(8)
あれよあれよという間に、地下四十三階層に到達。
ベリィがシェルパとしてのロウの実力を推し量ろうとしたように、ロウもまた“宵闇の剣”の実力を、注意深く分析していた。
その戦い方は、圧巻のひと言に尽きた。
標準パーティのみで迷宮を踏破するという、常識的には考えられない行為に挑戦するだけあって、その役割分担や割り切り方は、ロウの知るどんなパーティよりも独特で洗練されていた。
深階層の探索を行う上級冒険者たちのパーティには、それぞれの特性に合った攻略の理路や行動がある。
これをパーティ戦略という。
たとえば、強力な攻撃魔法を行使できる魔術師を最大限に利用するために、重戦士が敵を防ぎ、遊撃手が援護する。前線を突破してきた魔物を軽戦士が迎え撃つ。魔力を回復させるマナポーションを魔術師に、そして疲労を回復させるキュアポーションを重戦士に与え、戦力のバランスを保ち続ける。
これはオーソドックスなパーティ戦略だが、間違いが少ない分、最終的な壁を突き抜けることができない場合が多い。
だからこそ、遠征という手法が編み出された。
しかし、ごく一部のパーティは、深階層で単独の狩りを行うことができるのだ。
今から三十年ほど前、冒険者ギルドでは、そういったパーティを特待班として認定し、パーティ戦略の研究を行ったが、長くは続かなかったという。
どのパーティも特殊なギフトを有する者が中心となっており、他のパーティに応用することができなかったのだ。
特待班制度は廃止となったが、その情報を元に娯楽用として花開いたのが、冒険者パーティ番付表である。
番付表に入るトップ十の冒険者パーティは、相変わらず他のパーティには真似の出来ないパーティ戦略を有しており、大いに活躍していた。
しかも、比較的若い世代の冒険者たちが多い。
その中でも極めつけが“宵闇の剣”だろう。
魔物を操るギフト――“幻操針”。
これほど迷宮攻略に適したギフトを、ロウは知らない。
攻撃系の魔法は確かに強力だが、連射が利かず、消費する魔力も大きい。しかし単純なアクティブギフトであれば、魔力の消耗も少ない。
しかも、階層を下るにつれて、敵も――つまり、味方も強力になっていく。
さらに付け加えるならば、闇属性魔法の効果も大きいだろう。
“闇床”は、魔物の体力を回復することができるらしい。
他の属性でこういった性質を持つ魔法は、ロウの知る限り存在しないはずだ。あまりにも使い道が限定されるため、研究すらされていないのである。
そもそも、手持ちにできる魔法の数には制限があるので、通常はこういった意味のない魔法を取得する者はいない。
ギフト同士の相性により、相乗効果が得られる組み合わせをコンボというが、“幻操針”と“闇床”は、まさに最高のコンボといってよいだろう。
迷宮攻略に特化した冒険者、“死霊使い”のユイカ。
彼女はまた、リーダーとしても際立った存在である。
ベリィの様子を観察していると、性別を超越した愛情すら垣間見られるし、ヌークにいたっては女王に傅く臣下のような態度をとることがある。マジカンについてはよく分からないが、ユイカの方針には決して口を出さず、孫をみるような目で見守っている。
ロウの見るところ、パーティでの立ち位置が、そのままパーティ戦略に繋がっているようだ。すべてはユイカのコンボが有用に働くように、他のメンバーたちが自ら進んで動いているように思えるのであった。
タイロス迷宮地下四十三階層から四十七階層。
適正レベルは十四から十五。
“宵闇の剣”のパーティレベルは十二。
出会う魔物すべてが階層主に匹敵する強さと考えてよいだろう。
通常であれば、四人がかりで一体をぎりぎり倒せる相手だ。そうした魔物たちが、群れを成して襲い掛かってくる。
「“ポン助一”から“ポン助六”、盾を構え!」
ユイカの鋭い命令が飛ぶ。
