SS4(上)獣の心
これまでずっと、生き恥を晒してきた。
そもそも、スメラキ迷宮の攻略を最大目標としているリィズ家に生まれた直系の子供が、十歳まで生きられぬ虚弱体質であったことからして、すでに恥であった。
だが、よく考えてみれば、そのように生まれたのは自分のせいではない。親兄弟から家の恥だと責められ続けた結果、そうだと思い込んでいただけで、実際のところは違うのではないか。
自分が選択した結果の過ちであれば、甘んじて受け入れるしかない。
しかし自分は、ただ運が悪かっただけ。
ティアナがそういうふうに考えるようになったのは、過去の自分に踏ん切りがついたから――ではない。
本当の“生き恥”というものを、身に染みて思い知ったからである。
「いいかいティアナ。これが最後のチャンスだ」
無限迷宮の地下四十五階層の一画。とある広間へと繋がる通路の前で、ティアナはロウから宣告を受けていた。
「わ、分かってる。任せとけって!」
虚勢を張って、ティアナはにやりと笑った。
「本当に、だいじょうぶですの?」
カトレノアが疑い深い目で見つめてくる。
「味方の手にかかって全滅だなんて、洒落になりませんことよ?」
「そんなことするわけねぇだろ」
「その自信の根拠はなんですの?」
「……勘?」
思わず脱力したカトレノアに変わって、マリエーテが冷たい口調で指摘した。
「練習では、お兄ちゃ――ドクに取り押さえられてばかりだった」
「オレは、本番につえぇんだよ」
その言葉には、若干の根拠があった。
ティアナは魔物に対してまったく物怖じしないタイプで、訓練よりも実践の方が動きがよい。
「練習でも、あんまり迷惑をかけないように」
「わ、分かってるって」
自分本位が服を着たような性格をしているティアナだが、時おりマリエーテの迫力に気圧されることがある。
野生の本能が警戒を促すのだ。
「きっしっし」
そんなティアナの反応を楽しむかのように、トワが歯を見せて笑った。この少女はロウの背中を安全地帯だと思っているようで、ティアナをからかう時には常に半分身を隠している。
「トワも。実戦では、ドクがそばにいない時だってあるんだから」
「……へぃ」
だが、この防御方法をあまりにも多用すると、マリエーテから警告が飛ぶ。
相手の自立心を促しているようであって、実は違う。家族以外の人間がいると兄に甘えられない不器用な少女の葛藤が、形を変えて八つ当たり気味に口から飛び出しているだけなのだ。
「まあ、戦う前から心配していては始まらない。答えはすぐに出るさ。さ、いこう」
“剛力”の仮面に“暗黒骸布”のコート、魔物用に造られた巨大剣を肩に担いだロウ――冒険者名ドクを先頭にして、四人の少女たちは強敵が待つ広間へと向かった。
パーティ強化計画の第三段階。“死の階層”にてレベルを一気にあげたパーティ“暁の鞘”は、深階層へ挑もうとしていた。
そのためには、様々なギフトを組み合わせて戦うパーティ戦術を構築しなくてはならない。
遺失品物とマリエーテの時属性魔法“逆さ時計”の昇華を使った魔法による連続攻撃はもちろん大きな武器だが、無限迷宮には魔法の効かない魔物も存在する。
ゆえに、物理攻撃を主体とした戦法も編み出さなくてはならない。
今回は、悩ましいティアナのギフト“魔花狂咲”を実戦で試すために、地下四十五階層へとやってきた。
主要順路からはずれた位置に出現する固定階層主、魔甲人形。
外見は全身鉄板鎧に長剣を身につけた巨人に見えるが、中身はない。甲冑と剣そのものが本体なのだ。
魔甲人形は強い魔法耐性を持つ。攻撃力、防御力ともに高く、しかも素早い。
魔法ギフトを使って倒せないことはないが、防御力の低い魔法使いなどが魔法陣を構築している間に距離を詰められてやられてしまう事例も多い。
発動の早い遺失品物を使えば完封できそうではあるが、危険な状況に追い込まれるまでは正攻法で戦う予定だった。
小さな広間の中央部に、青みを帯びた美しい甲冑が佇んでいた。長剣を腹の位置で構え、剣先は天井を向いている。
