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 目標とする階層で狩りを行える期間を“実りの時間とき”というが、これが長ければ長いほど、パーティに大きな利益をもたらすことになる。

 他の冒険者のあとを尾行して、階層を稼ぐ追跡ストーキング戦法を使うせこいパーティもいるくらい、冒険者たちにとって“実りの時間”は重要な要素なのだ。

 そういった意味では、“宵闇の剣”は実に効率的に“実りの時間”を得ているといえるだろう。

 四十三階層には最短の二日間で到着。その後迷宮泉オアシスを拠点に、すでに四日間の狩りを行い、かなりの経験値と成果品ドロップアイテムを獲得していた。

 持ち帰ることが出来る重量には限度があるため、“鑑定”のギフトを使ったマジカンが、ひょいひょいと無造作により分けていく。

 ロウの目算では、成果品ドロップアイテムだけでも金貨五十枚以上。さらには魔鍛冶師ダークスミスが鍛え上げたらしい装備品もある。事前にかけた経費が金貨六枚ほどだったので、それを差し引いて四等分したとしても、ひとり頭金貨十枚はくだらない。

 標準パーティのみでの狩りのため、魔核の分け前も大きい。

 迷宮探索の成果は上々といってよかったが、マナポーションで魔力を補給しているにもかかわらず、ユイカの美貌には疲労の色がにじみ出ていた。


白湯さゆです」

「……ああ」


 迷宮泉オアシスで汲んだ水にサラボという柑橘類の皮を入れて沸かしたものである。その香りは、精神的な疲労をとる効果があると言われている。


「それと、このあめもどうぞ」


 マインドポーションの中身を蒸留し、練り込んだ特製の飴。“宵闇の剣”の消耗品ではなく、ロウ個人の持ち物である。


「精神が高揚する……か。確か、かなり不人気なポーションではなかったか?」

「俺は、自分と組んだ冒険者には勧めてますよ。魔力や体力のように、数値では計れないものもありますから」

「隠しパラメーターというやつか」

「まあ、騙されたと思って、どうです?」


 マインドポーション入りの飴は、はっきりいってまずい。しかし、精神が疲労しているときに舐めると、目元やこめかみが熱くなり、気持ちがほぐれ、少し元気が出てくる。


「これは……いいな。けど、まずいぞ」

「良薬は何とやらです。さあ、ここに背中を預けてください」


 ロウは巨大な荷物をユイカのそばに置いた。言われた通りにユイカが背中を預けると、水で塗らした布をユイカの目の上に置く。


「目を閉じていても、“収受”はできるでしょう」

「ああ、問題ない。……いくらだ?」

「はい?」

「この飴」


 迷宮内でぼったくりポーションを売っていることから、ぼったくりシェルパの悪名を持つロウは、金に関しては妥協をしない。マリエーテの将来のことを考えて貯金をしているからだが、このときのロウは苦笑しつつあっさりと言った。