角を生やした骸骨兵士たちが身につけている装備は、一級品である。おそらくは、迷宮の最深部に棲みつくと言われている魔鍛冶師が鍛え上げたもの。円形盾を平行に並べて、骸骨兵士は強固な壁を築き上げた。
突進してくるのは、上半身は女性、下半身は無数の蛇という魔物――蛇香女である。
その数、八体。
武器は両手の爪と、猛毒をもつ蛇の牙。
数も重量も蛇香女の方が上。
両群は正面から激突する。
――ガッ。
骸骨兵士たちが踏ん張るものの、少しずつ押し込められていく。蛇が噛みつき、毒液が飛び散る。しかし、骸骨兵士たちに毒や麻痺といった特殊攻撃は効かない。
「“ポン助七”、敵側面から攻撃!」
頷きも返事もせず、やや後方で待機していた一体の骸骨兵士が、蛇香女に切りかかった。
長剣による斬撃。
インパクトの瞬間、蛇香女の肉体が爆ぜた。
『ギヒャァアアアア!』
この“ポン助七”は、“衝撃”と呼ばれるギフト持ちだったのである。
「はっ、黒姫さま! 真上から、なにかが――」
ヌークの警告と同時に、天井に張り付いていた何かがどろりと落ちてくる。
「避けろ!」
ロウの腕を取りその場を離れつつ、ユイカが命令を下した。
「“ブウ一”から“ブウ三”、取り囲め!」
槍や矛を構えた豚鬼たちが、どたどたと囲んだその中心には、粘液玉子が蠢いていた。通常の粘液玉はカビと泥を混ぜ合わせたような色をしているが、こちらは艶のある黄色で、弾力性がある。
大きさは数十倍――ひとを軽く飲み込めるほどだ。
「粘液玉子の体液は、金属すら溶かします。近寄ると、触手を伸ばしてきますよ。気をつけて」
「了解だ」
ロウの助言に、ユイカが頷く。
豚鬼たちが手に持った槍で攻撃するが、効果は見られない。体内には突き刺さるものの、ダメージを与えられないようだ。
逆に武器から白い煙が上がる。
「ロウ、こいつの弱点は火だったな?」
「松明くらいの火では無理です。油をかけるか、火属性の魔法を使わないと。うまく魔核を捉えることができれば、あるいは剣でも倒せるかもしれませんが……」
「めんどうだな。とりあえずは、足止めで十分だろう」
前線では、蛇香女が一体、骸骨兵士の壁を越えてきた。
「ベリィ、毒持ちだ。気をつけろ」
「くらったら優しく看病してよね、姫」
ベリィがすさまじい速さで突撃し、跳躍。
「削ってやる――“旋風”」
回転しながら両手の小曲刀を叩き込む。
命知らずな戦法だが、次の瞬間、蛇香女の胴体が深く抉られていた。まるで巨大な爪で削られたような傷。触れたものに対して、斬属性の追加ダメージを与えるアクティブギフトだ。
つんざくような叫び声を上げながら、蛇香女が牙を剥く。
足元から数匹の毒蛇が襲い掛かったが、ベリィは素早い身のこなしで後退した。
替わりに突撃したのは、ヌークである。
深階層用の武器として、彼が手にしていたのは、鉄の棒の先に鉄球がついた無骨な武器、鉄球棍棒である。
間合いの外で鉄球棍棒を振るいながら、ギフトを発動。
「“投擲”」
鉄球が分離し、蛇香女の顔面にめり込んだ。
鉄球には鎖がついていて、中距離からの攻撃が可能である。柄の部分の鎖を引っ張ると鉄球が元の位置に戻る仕組みだが、戦闘中に巻き戻している時間はない。
単独の攻撃であれば、だ。
派手な音とともに倒れこんだ蛇香女に、ベリィが再び襲い掛かった。
「“旋風”!」
数匹の蛇の頭が飛ぶ。
「きもい!」
潰された魔物の顔面に無慈悲な言葉を投げかけるベリィ。
「もういいぞ」
「ほい」
そして、再びヌークが前進。
「“投擲”」
鈍い音とともに、蛇香女の胴体に鉄球がめり込んだ。
アクティブギフトの連続使用には、数呼吸の間が必要である。また、ヌークの武器には、攻撃のあとに鎖を巻き戻すという致命的な予備動作がある。このような隙を埋めるために、ふたりで交互に一撃離脱を繰り返す攻撃方法をクラッチという。