「いくぜっ!」
先頭を突っ切るのはティアナ。
その少し後方、両翼の位置に、マリエーテとカトレノア。
この陣形が、ティアナは気に入っていた。
自分が真っ先に敵と拳を交えることができるし、不意の事態が起きても左右の仲間がサポートしてくれる。
つまり、思いっきり殴りつけることができるのだ。
「オラァ!」
分厚い鉄板のような胸部に一撃。
だが、攻撃は跳ね返され、逆にティアナは吹き飛ばされた。
「うおっ」
空中で身体を捻って、猫のように両手両足で着地する。
魔甲人形の身体が青白い光を放ち、まるで生命が吹き込まれたように動き出した。
「この、おバカ! 稼働していない魔甲人形は“反射”のパッシブギフトを発動させているんですのよ。全力で殴ったりしたら――」
魔甲人形から目を離さず、カトレノアが叱咤する。
「どうせ身体で覚えないと、すぐに忘れる」
ティアナに代わってマリエーテが最前列に出る。
「“幽歩”」
移動用アクティブギフト。足音や衣擦れの音が消え、まるで幽霊のように存在感が希薄になる。
不規則なステップで魔甲人形の後背をとったマリエーテは、自分の愛刀である針刺剣を突き刺した。
「“刺殺”」
突属性の武器に、さらに突属性の追加ダメージを与えるアクティブギフトが炸裂する。
魔銀製の針刺剣は、魔甲人形の兜を、文字通り貫いた。
針刺剣の切っ先が魔甲人形の魔核を打ち壊したならば、一撃与死となり、一瞬で決着がついたことであろう。
だが、魔甲人形の兜は頭部ではない。
全身鉄板鎧と長剣が一体となった物質系の魔物であり、粘液玉と同じように――いや、半透明である粘液玉以上に、魔核の位置を把握することは難しいのだ。
魔甲人形が背後の敵を振り返る動きを見せたことから、カトレノアが正面から攻撃した。
「“ 円環舞踊”!」
身体を回転させながら連続攻撃を行うアクティブギフト。攻撃力は高いが、その分隙が大きい。
これはカトレノアの判断ミスだった。
魔甲人形の兜は頭部ではない。つまり、顔に目がついているわけではないのだ。
魔物図鑑によれば、冒険者が放つ神気で敵の位置を把握してる可能性が高いという。そのことをカトレノアも知っていたが、相手が人型をしていることで、とっさに攻撃してしまったのである。
この攻撃に対して、魔甲人形は即座に反応した。
重量のある長剣を片手で振るい、カトレノアの曲刀を弾き飛ばす。そのままの勢いで、背後にいるマリエーテに裏拳を放った。
「くっ―― “ 浮葉”っ」
とっさに腕で防御したマリエーテは防御用のアクティブギフトを行使した。ひと呼吸分の時間だけ、自身と装備品の重量をゼロにし、衝撃を和らげる。
派手に飛ばされたものの、マリエーテはまるで羽毛のようにふわりと着地した。
距離の離れた冒険者には興味を示さず、魔甲人形は体勢を崩したまま攻撃ギフトを放っているカトレノアに攻撃を加えようとする。
「させっかよ!」
ここでティアナが戦線に復帰し、魔甲人形の意識が逸れた。
セオリー通り、相手を中心に三角形の陣形を組み、隙を見つけては攻撃を加え、ダメージを蓄積させていく。
ちまちまとした攻撃に苛立ったような動きを見せた魔甲人形だったが、急に棒立ちになり、長剣を地面に突き刺した。
「爆裂――」
すかさずティアナが攻撃しようとするが、
「やばいっ!」
後方にいたトワの警告に、慌てて攻撃を中止し、距離を取る。
数呼吸の時間を置いて、魔甲人形は再び長剣を構えた。
トワは“予感”というパッシブギフトを有している。説明下手な本人曰く、自分たちによくないことが起ころうとする時に、ざわざわとくるらしい。
トワの「やばいっ!」を聞いたら、即座に攻撃を中止し、距離を取ること。
どうやら、事前の取り決め通りの反応ができたようだ。
「“反射”か、“反撃”か。相手の意図が分からないのが、ちょっと残念だね」
トワの隣にいるロウが、のんびりとした口調で感想を述べる。
戦況は硬直した。
《下に続く》




