャティは、店の商品でもあるポーションに興味を惹かれたようで、こちらも熱心に質問を繰り返した。ロウは、荷物からいくつかのポーションを取り出して、品質の違いについて説明していく。
「そ、そんなもん、地上に戻ってから――」
さらに進むと、巨大な広間にたどり着いた。
中心部に、澄んだ泉が湧いている。
「ここが、迷宮泉です」
「うっわ、すっげ」
好奇心を抑えきれない様子で、ジタンが駆け出した。
「魔物たちは迷宮泉の水を嫌う性質があり、休憩地として最適な場所になります。多少汚れても浄化作用があるので、いつでも水の補給ができますよ」
「ね、ね。これ、飲んでいい?」
泉に顔を写しながら、ジタンが聞く。
「構いませんよ。ただ、煮沸した方がいいでしょう。鍋と炭を持ってきていますから、火を起こす練習を兼ねて、やってみましょうか」
「本当? オレ、火、つけてみたい!」
ジタンはロウの元へ駆け寄ると、「早く、早く!」とその手を引っ張った。
「ああ、せっかくの機会ですから、光苔の魔素抜きも試して――」
「いい加減にしやがれっ!」
痺れを切らしたかのように、ブルゥワが叫んだ。
「ここはまだ、スタート地点だぞ! この調子で進んでいたら、ろくに探索なんか出来ねぇじゃねーか!」
その通りである。
第一階層の出入り口付近にあるという理由で、ほとんど利用されることのない迷宮泉。ここは実地研修の開始地点であり、また集合地点でもあった。
一番最初に潜行した第一班だったが、すでにいくつかの班に追い抜かれている。
「こんなぬるい道案内じゃあ、こいつらのためにならねぇ」
勝手に決めつけると、ブルゥワはロウの胸ぐらを掴んだ。
「消えな。ここからは、オレたちが案内をしてやる」
そのまま殴るか突き飛ばすつもりだったのだろう。
しかしブルゥワは動かなかった。
ぶるりと身体を振るわせると、何かに怯えるのように、ミユリの方に顔を向ける。
そしてジタン、キャティ、イグナスの三人も、また。
「お、おい、ミユリ」
「ミユリさま?」
「落ち着きたまえ、ミユリ君」
「――はっ」
我に返ったミユリは、無自覚のまま放出していた神気を、無理やり抑え込んだ。
「ご、ごめん」
実のところ、無限迷宮に潜行してからずっと、ミユリは戸惑いを隠せないでいた。
自分の父親と第一班の仲間たちが、楽しそうに会話をしている。ミユリもいっぱい質問して褒められたいと思うのだが、今日の父親は変装をしていて、どのように接すればよいのか分からない。
そうこうしているうちに、父親と仲間たちはすっかり打ち解けていて――
僕の、父さまなのに!
釈然としない気持ちが渦巻く中、突然ブルゥワが父親の胸ぐらを掴んだ。
その瞬間、ミユリが抱えていた複雑な感情は、一気に怒りへと昇華し、鮮烈な神気とともに放たれたのである。
「ブルゥワさん、勘弁してください」
ブルゥワの手首を掴みながら、ロウは言った。
「冒険者育成学校の生徒たちを放り出して帰還したことがバレたら、俺はシェルパをクビになってしまいます」
「――ぐ? ううっ」
手首を握ったまま、にこりと笑う。
「それに。生徒たちを怯えさせるのは、本意ではありません」
「……は、離せ」
「次からは気をつけますので、許していただけますか?」
数呼吸分の無言の意思疎通の後、ロウは手を離した。