「今回は、俺のおごりです」

「どういう風の吹き回しだ?」


 ことあるごとに「別料金です」という台詞を聞いていたユイカは、意表を突かれたような声を出す。 


「ユイカと出会ってから、マリンは楽しそうにあなたのことを話します。だから、そのお礼です。機会があったら、また遊んでやってください」

「――なんだと?」 


 突然身体を起して、ユイカがロウに詰め寄った。


「マリンが、私の話をするのか?」

「ええ。たった一日のことですが、お姉ちゃんができて嬉しかったみたいですね」


 お姉ちゃん。

 その力強い言葉に、ユイカは狂喜した。


「今回の探索が終わったら、遊ぶぞ! 確かピクニックに行くといっていたな」

「ええ。森の中に綺麗な湖があるんです。そこでのんびり釣りをしながら――」

「絶対に行く! 有料なら、金貨を払ってもいいぞ」

「ほら、身体を休めてください」

「こ、こら、何をする」


 無理やり肩を押さえて、ロウはユイカの背中を荷物に押し付ける。文句を言いながらも、結局ユイカは素直に従った。


「な、なんなの、あいつ……」


 可愛らしい八重歯を見せて唸り声を上げたのは、ベリィである。

 迷宮に入ってから、彼女はロウの仕事っぷりや能力に対して厳しく指摘しようと試みたのだが、ほとんどが小言ばかりで、何の成果も上がっていない。

 逆にユイカに叱られることもあり、ずっと苛々していたのだ。

 黙々と魔核を“収受”しながら、ヌークもまた眉根を寄せ、難しい表情をしていた。


「確かに、やや度が過ぎる行為だな」

「だ、だよねー。注意してくる」


 ベリィがロウに向かって喚き散らす姿を観察しながら、ヌークはマジカンに質問した。


「マジカン殿。あのシェルパ、冒険者レベルは?」

「ほっほっほ」


 空中で魔核をお手玉しながら、マジカンは楽しげに笑う。


「あやつ、かなりの曲者ぞ。確かにギフトはひとつしか持っておらんが、なかなかどうして……ひょっほっほ」


 直接的にはヌークの問いに答えず、マジカンは奇妙な笑い声を上げ続けた。






 “宵闇の剣”の迷宮探索と、ロウの地図作成マッピングによって、地下四十三階層から四十七階層までの“シェルパの地図”は、刷新された。

 これまで最良ルートと思われていた道よりも、さらに安全かつ短いルートが見つかったのだ。

 さらには、地下四十八階層へと続く螺旋道スネークも発見された。

 ちなみに、迷宮内に階段といった便利な人工物は存在しない。螺旋状になった坂道が次の階層へと続いているのである。


「姫、せっかくだからさ、ちょっと行ってみない? ポーションも余裕あるしさ」


 ベリィの提案に、ユイカが考え込む。


「ロウ、どう思う?」


 面白くなさそうに、ベリィが頬を膨らませた。

 滅多に他人ひとの意見を聞かないユイカが、この迷宮内ではロウの判断を尊重している。それが気に食わないのだ。


「契約上、よろしくはないですね。違約金が発生します」


 大きな荷物を背負いながら、ロウが答える。

 冒険者とシェルパの間で締結される委託契約については、特別な場合を除き、迷宮探索中に変更することはできない。それは、シェルパの安全を守るための措置だった。


「いくらだ?」


 ロウはため息をついた。


「この階層ですと、銀貨八枚です」


 “宵闇の剣”としては、たいした金額ではなかった。


「ですが、お金の問題ではないでしょう。契約破りのレッテルは、避けるべきではありませんか?」

「偉そうなこと言ってくれちゃって。あんた、“宵闇の剣”のメンバーにでもなったつもり? いったい何さまよ?」


 契約破りはシェルパたちに一番嫌われる行為である。積み重なれば、依頼を受けるシェルパはいなくなるだろう。

 しかし、東の勇者である“宵闇の剣”であれば、そういった心配はない。

 例え悪名がついたとしても、圧倒的に勇名が勝っている。

 仕事を請け負いたいと願い出てくるシェルパは、それこそ数え切れないほどいるのだ。


「ベリィ、言い過ぎだ。ロウは、私たちのことを心配してくれているのだぞ」


 むくれるベリィを見据えつつ、ロウは生真面目な顔のまま言った。


「いえ、自分の心配でもあります。ここから先は、魔物の情報がありません」

「分かっている。だが、どうだろう? 君の目から見て今の私たちは、地下四十八階層を探索できる戦力を有していないだろうか?」


 現在、ユイカが支配している魔物の数は、二十体。ひと型が多く、強力な魔法ギフトを持つ魔物もいる。三日前よりも、明らかに戦力は増強されていた。

 冒険者パーティが全滅するきっかけは、特殊攻撃を持つ魔物が多いとされている。毒や麻痺などで動きを阻害され、それから蹂躙されるのだ。

 だが、“宵闇の剣”の戦い方は違う。

 魔物を使い、魔物を倒す。

 これならば、パーティメンバーが状態異常に陥る可能性は少ない。

 さらに付け加えるならば、ユイカには身体的な状態異常を回復させる“闇雫やみしずく”という魔法があるという。

 毒を持つ蛇香女スキュラに対してベリィとヌークが真っ向から戦いを挑めたのは、ユイカのこの魔法の存在があったからなのである。


「そういう聞き方は、ずるいですよ」

「すまない」


 微笑を浮かべて、ユイカは素直に謝る。

 何となくよい感じの沈黙が漂い、ベリィが歯軋りをした。


「どちらにしろ、俺には選択権はありません。ここで待っているわけにはいきませんからね。ユイカの好きなように」

「分かった」


 ロウとしても納得のいかない状況ではなかった。

 これほどの深階層においても、“宵闇の剣”の戦い方に変化はなかった。それに、マジカンの攻撃魔法はいまだ行使されていないのだ。

 切り札を残しているとも言えるだろう。

 状態異常への対策もあるというのであれば、不安要素は少ない。

 それに……委託契約は、冒険者パーティとシェルパ個人が結ぶもの。違約金は、直接担当したシェルパの懐に入るのだ。


「では、地下四十八階層へと向かう。目標は――新たなる迷宮泉オアシスの発見だ」


 この決断がふたりの運命を思いもよらぬ方向に導くことになるのだが、このときのロウは、あいまいな予感すら感じることはできなかった。

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