ベリィとヌークの息の合ったクラッチは、蛇香女の反撃を許さず、徐々にダメージを積み重ねていく。
「ほっ、姫よ。またきたぞい」
遥か頭上でふわふわと浮いていたマジカンが、新たなる敵の出現を告げた。
広間の出口側の通路から、四体の魔物が姿を現す。
「……警備隊、ですね」
「そのようだな」
呻くようなロウの声に、ユイカが冷静に頷いた。
四体のうち三体が身につけているのは、鈍い輝きを放つ全身板金鎧だ。もう一体は材質の分からない羽織、のようなもの。武器はまちまちで、槍、斧、片手剣、そして、棒。
紫色の肌をしたひと型の下級悪魔である。
彼らは常に四体一組で迷宮の深階層を徘徊しており、冒険者たちの間では警備隊と呼ばれ恐れられていた。
階層主とまではいかないものの、かなりの強敵である。
「範囲攻撃魔法を使ってくる可能性があります。三年前の遠征では、この魔物たちに前衛を破られ、大きな被害が出ました」
それはロウが初めて参加した遠征であり、冒険者にもシェルパにも死者が出るという惨事をもたらした。
「“ミノリン”及び“ブウ四”から“ブウ七”、迎え撃て!」
広間での戦いでは、常に連戦を覚悟しておかなくてはならない。どこからともなく魔物が湧き出てくるからだ。最悪の場合、数十体の魔物が集まることもあり、それは群魔祭と呼ばれている。
手駒の中で最強の魔牛闘士を待機させていたのは、このためだった。
「“ポン助七”、ベリィとヌークを援護しろ!」
硬直していた前線から骸骨兵士を一体引き戻す。
ベリィとヌークのふたりがかりでも、なかなか蛇香女を倒せない。体力が桁違いに大きいからだ。
しかし、するりと背後からやってきた“ポン助七”が“衝撃”のギフトを放ち、蛇香女の首を跳ね飛ばした。
一撃与死である。
「あ、くそっ。いいとこ取られた!」
悔しそうに吐き捨てるベリィだったが、ユイカの声にすぐさま機嫌を直す。
「ベリィ、ヌーク、毒は受けてないか?」
「だいじょうぶよ、姫。まだいける」
「同じく」
「では、“ミノリン”の援護に向かってくれ。敵は魔法を使う可能性がある。気をつけろ」
「了解!」
ユイカは“闇床”の魔法をかけ、骸骨兵士たちの体力を回復させた。
「“ポン助七”、お前も“ミノリン”の援護だ」
戦線が硬直すれば、ユイカの遠距離回復魔法がある分、こちらが有利になる。
言い換えれば、戦線を硬直されれば、勝ちということだ。
仲間たちと支配した魔物たちに的確な指令を出し、ユイカは複数にまたがる戦闘を有利に展開していた。
自らの身体を武器として戦う冒険者としては、異例の存在である。
その姿はまるで自在に配下を操り戦況をコントロールする、指揮官のよう。
しかしそれでも、不意の事態は起こる。
突然、魔牛闘士と豚鬼たちの一団に、“吹雪”が襲い掛かった。雪とも氷ともつかぬ塊に覆われ、魔物たちは徐々に動きを奪われていく。
棒を構えた警備隊の一体が、範囲攻撃魔法を行使したのだ。
四体の豚鬼は完全に沈黙。
『ムゴォオオオオ!』
しかし、地下四十階層の主である魔牛闘士には効かなかった。全身の筋肉が膨れ上がり、氷の檻を粉砕。戦斧を持ち上げて、近くの敵に叩きつける。
その攻撃を受けたのは、片手剣と大盾を構えた戦士系の警備隊だった。体格的に魔牛闘士には及ばず、跳ね飛ばされた。
まったく動揺することもなく、槍と斧を手にした二体が、それぞれの武器を魔牛闘士の身体に叩きつける。
筋肉の鎧があるとはいえ、魔牛闘士は防具を身につけていない。深い傷を負ったものの、圧倒的な体力にものをいわせて、戦斧を振り回し続ける。
「魔法はいいな。是非とも、ものにしたい」
口元に獰猛な笑みを浮かべながら、ユイカが刺突剣を引き抜く。
最後に残った豚鬼――“ブウ八”にロウとマジカンの護衛を任せると、“死霊使い”は軽やかに前線に飛び出していった。